◆展覧会についての最新情報は、各ギャラリーのサイトでご確認ください。

イムラアートギャラリー京都 imura art gallery Kyoto

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木村秀樹 展


《A Couple of Fall》180 X 250 X 5cm
Acrylic on Canvas, 2026


《Lattice on Grid 10》150 X 110 X 5 cm
Acrylic on Canvas, 2025

2026.3.28 (土) ~ 4.18(土)
12:00 - 18:00 * 日月祝休廊
ギャラリートーク:3.28 (土) 16:00-
 和歌山県立近代美術館 学芸員 青木加苗

この度、イムラアートギャラリーでは、木村秀樹展を開催いたします。

木村は、版画をルーツに持ち、シルクスクリーン技法を基軸として独自の絵画空間を切り拓いてきた作家です。 1970年代より現代版画を代表する存在として活動し、絵画と版画の境界を横断してきました。「半透明」をひとつの主題として、重層する像と物質の関係を提示しました。以降も、絵具をスキージで引き延ばし(スキージング)、さらに幾層にもわたるサンディングを施す工程を通して、絵画表面に時間と行為の痕跡を刻み込んできました。ときに4~5層、多い場合には6~7層にも及ぶ群青のレイヤーは、顔料と透明マットによってミルキーな擦りガラス状の質感を生み出し、窓や鏡のような「見る/隔てる」構造を画面内に立ち上げます。

本展では、180×250cmの大作をはじめとする新作を含め、2000年以降継続してきたシリーズを中心にご紹介します。画面に連なる格子は、フラクタル図形のようでありながら一つ一つ異なる動きを見せ、反復の中にうまれる差異は鑑賞する人々の目を飽きさせません。平面ながらも奥行を感じさせる画面には、幾何学的な格子の奥に有機的な動きを備えています。

ひとつひとつ作品で表情の異なる青の空間を展開しながらも、一貫してメディウムの境界を押し広げて来た木村の現在地を、本展にてご高覧いただけますと幸いです。

京都市左京区丸太町通川端東入東丸太町31 Tel:075-761-7372 休廊日:日・月曜日&祝日

エンアーツ eN arts

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眼差しと指差し
山西 杏奈 個展


Breeze 2025 | トチ・釘
©Anna Yamanishi
Photo by Takeru Koroda

2026.2.1(日)〜 2.28(土)
開廊日時:上記会期中の金・土・日 12:00-18:00
月〜木曜日はアポイントメントを承ります。

何かを見て「指を差す」という行為は、幼児が言葉を話し始める前に最初に行うコミュニケーション行動だと言います。触る/掴む/舐めると言った身体的なアクションではなく、言葉を使った客観的な表現でもない、その中間にある「指差し」が持つ自分と世界との独特な距離感にとても惹かれるものを感じます。作品を作るとき、自分が対象の何を捉えたいのか、どのような形式を使って世界を見ているのか、それらをよくよく観察することで、タマネギの皮を剥くように違った世界が現れてくる楽しみがあります。もしかするとそれは幼児の「指差し」期に見た世界の透明な輪郭を、再び外側から再発見している喜びなのかもしれません。

私は大学時代は工芸科で漆工を学びました。漆は液体なのでそれを塗るための形が必要ということで、私は好きだった木を選び制作を始めることにしました。しかしその後、どうしても作った形の上に漆を塗ることはできませんでした。後から考えれば、形/表面という表裏一体の存在のどちらかに重きを置いて扱うことが自分にとって難しかったのだと理解しました。このような学生時代の経験がもとになり、形/表面の関係に関心を持ち今日まで作品を展開しています。世界の全ては表面しか見ることができないということ、そこに常に付随する存在/不在の問題について制作を通して考えています。

山西 杏奈


eN artsは2026年2月1日(日)より2月28日(土)まで、山西杏奈個展 「眼差しと指差し」を開催いたします。本展で山西は、作品を単なる立体物としてではなく、知覚のあり方そのものを問い返す場となるべく新作を発表します。

何を焦点として捉え、どのような形式によって世界を切り取ってゆくかを丹念に検討する過程は、完成形を目指す造形行為というよりも、認識の条件をひとつずつずらせていく試みに近く、結果として現れる作品は、明確な意味や象徴を誇示せず、見る者の理解が立ち上がる以前の段階にとどまり続けます。

漆芸科という工芸の分野における学びを背景に、山西は立体の構造と外観とを切り分けて扱うことの困難さに直面してきました。「形/表面を同等に扱いたい」という彼女の態度は、彫刻を自律した量塊として成立させる従来の方法論から距離を取り、造形を知覚の現象として捉え直す実践なのかもしれません。

山西杏奈の作品は、木彫=確かな実体であると同時に、余白を含み込んだ不安定な状態をも保持しています。私たちが世界を理解する際に、常に外側の様相に依拠する鑑賞者自身の前提や認識を疑問視し、浮かび上がらせる媒介として機能しているようにも見えます。

本展では、見ることの起点を問いながら、私たちが無意識のうちに信じてきた対象との距離感や知覚の透明性を揺るがす「『眼差しと指差し』という身振りの反復」を経験していただきたいと願っております。

eN arts

京都市東山区祇園北側627 円山公園内八坂神社北側 Tel:075-525-2355 開廊日:金・土・日曜日

ギャラリー16 galerie16

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倉智敬子 + 髙橋 悟 展
「Topogram of Memory ‒ 呼吸の住処」


2026.3.31(火)〜 4.11(土)

Kurachiが空き地で何かを拾ってくるようになったのは、いつのころからか。
わざわざ遠くにゆくのではない。拾われたものたちは、いつしか形をもつようになった。
帰る場所を探すためと聞いた。行方知れずを人混みに探すように、見ず知らずの記憶を招き寄せるしぐさか。ふと面影が現れても ... 。
本作《Topogram of Memory̶ 呼吸の住処》は、見知らぬ記憶のかけらを迎えるかたちを取る。机の下に広がる箱状の構造、土地から離された瓦礫からなる小さな住処、写真や影像、上と下、内と外、像と写像、それらの合間にこそ。(ST)


知った道を歩いて予測していなかった、空き地に出会う。どんな建物が立っていたのか、まるで思い出せない時は、確かにそこにあった誰かの生活を、軽んじてしまった様で落ち着かない。よく覚えていた建物が壊される時は、思い出も壊される様な痛みを覚える。知らない間にできていた空き地を見ながら歩き、そんな事を考えていたら、
 ーあれ、あの、商店街があって、お肉屋さんの角を曲がったお宅を訪ねたいんやけど、すっかり変わっ てわからんの。
 突然声をかけられ、商店街はまだありますよ、と答えて、一緒に歩く。歩く間、その方は独り言でもなく、私に話しかけると言うわけでもなく、一人で、話し続けた。

  ーこの辺に 10 年前くらい前まで、長いこと、住んでたんやけどね、駅降りて内科のお医者さんのとこをまっすぐ行ったら商店街があって、そこちょっと行くとお肉屋さんで、。ずーっと私が住んでいた時は変わらへんかったから、こんなビルみたいな背の高い建物あったら、向こうが全然わからへんし、。長い事住んでたんよ、20 年よりもっとかなぁ。こんなビルばっかりになってしもたら、みーんなおんなじに見えるし、どっち目指して行ったらいいか。
 ーあの内科のお医者さん、親切な優しいお医者さんやったけど、辞めてしまいはったんかなぁ、話もよく聞いてくれて、良い先生だったのに、ここらへんやったと思うけど、無いなぁ。
 ー長く住んでたから、この辺の道がわからへんなんて、ホンマに不思議やわ。

ほどなく商店街に着き、お肉屋さんは接骨院に変わってはいたけれど、目的の場所にたどり着くことができた。その人はお礼を言って、
 ーここらへんは、私が住んでいた時は全然変わらなかったのに、やはりどこでも変わっていくんやね。
その意見に反対はせず別れて、いや、違うと思う。住んでいた時は、変わらなかった訳ではなく、日常の中で少しずつ変化していった事を見逃していたのではないか、と。毎日のように歩くと、見ているようで、何も見てはいないのだ。何処かで記憶に引っかかるものが消えてしまわない限り、変化している事に気もつかない。
  行く河の流れは絶えずして、しかも、元の水にあらず

そう、全てのものは絶え間なく変化している。時は止まらず、戻りもしないのだ。繰り返し戻ってくるのは、記憶だけ。しかしながら、残念なことに曖昧で、作り変えられる事もある。
だからといって仕方ない、と諦めてしまうのがいいか、いや、そうではないだろう。歩き続けると、又空き地に出会う。あれ、ここは、姉の小学校の同級生のお宅ではなかったか、。印象に残る、古い瓦の。ぼんやりとそのあっけらかんとした土の地面を見る。そこに残る瓦のカケラを拾って手の中に入れて持ち帰る。そんな事を繰り返して、5年くらいが過ぎる。カケラたちをつないでみることは、目まぐるしくかわるのを良しとする事への、ささやかな抵抗なのか? とも、思えてくる。(KK)

京都市東山区三条通白川橋上ル石泉院町394 戸川ビル3階 Tel:075-751-9238 休廊日:月曜日

ヴォイス・ギャラリー MATSUO MEGUMI+VOICE GALLERY pfs/w

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KG+
西村勇人
"Mounds 2025–26"


陶器千塚2号墳(大阪府堺市)

2026.4.18(⼟)〜 5.3(⽇)
開廊時間=各日13〜19時
定休日:月曜・火曜

このシリーズは、現代人の暮らしの傍らで、それとは無関係に存在しつつ景色のなかで交ざり合う古墳に着目して、歳月の積層の上に生きる人間のありようを現出させることを試みるものである。古墳は十数世紀前に権力者の眠る墓として象徴性も持ちつつ築造されたが、現在に至る過程で尊厳を保持されないかたちで毀損され、または都市のうちに埋もれ静安を保てなくなっているものが少なくない。ごく近年に文化財としての価値が認識され保護・保全の対象となってきたが、すでに進んだ都市化のために家屋・公共施設や公共インフラなどとの間に緩衝もなく墳丘が残る景観は、時間も意識も大きく隔たる人間の営みが隣り合う奇異な相をなしている。(西村勇人、1977年島根県生まれ)

京都市下京区筋屋町147-1 Tel:075-341-0222 営業時間:13時~19時 休廊日:HPにてご確認ください。

京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA

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2026年2月16日(月)より5月15日(金)までメンテナンス・次回展準備のため休館いたします。

SPECIAL EXHIBITIONS
金氏徹平とthe constructions
「tower(UNIVERSITY)」


撮影:吉本和樹

2025.12.13(土)〜 2026.2.15(日)
休館日:12.15(月)、12.22(月)、12.27(土)-1.5(月)、1.13(火)、1.19(月)、1.23(金)-26(月)、2.2(月)

主催:京都市立芸術大学
助成:令和7年度 大学における芸術家等育成事業
協力:「TOPOS:まなびあう庭としての芸術大学」
   プログラムC「創造と場の「演出」」参加者
   dot architects
   アートフロントギャラリー
   Yumiko Chiba Associates
コーディネート:
「TOPOS:まなびあう庭としての芸術大学」プロジェクト
京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA
企画:藤田瑞穂(京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA チーフキュレーター/プログラムディレクター)

大小さまざまな孔の空いた抽象的な建築物と、そこに出入りするいろいろなものたちの活動を同時並行的に描き出す「tower」は、金氏徹平が20年以上にわたって取り組んできた重要な作品シリーズのひとつです。本学在学中に制作したドローイングに始まり、コラージュ、映像作品、舞台作品、と多様な形態で展開され、金氏の領域横断的な活動を象徴するものとなっています。本企画では芸術大学を舞台に、この「tower」のテーマのもと、創造活動と教育、学び、表現による世界とのつながり方、そして展覧会という場自体について、展覧会をつくるプロセスそのものを作品化することを通して思考します。

会期中に会場内でパフォーマンスなどのさまざまな活動が行われます。
詳細はHPにて順次公開いたします。
【パフォーマンス】
①2026.1.11(日)13:00–17:00
②2026.1.12(日)15:00–17:00
③2026.2.8(日)18:00–20:00(事前申込優先・定員あり)
④2026.2.15(日)13:00–18:00
(2025年12月8日更新)

京都市下京区下之町57-1 京都市立芸術大学 C棟1F Tel:075-585-2010  休廊日:月曜日

MORI YU GALLERY 京都

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UNDULATIONISM Ⅻ
黒田アキ 小栁仁志 世良剛 浜崎亮太


2025.11.8(土)〜 11.30(日)
開廊時間:12:00 〜 18:00
休廊日:月・火・祝日 休廊

「UNDULATIONISM」は造語です。「UNDULATION」とは真っ平らでflatなものではなく「波のような動き」や「揺らぎ」を意味します。この単語は「undulate」という動詞からの派生語で、自然現象や音楽、心理的な状態や感情の起伏を表す場合にも使用されます。風などの要因により生み出される「UNDULATION」ですが、「NOISE」から生まれてきたものだと我々は捉えます。

「NOISE」という言葉は黒田アキの友人であるフランスの哲学者ミッシェル・セール(Michel Serres,1930-)の「NOISE」論に依拠します。中沢新一氏によると「NOISE、それは古いフランス語で「諍(いさか)い」をあらわしている。バルザックはこの古仏語の語感を利用して、「美しき諍い女 la belle noiseuse」という存在を創造した。しかし、ノアーズのさらに古い語感を探っていくと、異質領域から押し寄せてくる聴取不能な存在のざわめきのことを、言い当てようとしているのがわかる。不安な波音を発する海のしぶきとともに出現するヴィーナスの像などが、そのようなノワーズの典型だ。ヴィーナスは海の泡から生まれたとも言われるが、またいっぽうではその泡は男女の交合の場所にわきたつ泡だとも言われる。いずれにしても、それは世界の舞台裏からわきあがってくる不気味なざわめきにつながっている」(中沢新一『精霊の王』-第五章 緑したたる金春禅竹- より)、とあります。

黒田アキが名付けた『Noise(ノワーズ)』という美術雑誌(1985年5月発行の創刊号から1994年の18/19合併号まで全17冊発行)は、1985年に黒田が『デリエール・ル・ミロワール』誌を引き継ぐ形で創刊し、新しい美術誌のタイトルとして使われました。所謂、英語的なノイズと言われるものと「NOISE」は全く意味が違い、黒田アキはNOISEという言葉に意味を見出してきました。海から生まれるNOISEは黒田の青の意味の源泉でもあります。マチスやクラインとも違う、黒田の青はNOISEに起因し、青の根源を黒田は「風」のようなストロークによって波立たせ、絵画面上に「UNDULATION」を起こし、そこで縺れた線は様々なイメージを生み出します。

世良剛、小栁仁志、浜崎亮太の三作家も、こうした「UNDULATION」をそれぞれの思考、技法によって生み出します。

小栁仁志は、静かですが非常に微妙なストロークによって画面上の海を波立たせ、そしてまた空を棚引かせます。何重にも絵具を塗り重ね、一見すると淡くも深淵なる画面を描いていきます。彼の作品は決してミニマルなものではなく、その画面には小さくも持続性のある確実な揺れが存在しています。

世良剛は、とても優しいストロークにより、極めて透明感のある画面を作り出します。淡くもその浮遊感のあるイメージは常に漂いつつ、鑑賞者の記憶に着実に残っていきます。

浜崎亮太は、映像作家としてデビューし、近年はオブジェ作品を多数発表しています。マルグリット・デュラスに影響を受け、独自のコンセプトで作品をつくってきました。幼年期や日常の体験から科学論に至るまで広い範囲から着想を得て、オブジェの箱の中や平面に意味のレイヤーを作りこんでいきます。既製品を使いながらもアッサンブラージュの手法を用いることで、作品に隠された意味を幾重にも拡張し、映像の持つ時間のような波をつくりだします。

今回は四人の作家がそれぞれ独自の手法によって、「UNDULATION」という意味を提示してくれることでしょう。

京都市左京区聖護院蓮華蔵町4-19 Tel:075-950-5230 休廊日:月曜日・火曜日・祝日

ギャラリー ヒルゲート  Gallery Hillgate

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〈1F〉
岩田百子 展

2026.3.31(火) ~ 4.5 (日)

好きなように描いている。
「好き」はわたしの履歴とDNAの凝縮したもの。
でもそこが問題!
最初に描いたものは殆ど消す。
偶発にひかれながら、それも消す。
何度も消す。
描き続けるのみ。

 

〈2F〉
山河 全 展
墨に遊ばれる

2026.3.31(火) ~ 4.5 (日)

画材を油絵具から墨に変え、すでに四十年。当初はその暴れる性質をなんとかコントロールできないかと、墨による「フォト・リアリズム」、「滑らかなグラデーション」、「均質なグレイ」を生み出す制作に夢中で没頭してきました。そうこうする内に二十年が経ち…今はその性質を拒まず「墨に遊ばれる」という感覚で制作を展開しています。勿論、諦観などではなく、その自由さを楽しみつつ新たな抽象的展開を求めてのこと。
折り悪しく利き手の不調などが重なり新作は少ないですが、ここ五年のその気儘な遊びの一端を展示させていただきます。ご高覧いただけたら幸甚に存じます。
なお、それを承知の上で、振り返る貴重な機会を下さった人見さんに感謝する次第です。全 拝

 

〈1F+2F〉
暮らしの工芸 現代展

2026.4.7(火) ~ 4.12 (日)

 

〈1F〉
田島征彦 新作絵本『ガージュー先生 対馬丸事件を生き抜いた少女の物語』
原画 と 新作型絵染作品展

2026.4.14(火) ~ 4.26 (日)

 

〈1F+2F〉
甲斐 扶佐義 写真展
ほんやらはんの道草

2026.4.28(火) ~ 5.3 (日)

この度、写真集「京都出町」(ほんやら洞)出版50年を記念した写真展「ほんやらはんの道草」を開催することになった。
ほんやら洞は、ぼくと中尾ハジメと共に岩国市の反戦喫茶「ほびっと」の工事を終え、連合赤軍の「浅間山荘」事件を横目に工事を仲間と進めた。1972年5月30日の開店の日、日本赤軍派の岡本公三らの銃の乱射事件がテルアビブの空港で起こった(リッダ闘争)。この時の赤軍派の使用した銃は、「ほびっと」を舞台に米兵から赤軍へと受け渡されたという、あり得ないデマが流された。お陰で「ほびっと」はつぶれ、国を告発し裁判を続けた。「ほんやら洞」もあおりをくって出町でデマに包囲された。
(続きはHPをご覧ください)

 

〈奥庭空間〉
楠井沙耶 個展
かかる木

2026.1.12(月・祝) ~ 6.14 (日)

木は根から離れたとたん、横倒しになります。これから加工されるのか、薪にされ灰になるのか、他の生き物たちに分解されるのか…植物は生と死のさかいに曖昧さをもつ生き物です。木が折れた後、あるいは切られた後、人はいつまでそれを生き物だと認識し続けることができるのでしょうか。そんな問いかけが私の中を巡っています。

半年間の展覧会期間中、根から離れて死んだように思える木を生物遺体と捉えてみます。そしてギャラリーの生きた庭木に立てかけて「かかる木」と呼んでみます。

この試みが人と他の生き物の関係について、あるいは人自身の生死の捉え方について、ささやかな発見の場になることを願っています。

楠井 沙耶

京都市中京区寺町通三条上る天性寺前町535番地 Tel:075-231-3702 休廊日:月曜日

京都芸術センター Kyoto Art Center

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<ギャラリー北・南ほか>

 

FOCUS#6
澤田華 個展
「まめによそ見する足」


2026.4.3(金)〜 5.17(日)

主催:京都芸術センター
協力:一般社団法人HAPS

京都芸術センターが、実績を積み重ねてきた中堅アーティストを個展形式でとりあげるシリーズ企画「FOCUS」。第6回は、澤田華による個展『まめによそ見する足』を開催します。

澤田は、写真、映像、音声、メモなど、自身が記録してきた多様な素材を用い、近年は主に映像をメディアに、ある事象をあえて過度に表現することで、眼前に存在しながらも、これまで気に留めていなかったものを意識化させる作品を制作してきました。

本展のタイトルには、【まめに=細かなところまで/頻繁に/律儀に/億劫がらずに】、【よそ見する=主要な道筋から逸れた部分にも、ふと感覚を動かし経験する】という、澤田の制作、そして生活における姿勢が表れています。
本展では、「漂うビデオ」シリーズの新作として、ゾンビ映画を投影するプロジェクターの光を頼りに、京都芸術センターの屋内外を歩き回り撮影した映像作品の新作などを紹介します。澤田の視線が向けられているのは、ゾンビ映画でしょうか。それとも、積み上げられたテープ類や忘れられた傘などでしょうか。

館内各所に配置された作品を、自らの「足」で移動しながら、視覚のみならずその他の感覚を通して経験することーー本展はこうした身体の「よそ見」を体験する場となります。

特定の信念や思想に傾倒しやすく、その偏りに気づくことが難しい現代社会において、本展の澤田の作品の鑑賞体験が、鑑賞者それぞれの日々の生活のなかに意識的に「よそ見」を取り入れるための契機となることを目指します。

京都市中京区室町通蛸薬師下る山伏山町546-2 Tel:075-213-1000

GALLERY TOMO

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板垣旭 鄭由梨 二人展

2026.3.27 (金) ~ 4.11 (土)
12:00→18:00
日月火休廊

本展示は、共に風景を主題としながらも、その在り方を異なる視点から問い直す二人の作家、板垣旭と鄭由梨による二人展である。

板垣は、空や海といった自然のイメージを通して、移ろいゆく時間と感情の層を描いている。現実の風景体験に立脚しながら、それらはやがて記憶と感覚の中で再構築され、円環する時間のイメージとして画面に現れる。そこにあるのは、留めることのできない瞬間への眼差しと、儚さへの無常感である。

一方、鄭は、自身の記憶に基づく都市の風景に、温度を省いた図像を重ね合わせることで、現実と非現実のあわいを描き出す。そこには個人としてこれまで生きてきた体験と在日コリアンとしてのアイデンティティに基づく感覚が織り込まれ、風景は単なる外界の再現ではなく、内面の投影として現れる。

両者に共通するのは、「風景」を外にあるものとしてではなく、時間・記憶・存在の在り方と結びついたものとして捉えている点がある。

しかしそのアプローチは対照的であり、板垣が流動する時間の連なりを掬い上げるのに対し、鄭はある種の断絶や違和を孕む絵画としてそれらを提示する。

本展は、二つの異なる風景観が交差する場であると同時に、私たち自身の記憶や感覚を呼び起こす契機ともなる。

京都市中京区寺町通丸太町東入る南側下御霊前町633 青山ビル1F Tel:075-585-4160 休廊日:月・火曜日

KUNST ARZT

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中橋多恵子 個展


ダビデとサウル
2025

2026.3.31(火)〜 4.5(日)

KUNST ARZTでは、3年振り、2度目となる 中橋多恵子の個展を開催します。
中橋多恵子は、クリスチャンとして、 宗教との関わりを油彩やモビールを用いて 考察するアーティストです。
キリスト教のイコンを油彩描写し、 それをサンドペーパーで傷つけ・・・、 信じることと疑うこと、といった アンビバレントな感情が混在し、 時には、燭や真鍮製のモビールを加え、 儀式的なインスタレーションを展開しています。

(KUNST ARZT 岡本光博)

<展覧会コンセプト>

「時間が経つと次第に薄れていく事実が体のどこかで残り続け、決して消えることのない存在として残っている。

それが日常で繰り返されている。

無関心のようで、時に疑問を投げかけたくなる宗教や信仰の存在について、特別な日常の肌触りを感じながら、熱狂的な崇拝でも、完全な拒絶でもなく、 ただ「そこにある」という事実を留めていく。」

 

宇都宮三帆 個展
見比べないもの


しめきり
2025

2026.4.7(火)〜 4.12(日)

KUNST ARZT では、 宇都宮三帆の初個展を開催します。
宇都宮三帆は、「木版+インクジェットプリント」 という異質過ぎる組み合わせを通して、 見ることを考察するアーティストです。
モチーフのデジタルな文字や記号を 「木版」というアナログな版画技法に、 質感や陰影を「インクジェットプリント」に 担わせています。見えていたけれど、 見ていない視覚世界を 「見る」対象として提示する試みです。

(KUNST ARZT 岡本光博)

<アーティストステートメント>

日常生活の中で見たことがあるはずのものを 思い返そうとしてみたけれど、印象は 朧げではっきりと想像することはできない。
そういった、暮らしのさなかはっきりと 覚えようともしなかったものが 再び目の前に現れた時の既視感を、 日々の幻のように感じる。
木版技法を用いそれらの些細なモチーフを 作品にすることで、「見覚えはあるが完璧に 思い出せるわけではない」という曖昧なイメージは 彫刻刀により輪郭をなぞられ、版画特有の複製 という物質性を含み、頭に思い浮かべる ぼんやりとした印象に反したはっきりとした 存在として目の前に現れる違和感を 持たせられるのではないかと考えている。

そこで、既視感と違和感が両立するような 印象を持たせるため、木版技法に インクジェットプリントを組み合わせた作 品制作を行なっている。
例えば、モチーフを情報・質感の2層に分断し、 文字や記号といった情報の部分を木版、 質感や陰影をインクジェットプリントに担わせる。
それらを支持体の上で重ねることで、豊かな 陰影を表すインクジェット印刷と平面的かつ 実直な印象の木版刷りが紙の上で レイヤー構造を作り出す。

一見違和感なく見えたものがよく見れば 異なる質感の平面的なレイヤーの 組み合わせであることがわかるとき、 普段見慣れたもの、体験と改めて対峙し、 見つめ直すことができるような 表現を目指している。

 

吉田佐和子 個展
フェイクパール


2026.4.17(金)〜 4.26(日)

吉田佐和子は、古い洋雑誌をモチーフに、 多様な版画複製技法を用いて、 独自のコラージュ世界を構成するアーティストです。
本展は、本物高級志向のファッション時代に 「フェイクパール」を堂々と取り入れ、 「女性の自立と自由」を体現したシャネルへの リスペクトを映し出すかのように 「フェイクパール / fake pearl」と題されています。

(KUNST ARZT 岡本光博)

<展覧会内容>

1982年のエッチングから始まり、 リトグラフ、サイアノタイプと浮遊し、 今回は、 初めてのコロタイプを中心に、 いつもの洋雑誌を用いたコラージュも合わせて展示致します。
ぎこちなく始めたコラージュなのですが、 捨てるに忍びない試し刷りを切り取り、 洋雑誌と一緒に糊付けしているうちに、 いつしか馴染み、時には心底の鳥を歌わせたりも。

京都市東山区夷町155-7 2F Tel:090-9697-3786 休廊日:月曜日

ギャラリー恵風  Gallery Keifu

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*今後周囲の状況を鑑み、変更することもございますので、ご来場の際はホームページやFacebookでご確認くださいませ。

 

〈1F+2F〉
坂爪厚生 銅版画展
ものの「存在」とその「意味」を問う 1970-2026


2026.4.2(木)~ 4.12(日)
※ 4.6(月)休廊

メゾチントという職人的手仕事にこだわって制作を続けてきた。銅板を削り、磨くという作業は銅という金属の抵抗力に対峙し、イメージを鍛え進化させる。それは自分を取り巻く社会状況、環境などを作品に取り込む制作方法に合致したものでした。
70年代はマスプロダクション、大量生産、大量消費の象徴としてQP人形をモチーフに、80年代は既存システムの崩壊をジグソーパズルで、そして現状況はネット社会、デジタル化社会で「ネット」シリーズや「不確定性の風景」シリーズで表現してきました。 今回の展示は、70年代から現在までに制作した作品の流れを見渡せるようにしてみました。(坂爪)

 

日本版画協会 ギャラリー賞受賞作家展
―明日に架ける版表現Vol.2―




2026.4.14(火)~ 4.19(日)

〈1F〉
河野孝博 銅版画展

〈視る〉ということを問われたことが、制作への原点でした。50年も前のことです。何故、何を、如何に描くのか。その問い直しの上に制作を続けてきましたが、今改めて原点にスタンスをおいた制作に取り組んでいます。
銅版画の制作を再開して7年余り。日本版画協会の版画展には3年前から出展を始めました。若い人達や永く版画の制作を続けて来られた作家の中で、私自身を確かめてみたいと思ったことがきっかけでした。(河野)


〈2F〉
東 景子 漢嘯 二人展

2025年は大阪・関西万博が開催され、国際交流ができる喜びとともに、世界では戦争が相次いで起こり、今まで保たれていた秩序までもが脅かされています。昨年から「鳥と飛行機」というシリーズで制作を始めています。平和の象徴であるブルーインパルスと、民間を傷つける戦闘機は、同じ飛行機でも人の心理によって歓喜にも凶器にもなり、今の時代の不確実さを表しています。冷静に見守る鳥のような視点で制作したいと考えます。(東)

中国出身で日本にて木口木版画を独学。初めはその精緻さに惹かれ、次第にこの古くも今なお受け継がれる芸術の価値を実感する。東洋の伝統文様や物語を西洋の彫刻技法で表現し、東西融合による独自の美を追求。暗い版面にビュランが走り、光が立ち上がる瞬間に木口木版の魅力を見出している。(漢)

 

〈1F+2F〉
南風にのって
上村菜々子 佐竹龍蔵 竹内義博 田中愛子


2026.4.23(木)~ 5.3(日)
※ 4.27 (月) 休廊

高知県は四国山地と太平洋に挟まれた東西に細長い扇のような形をしている。気候は温暖で晴れの日が多いが、雨が降る時はざーっと降り、県域のほとんどを占める森林がその水を豊かに蓄えている。山々から流れ出す水は山間を蛇行する川となり、人々が暮らすせまい平地を形成し、やがて海へとたどり着く。高知は山と川と海の国だ。
そんな高知の山間を走る列車がある。南風という名前の、現在は高知駅と岡山駅を結ぶ特急列車で、僕たちが高知を出る時にのった列車だ。本展の出品作家は全員が高知県出身で、高知市にあるTOSA・美術アカデミーという画塾で美術の基礎を学び、大学進学を機に高知を離れ、現在は高知・東京・京都・奈良を拠点に作家活動を行っている。
僕が南風にのって高知を出てから20年が経った。ずっと、高知の作家と一緒に展覧会をつくってみたいと思っていた。同郷の仲間たちと集まって展覧会をやる。こんなに楽しみなことはなかなかない。(佐竹)

京都市左京区聖護院山王町21-3 TEL:075-771-1011 休廊日:月曜日

2kw gallery

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しまだそう・山岡敏明
あれとこれをまがりなりにもそれした結果論


しまだそう


山岡敏明

2026.4.4(土) 〜 4.19(日)
13時―19時(最終日は17時迄)
休廊:月・火・水​

2026年4月4日より、美術作家・山岡敏明と画家・しまだそうによる展覧会「あれとこれをまがりなりにもそれした結果論」を開催いたします。 本展は、両名が約 1年間にわたり二枚のキャンバスを互いに交換し、相手の絵の上に自らの筆跡を重ねる「往復書簡」のようなプロセスを経て完成させた新作とそれらにまつわるドローイング・ペインティング作品などを発表するものです。山岡敏明の持つ独自の存在感と、しまだそうの線や造形。一方が描いた意図をもう一方が解釈し、時には塗り潰し、時には生かしながら筆を置く。この1年に及ぶ「対話」と「侵食」の繰り返しは、個人の表現を超えた予測不可能な視覚的調和(あるいは不協和音)を生み出しました。本展では、そのプロセスを経て到達した最終的な絵画作品二点を中心に両名の近作、新作、交換ドローイングなどを展示し、二人の画家の表現が交差する瞬間に迫ります。

滋賀県大津市音羽台3-29-1 TEL:090-5241-8096 休廊日:月・火・水曜日

Gallery G-77

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KG+
アンナ・ハヤトとスラヴァ・ピルスキー
「Interval」




2026.4.18(土)~ 5.3(日)
11:00~18:00、月曜定休

Gallery G-77は、KYOTOGRAPHIEのKG+プログラムの一環として、イスラエルの写真家アンナ・ハヤトとスラヴァ・ピルスキーによる展覧会「Interval」を開催いたします。

本展において、ハヤットとピルスキーは、風景を場所としてではなく、素材のプロセスと知覚のあいだに形成される感情的な空間として提示する。期限切れのポラロイド、操作されたネガ、化学反応による変化、損傷したエマルジョン、そして時に最小限のデジタル介入を伴う断片の再構成。こうしたハイブリッドなアナログの実践を通して、風景は記録されるものと感じ取られるものとのあいだに宙づりとなり、記憶や気配が立ち現れる場となる。

​構図は、確かな地平線、均衡のとれた幾何、抑制された奥行き感といった古典的な構造に基づいている。同時に、それぞれのイメージには、焼け跡や裂け目、化学的な滲み、変化する空、放棄された形の断片といった介入が含まれている。これらの要素は、秩序とエントロピー、意図と素材の自律性とのあいだに「間」を生み出す。風景は作家の手によってのみならず、時間そのものによって形づくられている。
そこに現れるのは、人の不在がひとつの存在として感じ取られる感情的な風景である。大地は自律的に在り続け、意味はイメージと鑑賞者とのあいだの空間においてのみ生まれる。Interval(間)とは、この状態を指し示す言葉である。自然がそれ自体で在り、知覚が始まるその瞬間。風景は語ることなく、見るという行為によって響きを帯びる。鑑賞者が出会うのは特定の場所ではなく、外界と内面の経験とのあいだに形成される、ひとつの存在の状態なのである。 ​

京都市中京区中之町73-3 Tel:090-9419-2326 休廊日:月・火曜日

艸居

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<艸居>

 

堀江美佳 展
「青の始まり」


《Beyond the wind, beyond the cloud》、2025、
手漉き和紙雁皮紙にサイアノタイプ 、H61 × W90 cm
写真:今村裕司, 画像提供:艸居

2026.3.5(木)〜 4.2(木)
開廊時間:11AM‒6PM 休廊日:日・月

艸居(京都)では、堀江美佳の個展「青の始まり」を開催いたします。2023 年の「木、水、そして光」展に続き、2 回目の個展となります。

堀江は京都で育ち、京都芸術大学で写真とデザインを学んだ後、ロンドンのキングストン大学でファインアートを勉強します。帰国後の 2013 年からは、石川県加賀市山中温泉を拠点に国内外で活動しています。彼女の制作は、山中温泉の山中に生息する雁皮(がんぴ)の採取から始まり、繊維をたたき、アトリエの横を流れる小川で漉して和紙を作ります。その手漉き和紙に「サイアノタイプ」という技法で自身が撮影した写真をプリントします。太陽光で映し出される多様な濃淡の青で表現され、独自の質感と深みを持つ作品を生み出しています。

本展では、堀江が過去 3 年間に渡り旅した、故郷の京都、古都・奈良の街並みや緑豊かな亜熱帯、静かな村、海岸線、山岳地帯など、光の変化と共に変容する風景を展示いたします。堀江は山々を抜ける風、小川のせせらぎ、夕陽にきらめく水面など、自然の中の「青」の移ろいを制作の軸としています。これらの青は単なる色彩ではなく、静謐さと強さを併せ持つ自然の本質として、堀江の制作活動の根底にあります。

また、本展では、能登半島地震によって刻まれた喪失の記憶、九谷焼シリーズ「Fragment of the Earthquake」も同時に展示いたします。堀江のスタジオの平穏は能登半島地震によって大きく変化しました。大地が裂け、分断された生活の痕跡、愛おしい風景が取り返しのつかないほど変容する様を、恐怖と畏敬の念を胸に体験しました。かつて友人家族の窯で丹念に作られてきた九谷焼の破片の山は、金継ぎによっても救いきれないほどに損なわれていました。その一方で、この体験は、「破片」を別の視点で見つめ直すきっかけとなり、破片一つひとつに新たな生命力を見出します。砕けた九谷焼は、手仕事の儚さと、持続的な力の両方を映し出す存在へと変化していきました。

本展の中心となる新作となる能登の七尾湾を背に広がる収穫直後の稲穂を題材にした三連作は、一枚一枚の写真が持つ静かな力が、三作の連なりの中で広がりを見せ、観る者の内側にある記憶や風景を静かに浮かび上がらせます。

冬の寒い季節には、清らかな川の水と雁皮の繊維を用い、一枚一枚手漉きで和紙を制作します。絶え間なく移り変わる自然や時間の流れの中で残っているもの、人の手によって守られてきたものを観察しながらもいつも変わらない青に立ち戻る、堀江が見つめる精神性を感じていただけましたら幸いです。

貴重な機会に、是非ともご高覧いただきたくご案内申し上げます。

 

タイラー・コバーンと水島太郎、長沼航、
佐々木二郎による「空間による誘惑」


タイラー・コバーン《燭台の男》 2023–
長沼航による「燭台の男」パフォーマンス風景
“As Above, So Below” 2023
トーキョーアーツアンドスペース本郷
写真: タイラー・コバーン 画像提供: 艸居


タイラー・コバーン《燭台の男》 2023–
写真: タイラー・コバーン 画像提供: 艸居

2026.4.9 (木) ~ 5.7 (木)
開廊時間:11AM‒6PM 休廊日:日・月
タイラー・コバーンによるパフォーマンス(英語):4.11 (土)11:00 – 12:00
長沼航によるパフォーマンス(日本語):5.2 (土)11:00 – 12:00

艸居(京都)は、アメリカ出身の美術家、タイラー・コバーンの当ギャラリー初個展「空間による誘惑」を開催いたします。本展は、「燭台の男」(2023年–)と「石化した人々」(2022年–)の二つのプロジェクトで構成されています。いずれも思弁的な関心を共有しつつ、前者は日欧間の初期文化交流を、後者は西洋の歴史博物館をめぐる政治性を考察します。日本のクリエイターたちとのコバーンの継続的な協働を反映し、本展には水島太郎、長沼航、佐々木二郎が参加しています。

手前の展示室には、コバーンが2023年のトーキョーアーツアンドスペース・レジデンス・プログラム滞在中に展開した「燭台の男」の新たなインスタレーションが設置されています。一方の壁面には、16世紀から17世紀にかけて初めて日本に渡来したヨーロッパ人を象った織部焼燭台の現代の複製がいくつか並んでいます。主に佐々木二郎が制作したもので、それぞれにコバーンが今年3月の艸居でのレジデンス中に制作した和蝋燭が添えられています。蝋燭の制作にあたっては、京都の工房「中村ローソク」で学んだ技法が用いられました。素材には、和蝋燭の伝統的な原料である櫨蝋に加え、1543年にポルトガル人が上陸した種子島の地でコバーンが採集した地衣類を浸出させた油が使われています。

向かいの壁面には、京都の上羽絵惣の胡粉を用いたコバーンによる繊細な彫刻作品が展示されています。コバーンは胡粉をパテのように転用し、狩野山楽が17世紀初頭に描いたポルトガル人の長崎来航を主題とする屏風から、地衣類の点描を写し取りました。会期初週末と最終週末に行われる語りのパフォーマンスでは、コバーンと長沼航が蝋燭に火を灯し、この壁面を舞台装置として、過去へと通じるさまざまな感覚の回路を開きます。

奥の展示室へ向かう途中には、「燭台の男」のいわば「舞台裏」の要素が配されています。まず、 畳の展示台の上に、コバーンと佐々木が2025年に共同制作した二体の彫刻が置かれています。一体は佐々木と同じ当時の年齢におけるコバーンを、もう一体はコバーンと同じ当時の年齢における佐々木を表したもので、それぞれ70歳と41歳の姿です。入れ子の構造をなし、二人の像は手前のギャラリーに展示された燭台のミニチュアを抱えています。次に、展示用のニッチには、蝋燭と同じ素材で作られた輸送箱と棒状の彫刻が置かれています。その形状は、17世紀に日本から中国やオランダへ輸出された銅のインゴットを模したものです。インゴットとは、溶解し再鋳造するための中間形態です。本展で展示されているインゴットは、蝋燭制作のための予備素材となっています。

奥の展示室には、学際的プロジェクト「石化した人々」が展示されています。本作は、2009年から2019年にかけて西洋の歴史博物館で数名の人々が石化した並行世界を想像するものです。ベンチの上には、こうした人々をめぐる物語を収めた小冊子が置かれています。コバーンが2022年に「イーフラックスジャーナル」で初めて発表したもので、文芸ルポルタージュの文体で書かれたテキストは、文化財の返還と送還、美術館への民間資金、収集と保存をめぐる政治性といった近年の出来事や議論を踏まえています。来場者はどうぞ腰を下ろしてお読みください。

奥の展示室の壁面には、コバーンが継続的に取り組んでいる紙によるシリーズの新作が展示されています。物語のなかで語られるように、石化した人々の身体表面が、その人物のいる展示室の色で斑点状に彩られている様子を表現したものです。コバーンはそれらの展示室を撮影した映像を3Dソフトウェアでポイントクラウド(点の集合による立体表現)に変換し、そこから斑点による表現技法の着想を得ました。艸居でのレジデンス中、コバーンはこの制作に水干絵具を取り入れ、顔料の沈殿物が紙の上で偶発的な形に広がり定着するのに任せています。

コバーンの物語の重要な場面に、ニューヨークのメトロポリタン美術館にある乾漆の技法で作られた中空の、まるで生きているかのような彫刻が登場します。この参照を示すかたちで、コバーンは水島太郎による乾漆彫刻をいくつか選び、奥のギャラリー全体に配置しました。粗削りで漠然と人の形を思わせる彫刻は、コバーンの抽象的でありながら身体性を帯びた水彩画と、謎めいた対話を繰り広げています。

展覧会のタイトル「空間による誘惑(Temptation by Space)」は、ロジェ・カイヨワの1935年の論考「擬態と伝説的精神衰弱」からの引用です。カイヨワはこの論考で、周囲の環境を視覚的に擬態する昆虫と、個を消して周囲に溶け込みたいという人間の欲望とのあいだに類推を見出しています。コバーンが「石化した人々」の物語で言及するこの「誘惑」は、登場人物たちが美術館で石と化す理由を説明しているのかもしれません。同時に、燭台の男」における交流の複 雑さをも映し出しているでしょう。そこでは異なる文化がそれぞれの境界を交渉し、そのあいだに広がる可能性を探り合っています。

艸居での新たな挑戦となる本展を、ぜひご高覧いただけますと幸いです。

艸居:京都市東山区元町381-2 Tel: 075-746-4456 開廊時間:11:00AM - 6:00PM 休廊日: 日・月曜日

艸居アネックス: 京都市中京区一之船入町375 SSSビル3F Tel: 080-9745-8452 開廊時間:1:00PM - 6:30PM
休廊日: 日・月曜日

京都 蔦屋書店

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<5F エキシビションスペース>

 

太田桃香 小津航 表良樹
「Image & Presence」


2026.4.4(土) ~ 4.22(水)

主催:京都 蔦屋書店

「image & Presence」と題する本展では、具象と抽象、絵画と彫刻という異なる特性をもつ3名の作品を通して、私たちがふだん作品を「モノ」として捉え、同時に「表現」として読み取る際の認識の揺れや差異にフォーカスします。太田桃香は、山を起点に、稜線や光、気温などの感覚と日々の出来事が交差するプロセスを絵画へと重ね、色彩と筆致によって経験の手触りを立ち上げます。小津航は、静物・風景・人物といった主題を手がかりに、東洋画と西洋絵画の空間性の違いを参照しながら、画家とモチーフの距離や絵画空間の成立を捉え直します。表良樹は、地殻変動や大気など人の尺度を超える現象を彫刻へと置き換え、見えにくい運動や時間を、身体で確かめられる存在として提示します。それぞれの表現が並ぶことで、見る行為そのものがどのように働き、何を「存在」として実感するのかを再考する場となります。

<アーティストステートメント>

絵画に描かれたものたちは、物質としては画布に擦り付いた絵具にすぎない。しかし私たちは、それを前にすると無意識のうちに描かれた図像を対象そのもののイメージとして認識する。イメージは図像を覆い隠し、描かれたものがあたかも実在するかのようにすり替える。
一方、彫刻は三次元の量塊として実空間に在り、重さや体積、距離といった物理的条件を伴いながら観者の身体と向き合う。私たちはその周囲を歩き、位置を変え、空間の中で三次元的な関係を結ぶ。たとえ具体的な形をとっていても、それは最後まで対象そのものへとは移行しない。彫刻は常に、物質として存在しているという事実を露わにし続ける。
本展は3人の作家たちの作品を展示し、ジャンルが融解した現代においてなお残る絵画と彫刻という状態の差異を、「イメージであること(Image)」と「在ること(Presence)」を通して改めて考える試みである。

京都市下京区四条通寺町東入ニ丁目御旅町35 京都髙島屋S.C.[T8]5・6階
Tel: 075-606-4525 営業時間:10:00~20:00 (不定休)

ギャラリー点 Gallery Ten

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Shuzo Azuchi Gulliver
-Weight-




2026.1.10(土)~ 3.29(日)
13-18時 土・日・祝日のみ開廊

「僕の重さはソファに座ることができる。」(シュウゾウ・アズチ・ガリバー)

シュウゾウ・アズチ・ガリバーの代表作のひとつである "Weight" を中心に、約20点を展示します。国内の展示としては、2022年にBankART KAIKO + BankART Station(横浜)で開催された大規模な個展「消息の将来」が記憶に新しいですが、関西では2010年の滋賀県立近代美術館(現・滋賀県立美術館)"EX-SIGN"展以来の個展となります。どうぞご覧ください。

タイトルとされている "Weight"は、作家自身による解説によると、以下のような作品です。

「'Weight (Human ball)'(ステンレススチールの球)は作家の体重と同一の重量を持っている。同じコンセプトで制作された 9 つのバージョンがある(1978、79、80、82、83、85、87、88、90年制作)。(2022年には同じコンセプトで、大理石を素材とする'2022年Version'が制作された。)」

[2025年12月、AI/ChatGPT-4による作家の略歴 (無添削)]
シュウゾウ・アヅチ・ガリバーは、戦後日本の前衛芸術のなかでも異色と言える作家。彼の制作は、長年にわたり表現形式・場所・メディアを変化させながらも、自己と存在をめぐる根源的な問いを持ち続けている。高い実験性と概念性を持ちながらも、作品の実体を伴うパフォーマンスや身体性を含むため、観客との関係性が強い。また、国内外の美術館に作品が収蔵され、近年その評価・再評価が進んでいる。2022年の「消息の将来展」などはその代表例であり、今後も日本国内外で注目され続ける表現者である。

*シュウゾウ・アヅチ・ガリバーは 1947年、滋賀県栗太郡瀬田町橋本(現在の大津市瀬田)に生まれる。本名は安土修三。若年期から芸術への関心が強く、高校時代(滋賀県立膳所高校在学中)にはハプニング的な行為を伴う作品製作を始める(例:1964年に「草地 (Grassfield)」など)。哲学的・理論的思考への興味を含め、マルセル・デュシャンの影響を受けるなど、西洋前衛・観念芸術との対話が早期から彼の表現に含まれていた。)
*1967年上京し、実験映画や路上/公共空間での行為、パフォーマンスを含むハプニング・プロジェクトを展開。THE PLAY という関西の前衛芸術集団に参加し、国内外の前衛運動やフルクサスなどとの交流も持つようになる。
*1973年には「BODY(肉体契約)シリーズ」に着手。彼自身の身体を 80 の部位に分割し、彼の死後、それぞれの部位を契約した 80 人が保管するというプロジェクトであり、生・死・自己・存在に関する問いを扱う代表的な作品群。)
*1980年代以降は、耐久的パフォーマンス(例 “De-Story”/直方体構造体内で一定時間過ごすパフォーマンスなど)、身体や空間/構造の射程を持つ作品制作を継続していく。
*1990年代以降はヨーロッパでの展覧会やプロジェクトが増え、DNAの塩基(A, T, C, G)の記号性・象徴性を用いた作品、象形(シンボル・記号)・言語・測定・記憶などのテーマを重視。ドローイング、彫刻、インスタレーション、パフォーマンスなど多様な表現形式を採用。拠点を東京とヨーロッパに持ちながら、国内外で活動。
*現在も制作活動を行っており、テーマとして「存在」「自己」「記号」「かたち」「生物学的基盤」の探究を続けている。

京都市東山区石泉院町405−2 Tel/Fax 075-744-6533 営業時間:土・日・祝日のみオープン

GALLERY HEPTAGON

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安ヶ平愛美 個展
《満ちてゆく時間- Time in Its Fullness-》
Dialog in Time_From IWATE Vol.2


《古今の松の色などは》
パネルに石こう、金箔、エッグテンペラ

2026.4.4(土)- 4.12(日)
休廊|4.9 (木)
OPEN|12:00-18:00

-- Dialog in Time_From IWATE Vol.2 --
岩手から石田貴裕・安ヶ平愛美のアーティスト二人をお招きし、彼らの個展を連続して開催することで、時間を介した対話の場を創出する試みです。

【STATEMENT】

私の住む北東北の季節の変化は複雑でとても美しく鮮やかです。とくに冬は一見モノクロームのように見えるなかに光の複雑さのような鮮やかな色が隠されていて見飽きることがありません。
冷たい風から守られるようにすべてが雪の下に眠りについたような静謐も、時折現れる陽光が輝きの粒となり生き物の命や人の営みをキラキラと照らしだす瞬間や、月の光が雪に反射して鈍く夜道を灯すどこか時間が止まったような風景、そういったものを重ねて芽吹く春を待ちます。
また、制作に使っているテンペラは木板と石こうで下地を作り、箔を置き、ピグメントを練り上げて絵具を作り、筆を重ねてゆく古い絵画技法です。
この技法は時間と手間はかかりますが、積み重ねを表現するのに適していると感じ好んで使っています。金や鉱物のピグメントなどを丁寧に時間をかけて積み上げて、作品に映し出せたらと考えています。

京都市上京区下立売通智恵光院西入中村町523 TEL:080-7583-3388 休廊日:木曜日

美術館情報

京都市京セラ美術館
本館 北回廊1F

⻄洋絵画400年の旅
―珠⽟の
東京富⼠美術館
コレクション
2026.3.20(⾦・祝)-
5.24(日)



京都市京セラ美術館
新館 東山キューブ

特別展
日本画
アヴァンギャルド
KYOTO 1948-1970
2026.2.7(土)-
5.6(水・祝)



テート美術館
― YBA & BEYOND
世界を変えた
90s英国アート
2026.6.3(水)-
9.6(日)



京都市京セラ美術館
ザ・トライアングル

三橋卓:
カワ
2026.3.10(火)-
5.17(日)



京都国立近代美術館

モダン都市生活と
竹久夢二
―川西英コレクション
2026.3.28(土)-
6.21(日)



美術館「えき」KYOTO

ヤマザキマリの世界
2026.2.21(土)–
3.30(月)



Ukiyo-e猫百科
ごろごろまるまる
ネコづくし
2026.4.4(土)–
5.10(日)



京都文化博物館

特別展
原安三郎コレクション
北斎×広重
2026.4.18(土)-
6.14(日)



京都国立博物館

特別展
北野天神
2026.4.18(土)–
6.14(日)



細見美術館

特別展
志村ふくみ
百一寿
ー夢の浮橋ー
2026.3.3(火)-
5.31(日)