タカ・イシイギャラリー京都 Taka Ishii Gallery, Kyoto
ボスコ・ソーディ 「色見えで」 |
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![]() “Untitled” 2012 |
2012.4.13(金)~5.26(土) ニューヨーク、バルセロナ、ベルリン、メキシコを拠点に活動するアーティスト、ボスコ・ソーディの個展「色見えで」を開催いたします。1970年にメキシコで生まれたソーディは、ブロンクス美術館(2010年、ニューヨーク)やペースギャラリー(2011年、ニューヨーク)で個展を開催するなど国際的に活躍しています。本展では、ソーディの代表作として知られる有機素材を用いたペインティング作品6点を展示いたします。今回の展覧会に寄せて、ソーディは小野小町の和歌とアーサー・ウェイリーによるその訳詞を引用し、次のように述べています。 色見えで A thing which fades 本展において、私はサクラの花を生命のはかなさの象徴としてとらえ、サクラが思い起こさせるいずれは死を迎える我々の運命、そしてそこから生じる慈愛の心を提示したいと思います。 今回の薄いピンク色の一連のペインティング作品に、私は感光性の顔料を用いました。月日が経つにつれこの顔料の色は次第に薄まり、最終的には完全な白になります。こうしてサクラの花を生の象徴に昇華させ、私は「一生における時間は、無駄にするにはあまりにも短い」という深い真実を強調したいのです。 ボスコ・ソーディ 人知の及ばない自然、つまり有機素材に多大な関心を持つソーディは、おがくず、木材パルプ、天然繊維などの素材と純度の高い顔料、接着剤や水などを混ぜ合わせ、まるでこの素材と対話をするかのように、水平に置いたキャンバスの上に素手で制作を行います。作品は数日間に及ぶ身体的な制作方法と、ソーディ自身も予測できない有機素材の変化によって形作られていきます。素材が乾燥していく過程において、大小のひび割れが生じ、テクスチャーと色が変化を遂げ、ソーディ作品固有の空間が現れます。顔料は表面だけではなく素材に浸透し混ざり合うことで、有機素材つまり自然が内在する生命感あふれるエネルギーは具体化し、作品は圧倒的な存在感を放ちます。ボスコ・ソーディの最新作を是非この機会にご高覧ください。 |
<gallery 2> 村瀬恭子「億光年の先で待っている」展 |
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![]() "Shiny in the Dark" 2012 |
2012.4.13(金)~5.26(土) タカ・イシイギャラリー京都での初めての個展となる本展では、新作ペインティングやドローイングに加え、展示室の一つを使用したウォール・ドローイングを発表いたします。 絵の前にいると、いつの間にか長い時間を過ごしてしまいます。絵を描いている間だけではなく、描くことに至る時間も含めて、長い時間が流れているんじゃないかなと感じます。ある一瞬を描いているようで、いくつもの時間が、「迷い」も含めて、入っている。それこそが「絵の入り口」かもしれない。・・・「入り口」から入ったと思っても、流動的で、心地良さと同時に、ある種の気持ち悪さもある。見る側の意識が揺らぐような、安定感がなくて、気持ち悪い色であったり、こちらの気持ちもちゃんと逆撫でるというか。着地点がなくて、見る人の感覚を豊かにし続ける。 村瀬は、描く対象を少しずつ変えながら絶えず新たな作品世界を切り開いてきました。しかし、それらは特定の着地点に向かうものではありません。一つ一つの作品において、描かれた対象は具象的でありながら、色彩の選択やバランス、またキャンバス上での絵の具の起伏など様々なものが「出口」の無い流動的な場を指し示す要素となり、見る者を多様な解釈へと誘います。今回発表されるドローイング・インスタレーションも、描くこと/描かれたものを通じてこそ見出されるもの―「絵の入り口」への通路の一つとなります。村瀬恭子の最新作をこの機会に是非ご高覧ください。 なお、ヴァンジ彫刻庭園美術館で4月21日から8月31日まで開催される開館10周年記念展「庭をめぐれば」でも、展示室の一部を利用したウォール・ドローイングを発表いたします。展覧会詳細については、ヴァンジ彫刻庭園美術館まで。(TEL 055-989-9785) 京都市下京区西側町483番地(西洞院通/新花屋町通 西南角) |
小山登美夫ギャラリー京都 Tomio Koyama Gallery Kyoto
<TKG エディションズ京都> 佐藤 翠 展 |
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![]() Closet with flower carpet, 2011 |
2012.4.13(金)~5.26(土) 【作品紹介】 一昨年から昨年春にかけて滞在したパリのアーティスト・イン・レジデンスで制作した、絨毯をモチーフとしたシリーズ(”Carpet –Paris Ⅰ-”、 ”Carpet –Paris 2-”)では、綿布を木枠に張らず、直接壁に展示しています。カーペットの模様を同じテキスタイルである綿布に描く。そのイメージは忠実な再現ではなく、様々な筆触と色の戯れによって作り上げられています。この「生地」の表層でなされる触覚的な表現は、身体的な感覚をともなった鑑賞を誘います。 日常のなか、あるいは旅の途中でみかける美しいもの、丁寧にこだわって作られたもの、想像を超える異文化。それらの素晴しいもの出会ったときに受ける衝撃、喜び、高揚を覚えておきたい。留めておきたい。そうすることによって、それらとは対局にある気持ちの時に自分を奮い立たせることができる。制作の動機について佐藤はそう話します。彼女が感じ、画布に定着された幸福感が鑑賞者へと受け渡されるということ。それはきわめて原初的な、時間を超えた絵画というもののもつ素晴らしさといえるでしょう。 【展覧会について】 藤川二葉 |
<TKG セラミックス京都> ワンダーランド 陶アート 展 |
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![]() © Haruka Akiyama ![]() © Naoki Nomura |
2012.5.11(金)~5.26(土) 土から形を立ち上げ、釉薬を施し、窯に入れ焼く。陶芸には、他の立体造形とは異なる素材とプロセス上の制約があります。今回ご紹介する、秋山はるか、野村直城は、その「制約」を自身のパーソナルな世界観をあらわす上で不可欠なものとして選び取り、制作している作家です。土の可塑性は、彼らにとって不定形の夢や情動を受け止める理想の素材。何度も焼くことで起こる色や形の変化は、そのビジョンを深化させるプロセスとなっています。2人の共通点は、フェティッシュともいうべき特異な釉薬の表現。釉薬は本来、防水、装飾のためのガラス質のコーティングですが、2人の作品の上で釉薬は、色と輝きと厚みをもった「絵」のようであり、オブジェの一部として効果的に用いられています。 今回、普段オブジェを制作している2人の作家に、「うつわ型」の作品を作っていただきました。うつわは「用」的なるものの代名詞として、陶芸の芸術表現から遠ざけられてきました。しかし、観客はうつわを前にした時、例外なく眼で見て手に取り感触を確かめ、五感を稼働させて鑑賞するよう反応します。うつわ型の親近感が、鑑賞者と作家との間に共通言語を成立させる瞬間です。このことはアーティストにとっては観客を接近戦にもちこむ武器ともなり、私はここに、情動と親密さを主題とする現代アートにおける「うつわ型」の大きな可能性を感じます。 沢田眉香子 京都市下京区西側町483番地(西洞院通/新花屋町通 西南角) |
イムラアートギャラリー京都 imura art gallery Kyoto
橋爪 彩 個展 |
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![]() still life with skull |
2012.4.27(金)~5.26(土) 橋爪彩(1980年東京生まれ)は東京芸術大学修士課程修了後、ベルリン、パリと制作拠点を移し、2010年より日本で制作に取り組んできました。常に自身のリアリティから社会的意識を模索し、橋爪は抜群の描写力でその先への到達を試みてきました。昨年の個展では、ヨーロッパ滞在中に実感した西洋中心の美術への一撃として「After Image」シリーズを発表しました。本展では、ヴァニタス、エロス、死をテーマにした「After Image」シリーズの新作を展示いたします。 そして、もうひとつ。橋爪が自身のリアリティを持って、新たに取り組んでいるテーマが3.11です。 2011年3月11日に起った東日本大震災と原発問題から、一年が経ちました。この間、確かめようのない様々な情報が様々なメディアを通じて飛び交い、日々刻々と事態が変わっていきました。被災地から遠く離れた多くの人にとって、この大きな出来事をどのように受け止めたらいいのかわからぬまま、あの出来事がいまや早くも残像となりかけてはいないでしょうか。このことを、橋爪は絵画に留めることを選びました。 久保典子 <ART KYOTO 2012 関連イベント@国立京都国際会館 「橋爪彩×青山七恵」> この個展が決まった当初は、私が近年従事しているシリーズ"After Image"の更なるアップデートで展示を作り上げる予定にしていた。しかし時間とともに、今現在日本という世界中が注目する問題を抱えた国の作家である私が西洋絵画をテーマにした作品を作り続けることが必ずしも急務ではないと思い直し、手探りだとしてもあの一連を作品に昇華したいと強く感じるようになった。あまりに大きな出来事であり、絵画という瞬間を切り取る芸術が長大な時間軸で今もなお切れ目無く続く出来事を扱うという事はとても難しいが、作家の使命として関わらずにはいられない。 本展のメインイメージになるF100号の油彩画「a lovely day」は被災したその中心の人々以外の中で、日々薄まっていく震災の記憶の可視化に挑んだ作品だ。あの日私たちは酷く衝撃を受けたはずなのに、一年と待たずどこか現実味が無く、ふわふわとぼやけてしまった。東京に住み仕事をしている私(または同じくする多くの人々)にとって手触りのない現実をそのまま画面上にアウトプットすることからまずは始めてみよう。 時に残酷な現場の空気に偽りのない輪郭を与え、恒久的に未来へ残されていくことにより時代を語る装置として美術が機能するという側面と、3.11を通して改めて向き合いたい。 橋爪 彩 京都市左京区丸太町通川端東入東丸太町31 |
エンアーツ eN arts
SHOWCASE #1 |
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![]() 「蛍光」 |
2012. 4. 6(金)~4. 29(日) 鋭い切り口とロジカルな分析により現代美術を論じ続ける清水穣氏が独自の審美眼をもって選んだ30歳以下の注目の新鋭若手作家四名加納俊輔、佐藤華連、武田陽介、中島大輔によるグループ展を開催いたします。 SHOWCASE #1 ネオ・コンポラ. cool & critical「コンポラ」とは、1966年から69年にかけて、ジョージ・イーストマンハウスで開催された展覧会「Contemporary Photographers 」の和製略称である。とくにその第1回「Toward a Social Landscape 」展の写真集は同時期の日本写真に影響を及ぼし、さりげない日常風景を横位置で撮るスタイルの写真が多く現れた。柳沢信(『都市の軌跡』79年、撮影時期は64.70年)や牛腸茂雄(『日々』71年、『SELF AND OTHERS 』77年)に代表される70年代の写真家たちの作品が総称的に「コンポラ写真」と呼ばれ、それは日本のポストモダン写真の第一世代であった。 ここに集められたアンダー30の作家たちは、ちょうど社会のデジタル化と共に成長した世代である。写真を「撮る」「見る」ことに対して批評的な距離を取りつつ、クールな作品を作り出す点が共通している。デジタル世代の醒めた現実感覚が、中断された「コンポラ」という系譜を隔世遺伝的に継いでいるように見えるので「ネオ・コンポラ」と名付けた。それは<表象>vs <裸の現実>、<ピクトリアル>vs <ストレート>というような安易な二元論を許さないネットワーク化した社会において、デジタル写真の可能性を探る多彩な表現なのである。 加納俊輔(b.1983)は、2011年「写真新世紀」佳作受賞。身近なイメージを意外なところで連結し、意外なところから対応関係を切り出してくるセンスが小気味よい。出来すぎた偶然、赤裸々な嘘の写真など、物体からピクセルデータまでの範囲で「イメージを見る」ことへの多彩で批評的アプローチが持ち味。 2012年4月 清水 穣 京都市東山区祇園北側627 円山公園内八坂神社北側 |
galleryneutron kyoto
"KUCHIBASHI" MINI Gallery Now Exhibition |
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![]() 「The world turns over No.15」 ![]() 「The world turns over No.24」 |
2012.5.7(月)~6.3(日) 会場:くちばしニュートロン 「The world turns over」は水に映る景色と実在の景色を対照的に描くことで、見えていなかったもの・移りゆく姿を喚起させることがテーマになっています。 しかしながら 2011 年の 3.11 という大きな悲しい災害を経て、水がただ優しく美しい存在ではないということが 私たちの脳裏に刻まれたことは事実です。それでもなお、私たちの生活は水と寄りそって生きて行くことを余儀なくされ、水の持つ優しさや美しさも変わることのない一面なのだと思います。 中比良真子 (今回の個展は、2008 年より描き始めたシリーズ「The world turns over」のおよそ四年ぶりの新作の展示です。) 美術は時代の映し鏡であるとすれば、私達の生きるこの大変な状況は図らずも、現代の作家達による作品に意識的にも無意識的にも描写され、後世に残るものなのだろう。 震災発生から一年が経過したが、私達の住む世界を一変させた未曾有の出来事の影響を薄れたと感じる者は日本国内にはどこにも存在せず、むしろじわじわと今までの世の中の根底が崩れ、新しい価値にその座を奪われる様を目撃することが日増しに増えている。それまで正しい、あるいは当然と思われていた世界の見方は今、通用しなくなっている。そして新たに浮上したそれらは、いつの時代まで受け継がれるのか、誰にも分からない。 私達の住む世界はこうして劇的に変動の時期を迎えながらも、淡々と時を刻み、残酷に四季は移り変わる。 中比良真子が描こうとするのは、そんな世界の片隅の些細な出来事である。しかしそこには作家だけでなく、誰かが気に留めるであろう何かが潜んでいる。時代の潮流や趨勢にとらわれず、自分の視点を変えずに世の中を見つめて描こうとしてきた中比良は、キャリア十年を迎えようとする近年特に評価の声が高まっている。 デビュー当時は画風の洗練さと(当時モチーフにしていた)女性の描写に話題の焦点が当てられたのも事実だが、そこから次第に展開される数々のシリーズは、決してどれもが作家の意図の通りに注目されたとは言い難い。 しかし多くの作品を生み出して来た今、そのどれもが必然的なものであり、重要なものであると誰もが認める事ができる。それは一重に作家の粘り強い観察と制作の繰り返しによるものに他ならない。 水に浸かる女性の姿を活写して注目された「Watering」と「Out of bounds」、女性の繊細な感情を草花に比喩して顔面や体に描き同居させた「blooming」で女性的な画風を見せたかと思えば、風景をデフォルメして鳥の視点から描いた「bird eyes」では一気に世界の広がりを捉えようと跳躍し、続く「The world turns over」(本展覧会に続くシリーズ:2008 年からスタート)では水に映った景色と実際の光景を反転させ、夜の街に浮かぶ生活の灯りを描いた「Stars on the ground」では人物を一切描かずにこの世界の希望と温もりを描いてみせた。 どれも写真を基に忠実に描く部分と、作家の意図によって削られ、デフォルメされる部分の対比が心地よく、中比良作品の特徴となっている。 そして全てのシリーズを俯瞰して見えてくるのは、水、光、空、そして人の存在である。 昨年、神戸の美容室ギャラリーで開催した個展のタイトルを、中比良はあえて「Sunny Water」とした。「あえて」と書いたのには理由がある。放射能汚染によって「水」に対する安全意識が高まり緊張が続く中、中比良はそれでもこの世界の重要な構成要素であり、人間の体の70%を占める物質であり、地球を象徴するものに希望を託そうと思ったのである。 ここにお見せする「The world turns over」の最新作は、そんな作家の水に対する気持ちの表れたものばかりであり、これから先の未来へのメッセージでもある。 縁あって既に今年の一月に京都のカフェ& ギャラリー「near」で先攻発表された作品と併せ、作家にとっておそらく一番評価の高いシリーズの真価が発揮されるだろう。地盤の揺れ動く東京の街中を経て、中比良の作品は再び京都に戻って来た。水面に映る景色を通じて、私達の住む世界に思いを馳せて頂ければ幸いである。 gallery neutron 代表 石橋圭吾 (このテキストは本年4月にneutron tokyoで開催された個展当時のものを転用しています。) <ASK? vol.5 ~ Art Salon Kuchibashi ~> 京都市下京区中堂寺坊城町28番地5 |
同時代ギャラリー DOHJIDAI GALLERY of ART
<ギャラリー> 「DAI.K.S. and KATO 展」 |
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![]() 「若者の詩」加藤力之輔 |
![]() 「Composicion con dibujo plegado」加藤大輔 |
2012.5.15(火)~5.27(日) 1944年日本生まれのスペインで学んだ作家。1974年生まれ、スペインで学び活躍している若手の作家。二人の作家の競演です。 |
<コラージュ> 田中あきよし 個展 |
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2012.5.15(火)~5.20(日) 2011年より制作された『NUNU』という名の生き物と自身の出身地である三重県四日市市の浜辺で採取した漂流物で制作した『NUNUの家』を展示いたします。 京都市中京区三条御幸町南東角 1928ビル1階 |
ギャラリー16 galerie16
鷹木 朗 展 |
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![]() ![]() work.i_11「2011年12月11日に」 |
2012.5.15(火)~5.26(土) 【作品紹介】 【作家コメント】 鷹木 朗 京都市東山区三条通白川橋上ル石泉院町394 戸川ビル3階 |
ギャラリーギャラリー GALLERYGALLERY
<ギャラリーギャラリー> 河原林美知子 個展
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2012.5.19(土)~6.2(土) 「Seedsの可能性を秘めたエネルギーをかたちに」 素材には人に何かを創りたいと思わせる力が潜んでいます。完成図のデッサンがあるのではなく素材に触れながら、その時々の自分と素材との会話を楽しんでいるような気がします。今回、素材を元の一枚の布に戻せるというテーマで仕事をしてみました。糸で止めるだけで「かたち」になり、ほどけば元の大きな長いメッシュ地になります。そんな制約の中での試みが面白さにつながり、見る人に楽しんでいただけたら……と願っています。 河原林美知子 |
<ギャラリーギャラリーEX> 武田梨沙 個展
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2012.5.19(土)~6.2(土) 織りの技法を用いて平面から立体へ展開する制作をしています。 unidentifiable とは人間が認識できない存在を示す言葉で、その眼に見えない要素によって、作品のフォルムが形成されること、またフォルムからその存在を意識させることを試みます。 武田梨沙 京都市下京区河原町四条下ル東側 寿ビル5階 |
児玉画廊京都 Kodama Gallery Kyoto
松嶋 由香利 |
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2012.5.12(土)~6.16(土) 松嶋は、意図的に簡略化した描写や、緩急のある構図、ドラスティックな色彩、花柄や唐草模様を取り入れた線描やコラージュ、モチーフを網目模様で絡めて連鎖させていくような表現などを用いて、その不条理で非現実的な情景は時には可笑しさも伴い、観る者の感情を小気味よく波立てるような作品を制作しています。 昨年の個展「口にすると嘘になる呪文」(児玉画廊|東京)では、余白を活かし軽やかな線描が重なり合う優美な作品や、かと思えば、怜悧な構図と色彩がミニマルな印象を与える作品など、様々な手法、形態によって個々に独立した世界を表象していくような展覧会を構成しました。それは非常に私的な、自分だけのロジックと自分だけの感性が支配する、他人にはおよそ計り知れない松嶋の世界感の極北であったように思います。 今回の個展においては、そうしたバリエーションの多彩さ、これまでのような装飾的な表現や、曲線が織り成す優美さが陰を潜め、代わりに硬質で無味乾燥なモチーフ、直線的でシャープな線描で構築された、黒い紙に鉛筆で描くドローイングによって展覧会を構成しています。いつもの彩りに溢れた印象とは一変してモノトーンに徹した、凛と張りつめるような空気感を演出しています。この黒いドローイングは、鉛筆を黒地に使用しているため、見る角度や光の照射状況によって千変万化します。細かい鉛筆の線描が縦横に走り、享楽的で渾然としたあり得ない情景、異形の何かが賑々しく跳梁跋扈する様子など、イメージがゆらゆらと幻想的に移ろうように描かれ、絵の内容もつかみ所がないだけでなく、線描自体も目を凝らし、見る位置を変えながらようやく全容を知る、というような作品で、鈍く光る鉛筆の金属的な線が、非現実感を強調し、見るものの妄想を掻き立てます。 最近では、例えば、玩具売り場に整然と無機質なプラモデルやロボット玩具などが並べられている様子などがなぜか良く目に留まる、と作家が言うように、これまでの柔らかなフォームや華やかな色彩とはまるで逆の、色や生気を失ったような存在に想像力を刺激されているのでしょう。それは描かれているモチーフから一目瞭然ですが、しかし、松嶋の根本的な部分にある、連鎖するイメージが暴走して歯止めが利かなくなるようなイマジネーションの流動性、ほんのわずかな非日常性を捉えて、そこからじわじわとこちらに異世界を流入させていくようなストーリー性のある展開などは通底しています。「夜の帳」を想起させるモノトーンの空間において、さらに深部へと耽溺するような松嶋の新たな世界観をぜひお楽しみください。 児玉画廊 小林 健 京都市南区東九条柳下町67-2 |
京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA
<@KCUA1,2> 京芸Transmit Program#3 |
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「預言者」2011 ![]() 「ぱらいそ」2010-11
「SAKURA」2011 ![]() 参考画像 撮影:笹倉洋平
参考画像 2011 ![]() 「Break Through」2012 |
2012.4.7(土)~5.20(日)
「たいていの日常的実践(話すこと、読むこと、道の往来、買い物をしたり料理したりすること、等々)は戦術的なタイプに属している。そればかりでなく、もっとひろく、大部分の「もののやりかた」もそうである。このうえない「強者」(権力者、病い、現実や体制の暴力、等々)を相手に「弱者」が成功をおさめるのもそうならば、うまい手をつかうのも、離れ業をやってのけるのも、「狩猟家」が罠をはるのも、臨機応変のかけひきも、変幻自在な擬態もそうであり、詩だろうと、戦争だろうと、あっと言わせるひらめきがそうである。このように事をあやつる仕業は、はるか昔の知に属している。ギリシャの人びとはそれを《メティス》(Metis)とよんでいた。 私が戦術とよぶのは、自分のもの[固有のもの]をもたないことを特徴とする、計算された行動のことである。ここからが外部と決定できるような境界づけなどまったくできないわけだから、戦術には自律の条件がそなわっていない。戦術にそなわる場所はもっぱら他者の場所だけである。したがって戦術は、自分にとって疎遠な力(エトランジェ)が決定した法によって編成された土地、他から押しつけられた土地のうえでなんとかやっていかざるをえない。」 本展は、今まさに飛躍しようとする若手作家に焦点を当てた、ギャラリー@KCUAの独自企画による展覧会の第三弾です。日常社会や常識など、あたりまえだったはずの世界が大きく揺らいでいる現在、「私たちが生きてゆくために、どうすれば日々の営みを意義あるアクションに変えてゆくことができるのか?」をテーマに、独自の表現を追求する5組の作家を紹介します。 森山貴之 京都市中京区油小路通御池押油小路町238番地の1 |






















