絵を描いていると、ふとしたはずみで面白いものができるときがある。
たとえば、ざっくりと下描きしただけの画面が思わぬ生彩を放っていたり、失敗したと思って絵の具を拭き取っていくときに、絶妙の色合いが生まれたりする。また、気分転換に描いた落書きや、パレットで混ざりあった絵の具、床に垂れたペンキなどといったものが、精魂込めて描いた絵よりもいいものに見えるときがある。それら制作の途中で何気なく現れる、意図しては作ることができない面白さは、私が完成を目指すことにいつも疑問を投げかけた。
面白いものが出て来たところで手をとめて、完成だと宣言してしまえばいいのかもしれない。しかし、最初に思い描いていた目標が、なかなかそこで立ち止まることを許さないのである。
やむを得ず描き進めるうちに、考えどおりに画面が整理され、予想外の面白さは鳴りを潜めてしまう。仕上がったときには、いつもそれなりの達成感はあるものの、あらゆる可能性が閉じて絵が動けなくなっているように見えた。
途中では納得できず、完成させてもただ凝り固まったものができるだけという堂々巡りであった。
まずは、目標にとらわれない工夫が必要だと考えて、あるときから習作や下絵を作るのをやめ、壁に張ったキャンバスに、思いついたことを手当たり次第描いていき、そのなかから面白い所ができれば切り取って木枠に張るという、獲物を待ち伏せするような方法をとることにした。
しかし、この方法では、キャンバスは切り取られて縮む一方で、大きな絵が描きづらくなってしまった。また、常に本番であるという緊張感が生まれて、かえって手の動きがぎこちなくなった。何を描いても、パレットの中で混ざり合った絵の具にみられる、意識の外側で作られているかのような伸びやかさが欠けていた。
そんなとき、絵を切り抜いたあとの切れ端が床に散らばっているのを見て、なんとなく捨てるのがもったいなく、ほこりをかぶっていた裁縫道具を引っ張りだしてきて縫い合わせ、木枠に張り、そのパッチワーク状のキャンバスの上に強引に絵を描いてみた。すると、なんだか不思議な存在感のものができた。
気に入らなかった部分の寄せ集めであるにもかかわらず、これは悪くないと思い、同様の方法を試すうちに、徐々に作品作りの呼吸がつかめてきた。「切る」に「縫い合わせる」という動きが加わることで、畑の土のようにキャンバスを耕すことができるようになり、それが固まりかかった絵を再び柔らかくする手だてになった。一つの画面のなかで生じた意味やバランスが気になり始めても、どこかで切って別のパーツに縫い合わせると、それらが失われて全然違う見え方をするのである。また縫う作業は、少しの暇があればやれて、それが時間の端切れをも継ぎ合わせているようで良い。
描いたり切ったり縫ったりという手の動きが先にあって、できたものにいろいろと考えさせられる。そのテンポは非常に心地よく、作業が進むにつれ、今まで一つの点のようだった目標が分散し、途中と完成という区別が崩れていくのが感じられた。決まり切らないさまざまなことが保留のまま絵に組み込まれていくにもかかわらず、どんな結論を出すよりも確かな手応えがそこにはあった。
絵はいつも、意図や、伝えたいこと、表現したいこと、テーマといったものとセットであることを求められる。しかし描くという行程のどこかで、そういったものに実感が持てなくなり、出そうだった結論がゆらぎ始めるときがある。わたしの絵はむしろそれを契機として形になっていくのかもしれない。
水田寛
1982 | 大阪府生まれ |
2006 | 京都市立芸術大学美術学部卒業 |
2008 | 京都市立芸術大学大学院美術研究科修了 |
2016 | 「水田 寛 展 腰を折られた話たち」ギャラリー恵風, 京都 |
2015 | 「水田 寛 展 やわらかいしかく」MEM, 東京 「水田 寛 展 中断と再開」アートコートギャラリー, 大阪 「水田 寛 展 ぬかるみのたくらみ」同時代ギャラリー, 京都 |
2014 | 「水田 寛 展 新しい島」trace, 京都 「水田 寛 展 歩調」ギャラリーあしやシューレ, 兵庫 |
2013 | 「水田 寛 展 レトロポリス」芸大ギャラリーアクア, 京都 「水田 寛 展 日課」ギャラリー恵風, 京都 |
2012 | 「水田 寛 展 渋滞」 MEM, 東京 |
2011 | 「水田 寛 展 ごもくならべ」 ギャラリー恵風, 京都 |
2010 | 「水田 寛 展 ふるさと」アートコートギャラリー, 大阪 |
2008 | 「水田 寛 展 かくれんぼ」アートコートギャラリー, 大阪 |
2016 | 3人の絵, 同時代ギャラリー, 京都 DRIBBLE, 2kwギャラリー, 大阪 |
2015 | PARASOPHIA: 京都国際現代芸術祭 特別連携プログラム, still moving, 芸大ギャラリーアクア, 京都 |
2014 | なつやすみの美術館4 生きている!, 和歌山県立近代美術館, 和歌山 |
2013 | KYOTO STUDIO, 芸大ギャラリーアクア, 京都 日本の絵画の50年, 和歌山県立近代美術館, 和歌山 TSCA Rough Consensus, GALLERY9.5, ホテルアンテルーム, 京都 大和コレクションⅥ -世界の手がかり-, 沖縄県立美術館, 沖縄 |
2012 | ACG eyes 5 : Four Paintings, アートコートギャラリー, 大阪 |
2011 | VOCA展 2011 現代美術の展望−新しい平面の作家たち, 上野の森美術館, 東京 |
2010 | きょう・せい, 芸大ギャラリーアクア, 京都 MOTアニュアル2010「装飾」, 東京都現代美術館, 東京 |