京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA

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<@KCUA 1.2. Gallery A.B.C>

 

京都賞受賞記念展覧会
ジョーン・ジョナス
「Five Rooms For Kyoto: 1972–2019」


Joan Jonas in New York
2012
Photo by Brigitte Lacombe


Reanimation
2010/2012/2013
Photo by Thomas Müller
Installation view, Gavin Brown’s enterprise,
New York, New York, 2017.

2019.12.14(土)〜 2020.2.2(日)
*年末年始休館:12.29(日)〜1.3(金)

主催:公益財団法人 稲盛財団
   京都市立芸術大学
企画・制作:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA
企画協力:ロームシアター京都

パフォーマンスとニューメディアを融合させた新しい芸術表現の先駆者であり、50年にわたり現代美術の最先端を走り続ける美術家、ジョーン・ジョナス。第34回(2018)京都賞受賞を記念し、国内最大規模の個展を開催!

ジョーン・ジョナスは、その長きにわたるアーティスト活動を通じて、パフォーマンス、映像、インスタレーションなど、複数のメディアを融合させた表現を追求してきた。テーマを世界の情勢によって少しずつ変化させながら、重層的かつ詩的な構造を持つ作品を、83歳となった現在もなお精力的に発表し続けている。

本展では、ジョナス作品の重要なキーワードとなる女性、物語、環境問題などを辿りながら、その作品世界を紹介する。5室の展示室のうち、最も大きな部屋で展開されるのは、近年の代表作とも言える《Reanimation》である。インスタレーションとパフォーマンスの2バージョンを有するこの作品は、本展とロームシアター京都での公演とでその両方が鑑賞可能となる。

パフォーマンス作品において、映像や音、小道具、衣装が彼女の身体と相関しながら展開していくのに対し、インスタレーション作品では、彼女の身体の不在を埋め尽くすかの如く、複数の要素がさらに濃密に絡まり合って、展示空間を飲み込んでいく。彼女が劇場空間と展示空間をそれぞれどのように捉え、イメージやアイデアを相互に移動させながら作品世界を構築していくのかを、鑑賞者自身の身体で感じ取ることのできる貴重な機会となるだろう。

京都市中京区油小路通御池押油小路町238番地の1 Tel:075-334-2204 休廊日:月曜日

イムラアートギャラリー京都 imura art gallery Kyoto

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日野田崇 個展
「手と色形楽」


「地軸のずれる音」
2019
セラミック
112x44x46cm
Photo: Kazuo Fukunaga


「夢のゴミの島」
2019
セラミック
56x43x27cm
Photo: Kazuo Fukunaga

2019.12.7 (土) 〜 2020. 1.25 (土)
アーティスト・トーク:12.7(土):16-17 時
モデレーター:北出智恵子

手と色形楽

私は、一貫して陶による立体造形に取り組んできました。その姿勢は、陶を基盤にしながら、あくまで現代の視覚造形のひとつの在り方を追求するものです。私が陶の最も重要な特質と考えているのは、時間を超えて「半永久的に遺物として残り続ける」可能性があるということです。そして制作においては、もうひとつ、物質である素材と、それを手で加工していくことを重視しています。それは労働の一種ですが、それを概念に完全に置換することはできません。そこには、単に手仕事への懐古的な郷愁にとどまらない、「もの」と人間の感覚の交感に伴った官能性や抵抗感、循環をともなったやりとりがあります。利便性に偏った現代人の生活はこのような要素をどんどん失くしていく方向に向かっていますが、それと逆行する手の労働にはもっと積極的な意味があると思っています。

近代的な「美術/工芸」のような二元論や、概念を基盤にしたテキストやリサーチ、映像的な手法を多用するContemporary Art の領域とは別の枠組みを自身の制作に想定するために、最近では「手色形楽(しゅしきけいがく)」という言葉を使っています。今展ではとくにその用語を展覧会の表題に押し出しています。" Art" や" Kunst" といった西洋の概念と用語に対応する枠組みを、あとから当て嵌めたがために、諸工芸、書などの居場所が宙ぶらりんになってしまったのは周知の史実です。「手色形楽」とは、そのような状況の中で、前近代的な復古に走ってしまうことなく、自分にとっての色やかたちそのものの価値をもう一度見つめていこうという試みです。

1970 年代の初頭、ブラジルが軍事政権下にあった時代に、当局の歌詞検閲をかわすために、ミルトン・ナシメントが「魚たちの奇跡」の収録曲のほとんどをスキャットで歌っていたという事実は、私にとって重要です。このエピソードは政治的な要素も持っていますが、本来の「音」の潜在力を彼が知っていたことの証左のように思えるのです。色やかたちにもそれと同じような作用があるのではないでしょうか。色とかたちは本来、それ自体がひとつのことばのはずであり、ときにはヴァーバルな言語をはるかに凌駕するほどの戦慄的なカタルシスを見る者にもたらすことがあります。

私にとって、映像の色彩がなにかいまひとつ物足らなく感じるのは、おそらくそれが「光」をベースにしているからだと思っています。「光」は概念の足場である意識に働きかけます。それとは対照的に、陶の色彩は「もの」に受肉した啓示であり、重さや陰、灰汁のようなものを含んでいます。そこには私たちが自らの身体性を再考するきっかけが潜んでいると信じています。

日野田 崇

京都市左京区丸太町通川端東入東丸太町31 Tel:075-761-7372 休廊日:日・月曜&祝日

グランマーブル ギャラリー・パルク

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山下和也
「私たち / behind our perspective」


「松風」
2018年
松煙墨、油煙墨、
未晒し手漉き三椏紙


「寒山拾得」
2013年
松煙墨、油煙墨、
竹紙(老灰紙)

2019.12.13 (金) ~ 12.29(日)

日本画家であり、東洋絵画修理技術者(国宝修理装潢師連盟外部技術登録者)として活動する山下和也(やました・かずや/1978年・大阪生まれ)は、2003年に京都嵯峨芸術大学付属文化研究所研究生を修了後、日本・中国の古典絵画の模写と文化財修復で培った技術と経験をベースに、日本の歴史や文化、思想を顧みながら、伝統芸術と現代芸術を捉えなおすことを主眼に作品を制作しています。近年は特に水墨表現に着目し、目には見えない「気配」のようなものを、淡墨とほんの僅かな筆致、余白によって表現する罔両画(もうりょうが)に取り組んでいます。また、墨を用いてアクションやパフォーマンスの領域を横断する、8世紀の中国の芸術表現「破墨」について考察し、神楽舞手、ファッションデザイナー、美術家とともに、現代にその再構築を試みる「破墨プロジェクト」を2018年より企画するなど、幅広い領域での活動を続けています。

本展の構成において、その中心となる罔両画(Ghost style painting)は、中国南宋時代に禅僧の余技として生まれた絵画のひとつであり、極度に薄い墨と僅かな筆致で描かれた消え入るような見え方から罔両(魑魅魍魎、精霊)と名付けられるものです。罔両画やその系譜にある牧谿(もっけい/生没年不詳。13世紀後半、中国南宋末元初の僧)の作品は、室町時代の足利将軍のコレクションである東山御物に多く所蔵されるなど、狩野派をはじめ、長谷川等伯、俵屋宗達など、日本の水墨画史上に多大な影響をあたえたものですが、以降600年に渡って主に取り組む作家はおよそいないとされています。山下はこの罔両画を『「幽玄」や「余白」といった日本の美意識を感じることが出来るものであり、東アジアや日本美術史、室町文化やその美意識を再考するうえで、とても重要な絵画』と考え、水や素材の持つ性質や現象を活用して描くオリジナル技法へと展開しています。

山下の罔両画による作品を中心に構成される本展は、「テキスト」をもうひとつの重要な構成要素として扱います。ロラン・バルト、フィオナ・タン、森鴎外、土方巽など、会場に配されるテキストは、いずれも過去に全く別の目的や文脈で書かれたものの断片であり、直接的に個々の作品を補足・補完するようなものではありません。しかしながら、本展においてこれらは、誰の、どのような言葉であるかという背景も含め、作品の鑑賞体験に強くはたらきかける内容が選ばれています。繊細な濃淡やかすかな筆致によって描かれる山下の罔両画は、そこに射す光と、光を受ける紙との狭間に淡く「絵」が存在するかのようです。また、僅かな変化で緩やかに見え方がうつろうその線は、鑑賞者の身体や記憶・経験によって異なる景色をうつしだすものであり、「絵」は線と鑑賞者の狭間に存在するものであるともいえます。

本展は、作品とテキストが、鑑賞者によって直線的・平面的な関係のみならず、立体的な関係性へと展開することを企図して構成されています。また、そうして作品と鑑賞者によってつくられたパースペクティブ(空間、視座)を、鑑賞者自らが泳ぎ・漂うような体験をしていただければと願っています。鑑賞者が作品(他者)の中に自らを発見する時、そこには個人や国、時代を超えた「私たち」が立ち上がるのではないでしょうか。そして、「私たち」はその向こう側(behind)を眼差すことを可能とするのではないでしょうか。


<展覧会について>

私たち behind our perspective

私たちとは誰のことなのか?私とあなたを含む複数の人たち。たとえばコミュニティ。家族とか、人間とか、日本人とか。あるいは多面性を持つ複数の私という存在、つまり複数の私。私はまだ知らない私に生きている限り出会うことがある。それは遠い過去であったり、見知らぬ他者の想いであったり、今この瞬間や未来であるかもしれない。見知らぬ誰かの中に自分を発見することはめずらしくない。自分の探していた言葉を誰かがすでに的確に言っていたりすることもよくある。それはもう一人の私に出会っているのではないか。展覧会のタイトルを決めるとき、私と私の作品の背景にある多層の奥ゆきやつながりをどのように云ってみようか、内面的なミクロなものから概念的なマクロなものまで…。

個人的な事だが、私は私の存在について知るための手掛かりとして日本や日本文化に半ば強迫的に関心を持ち、そのなかで日本画に出会った。しかし、当時の私にとって日本画に日本は見つけられず、代わりに大野一雄の捉えがたい存在に日本を直感的に見出した。当時私は17歳だった。自分にとって最も身近であるはずの足元さえ、何も知らない未知の世界であることに唖然とした。日本とはなにかという問いが、私とはなにかという問いに擦りかさなってきた。そこで古典についてもっと学ぶべきだと考えて、大学で古典絵画の模写に取り組むこととなる。古典に向き合う時、それは過去の他人事ではなく、私ごととして一度とらえ直さなければならない。それはかつて誰かのつくったものであるが、その誰かのこころに寄り添い、思いをかさねる想像力がなければ入り込めない。その想像が、私ごととしてなにか共感できるとき、それは時を越えて人間同士のつながり、他者のなかの私を発見するのでしょう。

この展覧会では時代も国も様々な他者の言葉に出会います。私が偶然出会ったそれらの言葉も、他者のなかの私の一部(私たち)かもしれません…。

展覧会のタイトルは鑑賞者に一番最初に投げかけるメッセージだと思います。タイトルは展覧会構成の一部であり、展覧会全体や作品の鑑賞体験についても残響してもらいたい言葉です。なぜ、私たちなのかということのperspective(視座、空間)も個々に違っていて良いと考えています。その向こう側(behind)について考えて貰いたいですし、解説をするとすれば個々の作品の解説をしてゆかなければならないでしょう。

山下 和也

【関連イベント】

アーティスト・トーク:
12.21(土)16:00~17:30
聞き手:はが みちこ(アート・メディエーター)
*予約不要・入場無料

京都市中京区烏帽子屋町502 2F.3F. 4F Tel:075-231-0706 休廊日:月曜日

エンアーツ eN arts

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「LINES」
リー・エドワーズ
西村 涼
白子 勝之


リー・エドワーズ
「Ball」(部分)
2019
H297 x W210 mm
Graphite on Paper
© Lee Edwards


西村 涼
「Floating 6」(部分)
2018
H762 x W1,066 mm
銅版画インク、シリウス紙
© ryo nishimura


白子 勝之
「untitled」
2019
H220 x W43 x D52 mm
漆、染料、MDF
© katsuyuki shirako photo_takeru koroda

2019.11.8(金)〜 12.1(日)
オープニングレセプション:11.8(金)18:00 - 20:00

会期中 金・土・日 12:00-18:00 開廊
アポイントメント 承ります

2019年11月、eN artsでは グループ展覧会「LINES」を開催致します。タイトルの「LINES」はイギリスの社会人類学者 Tim Ingold (ティム・インゴルド)教授著の “LINES: A Brief History by Tim Ingold (和訳:ラインズ:線の文化史)より引用しました。

インゴルドはカテゴライズされた狭義の文化人類学に留まらず、歩くこと、織ること、観察すること、物語ること、歌うこと、描くこと、書くこと・・・我々が生きていく中で行うことは全て「線」に沿って進んでいるということに着眼。人類学・考古学・建築学・芸術などの領域を「線」という共通項で考察することにより、それらの領域を縦横無尽に往き来し、「生きること」「つくること」の根源的意味を問い続けます。

インゴルドが提唱しているほどの大儀ではありませんが、私自身 現代美術に関わりながら、絵画・彫刻・版画・写真・映像・パフォーマンス・舞台・音楽・伝統工芸・建築・ファッション・家具 等々がそれぞれのLINEを越境し「互いに高め合う」ことを理想として参りました。今から12年前、築約100年の料亭が 建築家 吉川弥志氏の手により現代美術画廊 eN artsに生まれかわりました。古い日本建築の良さを残しながら現代美術を発表することができる懐の深い建築物と今を生きるアーティストたちの最新作・・・両者が織りなす「線」の交わりあいが 私の理想とするところに少しでも近づければという願いを持って本展を企画致しました。 是非 御高覧下さい。

出展作家のご紹介

Lee Edwards (リー・エドワーズ):ロンドン在住。鉛筆で線を「draw (引く)」ことによりモチーフの立体性、素材感、風合いに至るまで表現します。本展の為に制作した線描画を出展します。

西村涼:ドライポイントで、線を「彫る」ことにより様々な事象を作品化しています。版画の世界では、かつて見たことのない独自の世界観を表現する版画家です。本展では最新作を発表します。

白子勝之:木や板から線を「削り出し」漆や顔料という日本的な素材を施すことにより独特の彫刻作品を創作。本展には最新作で臨みます。


既存の文脈からもぎとられ、背景からは切り離され、所有者からも隔離された「もの」は各々の言語で実在する。

それら「もの」への自己投入は作品内に明白に表われている。着衣、性、失望―いずれも時空自在にして実にありふれたものである。しかし、執拗なまでの緻密な観察により、私の作品は個人の本質的側面をその「もの」に投影し直接的に表現しているのだ。

Lee Edwards


土手の上から川を眺めると、次から次へと水が流れて行くのが見える。あたかも、自分も時間の流れの中、“今”という1つの点に立っているように、ふと思ってしまうことがある。

記録という役割のみで考えると、写真というものは、時間軸上の流れを静止画として切り抜くものである。その静止画を無数に繋ぎ合わせ、更に始点と終点を与えることで、流れの一部を保存することを可能とする、それが映像ということになる。同じように、人が動作や現象を見る時も、時間軸上の1点で流れを切り取り、静止画として捉えてしまっている。つい、そう思ってしまう。

しかし、写真や映像と同じように、人は流れの一部を切り抜き、保存しているだろうか。いや、そうではない。人が生きる中での“今”という地点からは、時間の流れをそのように捉える事は出来ない。それは、人もまた川の水や時間と一緒に“流れ”ているからに他ならない。

流れる川の動きは、しばしば生命の比喩として用いられる。哲学者、アンリ・ベルクソンは『創造的進化』*1において「生物は何はともあれ、1つの通路である」と述べている。生物の一世代は源泉(祖先)から出でて、海(子孫)へ流れ下っていくと言えよう。その始点から終点までの流れは、世代を超えた生命の生と死の過程の一部にすぎない。源泉から湧き出るまでには土中を流れてきたのであって、海に出てからも果てしなく流れは広がっていくのだ。このように始点と終点がない軸(線)に沿って生物は“流れ”ている。

私は主に銅版画のドライポイントという技法を用いながら、立ち上る煙や、水に溶けていくインクといった常に形が変化し続けるものを通して、自然物の流動性を線画として刻み込んでいる。そして私にとってそれらの線は持続する運動、或いは永続的な流れの軌跡を留めるものである。それらの“線”を通して、生命の流動性や時間の永続性、連続的に創造される“今”を改めて問い直している。

西村 涼

*1 『創造的進化』(真方敬道訳 岩波文庫 1979年) 引用に際して一部語句の変更


作品は特定の意味を有さず、複数のイメージを内包しながらただそこに在るだけである。

白子勝之

京都市東山区祇園北側627 円山公園内八坂神社北側 Tel:075-525-2355 開廊日:金・土・日曜日

京都芸術センター Kyoto Art Center

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<ギャラリー北、北館1階スロープ下>

 

ティム・サトミ(刺繍作家)展
「明倫茶会 【アヴァンギャルドなお茶会】
@薄暮 萩原朔太郎 ―足跡の音を聴く」


画像提供:水と緑と詩のまち前橋文学館



2019.11.16(土)〜 11.25(月)

主催:京都芸術センター

萩原朔太郎の詩にインスパイアされた刺繡作品の展覧会
明倫茶会 「【アヴァンギャルドなお茶会】@薄暮 萩原朔太郎 ――足跡の音を聴く」の関連企画として、刺繍作家のティム・サトミによる展覧会を行います。

■ティム・サトミ
1949年岐阜県郡上八幡生まれ。刺繍作家。1971年文化服装学院卒業。音楽ステージやファッションショーに作品を提供。2017年 LADSギャラリー(大阪)で個展、前橋文学館「詩集『月に吠える』100年記念展」に参加。2018年個展「朔太郎を刺繍する」art space kimura ASK? (東京)、前橋文学館「サクタロウをアートする」展に参加。植村家(京都)で茶会等。(「アトリエ・ティム刺繍教室」主宰)

■明倫茶会 【アヴァンギャルドなお茶会】@薄暮 萩原朔太郎 ――足跡の音を聴く
※茶会への参加は有料・要予約
詳細はこちらから

京都市中京区室町通蛸薬師下る山伏山町546-2 Tel:075-213-1000

MORI YU GALLERY 京都

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ムラギしマナヴ
「まぼろしの世界」


「Shutdown」
2019
194×259cm  acrylic on canvas

2019.11.2 (土) 〜 12.8 (日)
オープニングレセプション:11.2(土)17:00 – 19:00

日常の様々なるできごとを、徒然なるままに、切り取り、咀嚼し、解釈を加え、日記のように鉛筆や絵筆などによってドローイングするムラギしマナヴ。それは、そのまま作品となることも、また違うメディアにうつされて絵画や立体、映像作品となることもあります。ただ日常のできごとはムラギしというフィルターを通すことで劇的に変化し、描かれます。それは、外部の世界の出来事が紙やキャンヴァスなどに貼り付けられただけのデザイン的なコラージュ作品の内容とは一線を画すのです。

我々鑑賞者がこの部分はあの出来事のことを描いてるんだなぁと思った瞬間、それとは異質な要素が脳裏に浮かんでくることでしょう。我々は、あたかも幾重にも続いていく部屋の奥へ奥へと招き入れられるようにムラギしの絵画に引き込まれ、最初に出会った出来事とは全く別のイメージ、印象を与えられるに違いありません。

ムラギしの作品には、多様なコラージュの要素が描きこまれるているのですが、その背後には、壮大な迷路が横たわっており、大きな大きな口を開けて我々を待ち受けているのです。
ムラギし作品の迷路と入口、今回は70箇所程ご用意してございます。どうぞ御高覧ください。

京都市左京区聖護院蓮華蔵町4-19 Tel:075-950-5230 休廊日:月曜日・火曜日・祝日

ヴォイス・ギャラリー MATSUO MEGUMI+VOICE GALLERY pfs/w

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現代美術二等兵 駄美術展
「ポップ対歌謡曲」


「ぐれダルマ」

2019.12.13(金)〜 12.25(水)
オープニングパーティー:12.13(金)17:30~

口ずさむように駄美術を作りたい、うっかり作ってしまいたい。
そして鼻歌交じりに見てほしい。
そんな先走る欲望に追いつけない初老アートユニット現代美術二等兵が不朽の名曲のタイトル、懐かしのポップスのタイトルから発想した駄美術を制作、展示。
リアルタイムで感じたキラキラした思い出の歌謡曲に対するオマージュを覚めたしぐさで熱く見てください

京都市下京区富小路通高辻上る筋屋町147-1 Tel:075-341-0222 営業時間:11時~19時 休廊日:月・火曜日

同時代ギャラリー DOHJIDAI GALLERY of ART

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〈ギャラリー〉

 

「マロニエ 展示」
龍谷大学学友会学術文化局写真部

2019.12.10(火)〜 12.15(日)

今年度最後の作品展です。ぜひお越しください。

 

「第24回 How are you,PHOTOGRAPHY 展」

2019.12.17(火)〜 12.22(日)

伊藤真里子、Shinji ONO、小幡 豊、亀井吾郎、近藤 梓、高橋稔香、田中幹人、立花常雄、西岡達也、人見 徹、日浦慎作、福岡智彰、藤林慶海知、三浦隆志、∞/∞

情報通信技術の目覚ましい発達が我々の生活をより高速化している現在。 コミュニケーションは文字や会話のみに留まらず、写真をも道具として誰もが使えるようになってきました。そして、ここ数年写真を志す人、写真に 興味を持つ人が増えています。 記念写真を撮るカメラから日常の出来事を記録するカメラへと変化してきています。誰もがカメラを手にする時代になりました。 何よりも写真を撮ることや見ることが容易に、身近になってきている中、如何に真実を見つめ、傍観ではなく常に社会と関わる態度を持ち、それらを共有することが大切だと考えます。 我々は、作家が写真を撮る時の真摯な態度や、ファインダー越しに他者を思いやるまなざしを通して、人と人との交流の場がより一層豊かなものになり、地域社会の中で希薄になりがちな人と人との関係性を、写真を通して回復できるものと考えます。

●12.3(火)〜 12.8(日)13:00-19:30 PHOTO Flea Market
場所:ギャラリーメイン
(京都市下京区下麩屋町通五条上ル下鱗形町543 2F)

●12.10(火)〜 12.15(日)12:00-19:00
(最終日は18:00まで)
場所:ギャラリーマロニエ 4F・5F
(京都市中京区河原町四条上ル塩屋町332)

 

◎同時代ギャラリー企画展
「Winter Light '19」
金 明姫


「NPOピースマスクプロジェクト」

2019.12.24(火)〜 12.29(日)
*送年パーティ:12.28(土)17:00〜20:00

〈金明姫 個展に寄せて〉
「言葉にならぬ内面の苦しみと喜び、かなたへの憧れが「静かな厳しさ」のうちに表現されているようである…」

生誕70年を記念して福井県に住む芸術家 金明姫が京都で個展を開く。9月から10月にかけてのスペイン巡礼、ポルトガルから北上してサンティアゴ・デ・コンポステラへの道をたどったばかりの彼女の個展には新しい風が吹いているに違いない。安らかな表情で瞑想する数々のピースマスクのそばで、黒い蝶々が夢見つつ舞う水彩画、そして、明姫独自の美感からの新しい染色作品が大きく広々とひらけた空間を表出することだろう。

進歩も退歩もない、生きているかぎり無限の展開があるばかり、とは中国の思想家の知恵である。それは芸術にも当てはまる。今回の個展はこれからの明姫の内面的変転への予感をはらんでいる。福井・青葉山麗の晴朗な自然のなかに生きる明姫の「歳をとるのは悪いことではないのよ」との笑顔が目に見えるようである。

西谷晋/ジャーナリスト

〈ギャラリービス〉

 

「今村直美 個展」


2019.12.10(火)〜 12.22(日)

ジャンル:フェルトと杉の枝による立体作品

ひとは古来より自然界にある形に惹かれ、祈りの中に、あるいは生活に中に存在させてきた。
それが目に見えるモノであろうが見えないモノであろうが。
虚を実とし、その中に蠢く何かを作り出していくと虚が騒ぎだした。そのエネルギーが必要であったのか。

京都市中京区三条御幸町南東角 1928ビル2階 Tel:075-256-6155 休廊日:月曜日

ギャラリー16 galerie16

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森本 加弥乃 展
「The Resurrection」


2019.12.3(火)〜 12.14(土)

修復できなくなった関係や、終わった命に復活があれば。その思いとともにLEDの配線をしたりプログラムを書いたりしました。デジタル作品ですが、祈りを込めて紡ぐように制作しました。

森本加弥乃

 

汲田裕子 展
・・・ノマド


2019.12.17(火)〜 12.22(日)

▼汲田裕子 Yuko Kumita
埼玉県生まれ
1981 武蔵野美術大学油絵科卒業

京都市東山区三条通白川橋上ル石泉院町394 戸川ビル3階 Tel:075-751-9238 休廊日:月曜日

KUNST ARZT

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VvK Programm 26
池田 慎 キュレーション
「ごちそう帖」


2019.12.13(金)〜 12.22(日)

池田慎
池田高広
岡田よしたか
小池昭子
木内貴志
椿崎和生
ハリコズエノ
水垣尚・岡本和喜
行千草

想像の舌は長くて何処迄でも届く。
(内田百閒「御馳走帖」)
『絵にかいた餅』は役に立たない物を指す喩えです。
しかし描かれた餅の、 或いは描かれすらしていない餅の、 その味を想像する楽しみは 少なからず有意義と言えなくはないでしょうか?
おせちの前に喰えない物を面白がる「ごちそう」を。
無制限食べ放題で。

池田慎(アーティスト、本展キュレーション)


KUNST ARZTでは、VvK(アーティスト・キュレーション) 展覧会の26回目として、衣食住・日常生活をモチーフに、 ユーモラスだけれどシレっと病的で執拗な側面を内包する、 池田慎キュレーション「ごちそう帖」展を開催します。
美術館での初個展と同時開催となります*。
本展は、出品作家9組による 「食」をモチーフや素材にした作品構成です。
アートによる食文化を考察する場を提供します。
ご注目ください。

KUNST ARZT 岡本光博


京都市東山区夷町155-7 2F Tel:090-9697-3786 休廊日:月曜日

ギャラリーギャラリー GALLERYGALLERY

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吉谷美世子 個展
「pulse - between me and others」
フェルト/テキスタイルによる空間構成

 

2019.12.7(土)〜 12.22(日)

*12.16(月)〜 19(木)は、ガラス越しに作品を見て頂くことになります。

シルクとウールで薄い布フェルトを作り続けて十数年。今回は、素材の持つ柔らかさだけでなく、強さも合わせて表現することを試みました。

一旦布フェルトを作った後、折りたたみ、熱処理し、ひとかど毎にエッジが立つようプレスします。
何百回も繰り返されるその作業中、私は自分が細かい粒子 になって、作品を通して何処かへ流れ出ていく感覚に陥りました。

その行き着く先は、、、、、、、、。

吉谷美世子

京都市下京区河原町四条下ル東側 寿ビル5階 Tel:075-341-1501 休廊日:木曜日

ギャラリー知

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鳥彦 個展
「憤怒の神殿」


2019.12.14 (土) ~ 12.28(土)

※日曜日要予約(アートコレクター用)


the Temple of Rage(憤怒の神殿)

“共感”や“連帯”が叫ばれる世の中である。性別、生まれ、政治信条などでこちら側とあちら側を区切り、こちら側にいない人間ならば、どれだけ罵倒しても良いと考えている人間も多い。それは本当に貴方の感情なのか?

怒るというのは楽だし、気持ちが良い。金も時間もいらない、なんでもいいから難癖をつける相手と、やすっぽい被害者意識があればいい。

輪郭の曖昧な他人の感情に“共感”するべきではない。自分の感情と、その感情の原因が整理されないまま、他人の感情に引っ張られる。

個人的な感情を社会正義に格上げするために、他人と“連帯”するべきではない。個人的な感情を、他人から正しいと認めてもらう必要はないのだ。

内観を行い、個人的な感情をもっと大切に扱うべきではないだろうか。その感情は他人からすれば、まともに取り合う価値のない、下らないものかもしれない。それは何か恐ろしい事だろうか?誰しも理不尽に怒り、表明する自由がある。それによって被る不利益を受け止めるだけの覚悟があるのなら。

私達の怒りは、性別や、生まれや、社会を糾弾する“正義”のフリをして私達の前に現れる。私達の事を誰かから傷つけられた被害者として慰める。そうして私達を、次なる加害者へと仕立て上げる。

誰しも、自分自身の領域を持っている。その領域は、誰とも折り合いをつける必要のない、孤独な領域である。その領域は、個人的な体験、過去の決断、自分自身に課す律法によって、より強固に形作られていく。粗雑に扱えば、粗雑な領域にしかなりはしない。それは私達の精神そのものであり、それを私は憤怒の神殿と呼ぶ。

鳥彦

京都市中京区寺町通丸太町東入る南側下御霊前町633 青山ビル1F Tel:075-585-4160 休廊日:月曜日

ギャラリー モーニング  gallery morning kyoto

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中村 潤 展
「さて」


2019.11.26(火)〜 12.8(日)

「さて」
紙や糸をさわって、眺めて、考えて、つくって、手から離して、また眺めてみる。
手を動かす中で頭に浮かんだことの合間に挟まる、「えっと」「あのー」「そのー」「さて」「まあ」などの言葉によって生まれたテンポに思考を任せて、私の制作はひたすらにつづきます。
さて、今回は、ここ最近試してみた「やわらかい構造のようなもの」について、展示します。

中村 潤

京都市東山区中之町207 (三条通白川橋東入四丁目、三条通岡崎広道西南角)
TEL:075-771-1213 休廊日・月曜

ギャラリー ヒルゲート  Gallery Hillgate

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〈1F・2F〉
「独立展・京滋小品展」


2019.12.10 (火)~12.15 (日)

この度 ギャラリーヒルゲートに於いて、独立美術京都・滋賀の作家による小品展を開催いたします。皆様には、ご多忙の折とは存じますが、是非ご高覧賜りますようご案内申し上げます。

独立展京都事務所代表 平岡靖弘

独立展は毎年10月に国立新美術館において開催し、東京展終了後大阪・京都・名古屋・福岡で巡回展を開催しています。しかし本年第87回独立展京都巡回展は美術館再整備事業などの諸事情により開催を断念いたしました。多くの独立展ファンの皆様には残念なお知らせになり申し訳なく思います。次年度第88回独立展京都巡回展はリニューアルされた京都市京セラ美術館において2021年1月に開催いたします。ご期待ください。

 

〈1 F〉
「木村隆 陶展」


2019.12.17 (火)~12.22 (日)

 

〈2 F〉
「山の繪展」


2019.12.17 (火)~ 12.22 (日)

〈出展作家〉
大島 尚子 國吉 文浩 桟敷 美和
西原 紀子 はせがわはっち

◆2019.12.23 (月)~ 2020.1.11 (土)
年末年始休廊

京都市中京区寺町通三条上る天性寺前町535番地 Tel:075-231-3702 休廊日:月曜日