◆展覧会についての最新情報は、各ギャラリーのサイトでご確認ください。

イムラアートギャラリー京都 imura art gallery Kyoto

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木村秀樹 展


《A Couple of Fall》180 X 250 X 5cm
Acrylic on Canvas, 2026


《Lattice on Grid 10》150 X 110 X 5 cm
Acrylic on Canvas, 2025

2026.3.28 (土) ~ 4.18(土)
12:00 - 18:00 * 日月祝休廊
ギャラリートーク:3.28 (土) 16:00-
 和歌山県立近代美術館 学芸員 青木加苗

この度、イムラアートギャラリーでは、木村秀樹展を開催いたします。

木村は、版画をルーツに持ち、シルクスクリーン技法を基軸として独自の絵画空間を切り拓いてきた作家です。 1970年代より現代版画を代表する存在として活動し、絵画と版画の境界を横断してきました。「半透明」をひとつの主題として、重層する像と物質の関係を提示しました。以降も、絵具をスキージで引き延ばし(スキージング)、さらに幾層にもわたるサンディングを施す工程を通して、絵画表面に時間と行為の痕跡を刻み込んできました。ときに4~5層、多い場合には6~7層にも及ぶ群青のレイヤーは、顔料と透明マットによってミルキーな擦りガラス状の質感を生み出し、窓や鏡のような「見る/隔てる」構造を画面内に立ち上げます。

本展では、180×250cmの大作をはじめとする新作を含め、2000年以降継続してきたシリーズを中心にご紹介します。画面に連なる格子は、フラクタル図形のようでありながら一つ一つ異なる動きを見せ、反復の中にうまれる差異は鑑賞する人々の目を飽きさせません。平面ながらも奥行を感じさせる画面には、幾何学的な格子の奥に有機的な動きを備えています。

ひとつひとつ作品で表情の異なる青の空間を展開しながらも、一貫してメディウムの境界を押し広げて来た木村の現在地を、本展にてご高覧いただけますと幸いです。

京都市左京区丸太町通川端東入東丸太町31 Tel:075-761-7372 休廊日:日・月曜日&祝日

エンアーツ eN arts

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showcase #14
“日本のエッジ、日本語のエッジ”
curated by minoru shimizu
石川 竜一  曽田 浩隆


石川 竜一


曽田 浩隆

2026.4.17(金)〜 5.17(日)
会期中 金・土・日 12:00 – 18:00 開廊
アポイントメント 承ります
入場無料

2026年4月17日より清水穣氏のキュレーションによる「showcase #14 curated by minoru shimizu “日本のエッジ、日本語のエッジ”」を開催いたします。

2012年に開始されたシリーズ「showcase」は、写真及び映像作品に特化した展覧会として継続的に実施して参りました。本シリーズは、各回に清水氏が選出する作家の最新作を紹介することを通じ、同時代における表現の動向を考察する場として位置付けられます。本展はその第14回目となります。

今回は、石川竜一および曽田浩隆の両名を出展作家として迎えます。展覧会の趣旨ならびに制作・作品の詳細につきましては、次頁以降にございます清水氏及び各作家によるステートメントをご参照下さい。

最後になりましたが、石川竜一作品のプリントにおきましてはキヤノン株式会社様よりご協力いただきました。この場を借りましてこころより御礼申し上げます。

eN arts


showcase #14 curated by Minoru Shimizu
日本のエッジ、日本語のエッジ

石川竜一(1984-)については、紹介の必要はないでしょう。2012年キヤノン写真新世紀佳作(清水穣選)で注目されるや、あれよと言う間に2014年に木村伊兵衛賞を受賞し、以降、沖縄に拠点をおいて活躍しています。性別、人種、職業…を異にするさまざまな沖縄人を彼らの日常とともに生き生きと撮影した「Okinawan Portraits」のシリーズが代表作です。2014年のshowcase#3「日本の肖像」以来の再登場ですが、いま作家は、10年経ってふたたび肖像という主題に向かい合っています。かつてのOkinawan portraitsが、沖縄の人々を彼らが暮らす環境とともに活写したとすれば、新作は、人物の一人ひとりをより深く見つめることを通じて、彼らの生の全体、ひいては沖縄の現在を、浮かび上がらせようとするのです。

近年注目を集め始めている現代書の傾向、「現代美術としての書」とは、書を、言葉を主題とし言葉を表現する現代アートとして再定義するもので、曽田浩隆(1974-)はこの傾向の最先端を走る作家の一人です。「言語を主題とし言語を表現する」とは、言葉が、徹頭徹尾レディメイドであり、その本質が人間社会の根本的な政治性に根ざしていることの認識です。言葉は、特定の誰かの創作物ではありませんが、自然発生はしないから人工物であり、新生児に対して「すでに出来上がった」ものとして与えられる「レディメイド」です。しかも、差異化した音声の体系としてつねに変化し続けるものであり、明確な国境線を持ちません。それを個別の「国語」として分離したのは、18世紀に興隆した「ナショナリズム」という政治にほかならないでしょう。文字の体系に至っては、人間の記憶能力を上回る大量の人口とそれに伴う大量のデータを扱うようになった社会が発明した、あからさまな人工物であり、それが個々人の書記から、印刷媒体と結びつく段階になるにつれて、さらに正書法という規範へと転じます。日本語を日本語として角付けた「国語」「母国語」「文字」「正書法」はすべて、政治の産物であり、政治が日本語につけたエッジこそ、曽田浩隆のテーマです。カンヴァスにアスファルト補修材で詩のような短文(自作であったり引用であったりする言葉)が書かれていますが、その「日本語」は、なんと漢字とアルファベットで綴られています。反則的な綴方は、正書法というものの根拠のなさを逆照しています。

2026年のshowcase#14は、日本の端(エッジ)、沖縄で新たな肖像を試みる石川竜一に、日本語の端(エッジ)を問い続ける曽田浩隆を合わせる2人展です。とくに、今回は二人の作品を混在させた展示にしました。ふたつのエッジの共鳴を聴きに、ぜひ展覧会を訪れてください。

2026年4月、清水 穣


ポートレートを意識的に撮影し始めた2010年頃から10年ほどの間は、個人を取り巻く環境や状況も、その人格と深く関わるものであるということから、様々な環境や状況、関係性のなかで人がどのように存在するのかということを考えていた。元々は存在自体への関心の上で、撮影された環境と撮影者である私自身のアイデンティティに沖縄という土地が深く関わっているという点において、okinawan portraitsであった。

それから写真を通した試行錯誤を経て、「いのちのうちがわ」という作品を制作していく過程の中で、見えている個の対象そのものや、その細部から読み取ることができる情報から、対象のあり方や部分、対象以外の様々な物事との関係を通して解釈し得る背景へと関連性の方向が転換していった。

本展では、現在制作に取り組んでいる”qualia”と”The Shell of Human”という作品の中から、清水穣氏からのオーダーによる、沖縄というキーワードに沿って作品を選出している。私のこれまでの作品と同様に、沖縄で撮影したものをセレクトしたものであり、可能な範囲で沖縄に何かしらの関わりを持っている人を選ぶように心がけたが、そもそも私の無意識に近いレベルの興味から立ち上がったコンセプト上、特に背景を単純化させた”qualia”に示されるように、私の出自と撮影地ということを除けば、地域文化からは殆ど切り離され、対象の存在自体と、人格の内に抽象化された環境や状況、土地や歴史への解釈を促すことを意図している。

”The Shell of Human”では、海やその周辺で撮影したポートレイトを貝殻になぞらえることで、物理的エネルギーの運動体としての人の輪郭を浮かび上がらせることを試みており、”qualia”ではさらに、背景を単純化し、対象の細部に意識を向けることで、視覚的に伝わってくる、質感によって喚起される感覚は、言葉に形容し難いクオリアとして立ち上がり、同時に細部の表情から想起される対象の内面への共感を促すことで、存在の最深部において接続しようという試みである。

石川 竜一


他人が手書きした文章を読むことには、視線で書き手の肌を撫でるようなザラリとした感触があり、筆跡は筆記素材によって物質化している。書かれた言葉の意味は物質化するわけではないが、内容によって手書き文字の感触とはまた別の独特の感触がある。これらの感触が入り混じって独特の色合いが視線を通して意識に中に吸い取られるのが、私にとっての、書くこと、読むことの二面性をもった書字の世界だと言える。自分が書くときも、他人の文字を読むときにも得るその感触は、不快と快感の振り幅を常にゆらいでもいる。私は、その感触の確認を大切にしている。

曽田 浩隆

京都市東山区祇園北側627 円山公園内八坂神社北側 Tel:075-525-2355 開廊日:金・土・日曜日

タカ・イシイギャラリー 京都 Taka Ishii Gallery Kyoto

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マルタン・マルジェラ


Front: Martin Margiela,
“BARRIER Sculpture (white)”,2024
polypropylene, synthetic fur,
100 x 150 x 150 cm
Back: Martin Margiela,
“BARRIER Mural (white)”, 2024,
polypropylene, synthetic fur,
100 x 150 x 30 cm
© Martin Margiela. Courtesy of
 Bernier/Eliades and
 Taka Ishii Gallery
Photo: “We Document Art”


Martin Margiela,
“TOPS & BOTTOMS (Faun / top)”, 2023,
composite plaster, 117 x 39 x 39 cm
© Martin Margiela. Courtesy of
 Bernier/Eliades and
 Taka Ishii Gallery
Photo: “We Document Art”

2026.4.17(金) ~ 5.16 (土)

タカ・イシイギャラリー 京都は、2026年4月17日(金)から5月16日(土)まで、マルタン・マルジェラの美術作品による個展を開催いたします。本展は、東京の九段ハウスで同時期に開催される個展とあわせて、作家にとって日本で初めての展覧会となるものです。マルジェラは 2009年以降、積極的に、自身の視覚表現の射程をファッションの外部へ拡張させてきました。本展では、2018年から2025年にかけて制作された約14点の近作を発表いたします。

マルジェラによる実践の根底にあるのは、人間の身体への継続的な探究です。そこで身体は、視覚的体制と触覚的体制というふたつの競合的な枠組みが収斂する、歴史的な負荷を帯びた場として位置付けられます。彼の作品は、顕在化と秘匿の狭間、露見と保護の狭間の緊張関係——古典彫刻から現代美術に至るまで身体表象を形成してきた力学——を再活性化させるものです。《Tops & Bottoms》と題された連作では、ルーヴル美術館に収蔵されている大理石彫刻に基づいて、規範的な裸像が現代の下着の形状で切り出されています。下着の本来の機能を反転させ、その内部にあるものを露見させることで、これらの彫刻は魅惑と疎外の狭間に緊張を生み出します。カーペットやシリコンといった素材が巧みに用いられることで、本展の各作品は特徴的なテクスチャーを帯びており、それが接触の感覚をより活性化させます。この枠組みにおいて、フェティシズムはコンセプチュアルな戦略として機能しています。そこでは、身体の断片や物質的な痕跡は欲望や記憶の場となっており、それによって私たちの注意の対象は、生きた身体から物質の残余へと移行するのです。

シュルレアリスムやポップ・アートといった歴史的なアートの潮流と共鳴するように、マルジェラは日常的な物体に特別な関心を寄せ、鋭い観察眼に基づいて、日々の生活の中にある素材に取り組みます。《Barrier Sculpture》では、都市の環境で一般的に見られる保護バリケードの形状が用いられていますが、奇妙なことに、それはフェイクファーで覆われています。こうした再文脈化のプロセスによって、それぞれの物体は通常の機能を超えて引き上げられ、詩的で不可解なアーティファクトとなります。この取り組みにおいてファウンド・オブジェクトは、潜在している可能性を顕在化させるレディメイドとして扱われています。マルジェラによるミニマルかつ深遠な介入は、ありふれたものを──その慎ましい起源の痕跡を残したまま──異様なものに作り変えることで、丹念な注視や循環的な更新の実践を促します。一連の作品が示すように、物体の生は直線的でも有限でもありません。それは常に、新たな文脈に置かれることで、変異と再活性化の可能性に開かれているのです。

断片化は、マルジェラの全作品を通じて反復的に現れる特徴ですが、それには常に不完全性の感覚が伴っており、そこから両義性と不可解性に満ちた様々なナラティブが立ち上がります。展示空間の入口近く、石のテーブルに置かれた《Black Nail Polish》は、爪のような形をした、ニンフェンブルク磁器製の焼成用具 5点で構成されています。しかし焼成から生み出されるはずの物体は、明らかに不在のままです。同様に、組み立て前のプラモデルを思わせる《Kit (Black)》が促すのは、まだ実現されていない完成形を想像によって投影することです。マルジェラの見えないもの、差し控えられたものへの継続的な取り組みは、鑑賞者を不完全性や沈黙に、そして存在と空虚の狭間の捉えがたい境界に直面させます。この文脈において、秘匿や不在が帯びるのは否定性ではありません。それは、作品を想定外の共振や不意の顕在化へと開く、生成的な力として働くのです。

【同時開催】

「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」
会期: 2026年4月11 日(土) 〜 29日(水・祝)
会場: 九段ハウス(東京)
料金: 一般 2,500 円(税込)

京都市下京区矢田町123 Tel:075-365-5101 営業時間:木~土 10:00–17:30 定休日:日~水・祝祭日

ギャラリー16 galerie16

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塩賀史子 展
あめつちの聲


2026.5.12(火)〜 5.23(土)

あめつちの聲

武庫山という小さな里山があります。
私は毎日そこに足を運び、スケッチを重ね、その体験をもとに絵画を制作しています。

私にとってスケッチは、世界と対話するための試みです。
その行為を繰り返すことで、世界とのつながりを少しずつ深め、認識できる領域を広げていけるのではないかと考えています。

里山の森に包まれながらスケッチをしていると、そこに存在するさまざまな生命の息吹が空気を満たし、循環しているのを感じます。 やがて自分自身との境界が揺らぎ、その生命の流れの中に取り込まれていくような、不思議な感覚に包まれます。

すべてのものが互いに影響を与え合いながら生命の営みを繰り返す、大きなバランスの中で、この美しい世界は成り立っています。 そして私自身もまた、その一部であると感じています。

こうした世界との対話の軌跡を作品として残したい。そんな思いで制作を続けています。

2026年3月 塩賀史子

京都市東山区三条通白川橋上ル石泉院町394 戸川ビル3階 Tel:075-751-9238 休廊日:月曜日

ヴォイス・ギャラリー MATSUO MEGUMI+VOICE GALLERY pfs/w

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KG+
酒井一貴
「あなたはいつも私の心の中にいた」


"platform#02"

2026.5.6(水・祝)〜 5.17(⽇)
開廊時間:各日13〜19時
定休日:月曜・火曜

写真を撮りたい思うその時は、何かが見えたと感じた時。私の中には常に常識とは別の眼が存在する。その眼はしぶとく居座り続け、30年という時間が過ぎても絶えて失せることはない。ファインダーを覗きながら「見えた」と思える瞬間に、私の欲望のすべては詰まってる。それは日常的な言葉では到底説明できることのない複雑なものだ。1枚の写真に別の視点が写ったならば、私の写真は成功となる。一見凡庸な対象であろうとも、私は構わず写真を撮る。要はどのように写ったのかが肝心なのだ。 人間の存在を疑い、写真を疑い、自分自身を疑う。その迷いの最中にいるからこそ、私は私の写真を得ることができる。
今回のタイトルは、You were always on my mind. (あなたはいつも私の心の中にいた) 「あなた」とは、自分の中にいる野性、または異形のこと。(酒井一貴)

京都市下京区筋屋町147-1 Tel:075-341-0222 営業時間:13時~19時 休廊日:HPにてご確認ください。

京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA

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SPECIAL EXHIBITIONS
ロバート・ザオ・レンフイ
「アフター・コントロール」


Robert Zhao Renhui, Red crabs on Christmas Island, 2015.

2026.5.16(土)〜 2026.7.12(日)

主催:京都市立芸術大学
企画:藤田瑞穂(京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA
チーフキュレーター/プログラムディレクター)

ロバート・ザオ・レンフイ(1983年シンガポール生まれ、シンガポール拠点)は、写真や映像、インスタレーションなど多様なメディアを用いて、人間と他の生物、自然との関係について探究するアーティストです。人間による管理を経て形成された環境と、そのなかに生きる生物の継続的な調査をもとに、自然と人工物とが複雑に絡み合い変容していくさまを丁寧に描き出し、批判的に考察する作品を多数手がけてきました。本展では、クリスマス島(オーストラリア領)、シンガポール、東京、ハンピ(インド)、プーケット(タイ)での長期プロジェクトに基づく作品群を展示し、近年のザオの活動を包括的に紹介します。

会場である京都市立芸術大学は、古来より氾濫を繰り返し、戦後の大規模な河川改修事業によってようやく現在の制御された姿となった鴨川、そして江戸時代に運河として開削された高瀬川という二つの河川に隣接しています。自然と人間との共生をめぐる長い歴史を有するこの地で行う展覧会に、ザオは「アフター・コントロール」と名づけました。展示室の外には、長きにわたる再開発の渦中にあり、真新しい建築物や工事現場、空き地と老朽化した建築物とが混在する風景が広がっています。その景観と、ザオの視点で描き出される、人間との関わりのなかに息づく、生物界を構成する多様な存在の美しく活力に満ちた様子とが重なりあいながら、地球上のあらゆる生態系とその未来像について、わたしたちをより深い思考へと導くことでしょう。

*アーティスト・トーク
 5.16(土) 14:00–15:00
 京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA
*ロバート・ザオ・レンフイによるレクチャー
 5.19(火) 17:00–18:30
 京都市立芸術大学講義室1(C棟1階)
*ギャラリートーク
 5.28(木) 12:15–12:45
 6.6(土) 14:00–14:30
 7.5(日) 14:00–14:30
 京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA

京都市下京区下之町57-1 京都市立芸術大学 C棟1F Tel:075-585-2010  休廊日:月曜日

MORI YU GALLERY 京都

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UNDULATIONISM Ⅻ
黒田アキ 小栁仁志 世良剛 浜崎亮太


2025.11.8(土)〜 11.30(日)
開廊時間:12:00 〜 18:00
休廊日:月・火・祝日 休廊

「UNDULATIONISM」は造語です。「UNDULATION」とは真っ平らでflatなものではなく「波のような動き」や「揺らぎ」を意味します。この単語は「undulate」という動詞からの派生語で、自然現象や音楽、心理的な状態や感情の起伏を表す場合にも使用されます。風などの要因により生み出される「UNDULATION」ですが、「NOISE」から生まれてきたものだと我々は捉えます。

「NOISE」という言葉は黒田アキの友人であるフランスの哲学者ミッシェル・セール(Michel Serres,1930-)の「NOISE」論に依拠します。中沢新一氏によると「NOISE、それは古いフランス語で「諍(いさか)い」をあらわしている。バルザックはこの古仏語の語感を利用して、「美しき諍い女 la belle noiseuse」という存在を創造した。しかし、ノアーズのさらに古い語感を探っていくと、異質領域から押し寄せてくる聴取不能な存在のざわめきのことを、言い当てようとしているのがわかる。不安な波音を発する海のしぶきとともに出現するヴィーナスの像などが、そのようなノワーズの典型だ。ヴィーナスは海の泡から生まれたとも言われるが、またいっぽうではその泡は男女の交合の場所にわきたつ泡だとも言われる。いずれにしても、それは世界の舞台裏からわきあがってくる不気味なざわめきにつながっている」(中沢新一『精霊の王』-第五章 緑したたる金春禅竹- より)、とあります。

黒田アキが名付けた『Noise(ノワーズ)』という美術雑誌(1985年5月発行の創刊号から1994年の18/19合併号まで全17冊発行)は、1985年に黒田が『デリエール・ル・ミロワール』誌を引き継ぐ形で創刊し、新しい美術誌のタイトルとして使われました。所謂、英語的なノイズと言われるものと「NOISE」は全く意味が違い、黒田アキはNOISEという言葉に意味を見出してきました。海から生まれるNOISEは黒田の青の意味の源泉でもあります。マチスやクラインとも違う、黒田の青はNOISEに起因し、青の根源を黒田は「風」のようなストロークによって波立たせ、絵画面上に「UNDULATION」を起こし、そこで縺れた線は様々なイメージを生み出します。

世良剛、小栁仁志、浜崎亮太の三作家も、こうした「UNDULATION」をそれぞれの思考、技法によって生み出します。

小栁仁志は、静かですが非常に微妙なストロークによって画面上の海を波立たせ、そしてまた空を棚引かせます。何重にも絵具を塗り重ね、一見すると淡くも深淵なる画面を描いていきます。彼の作品は決してミニマルなものではなく、その画面には小さくも持続性のある確実な揺れが存在しています。

世良剛は、とても優しいストロークにより、極めて透明感のある画面を作り出します。淡くもその浮遊感のあるイメージは常に漂いつつ、鑑賞者の記憶に着実に残っていきます。

浜崎亮太は、映像作家としてデビューし、近年はオブジェ作品を多数発表しています。マルグリット・デュラスに影響を受け、独自のコンセプトで作品をつくってきました。幼年期や日常の体験から科学論に至るまで広い範囲から着想を得て、オブジェの箱の中や平面に意味のレイヤーを作りこんでいきます。既製品を使いながらもアッサンブラージュの手法を用いることで、作品に隠された意味を幾重にも拡張し、映像の持つ時間のような波をつくりだします。

今回は四人の作家がそれぞれ独自の手法によって、「UNDULATION」という意味を提示してくれることでしょう。

京都市左京区聖護院蓮華蔵町4-19 Tel:075-950-5230 休廊日:月曜日・火曜日・祝日

ギャラリー ヒルゲート  Gallery Hillgate

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〈1F+2F〉
HANGA:21900日
中林忠良・野田哲也・星野美智子・柳澤紀子

2026.5.5(火) ~ 5.17 (日)
5.11(月)が休廊

2024年に引きつづき、4人の先生方の展覧会を開催させていただきます。2023年に個展をして下さった中林先生が同窓の旧友3人を誘って下さったことで実現した当展。21900日とは、ともに60年を越える制作の日数を表したものです。
戦後日本の版画を牽引してこられた先生方ですが、4人での京都旅行を「修学旅行」と称して楽しまれる御様子は明るい活力に満ちて学生時代を彷彿とさせます。貴重な作品の数々をどうぞ御高覧下さいませ。

ギャラリーヒルゲート

 

〈1F〉
第20回 颯々展 -日本画-
小西達子・牧野良美・石原貴暉・大矢眞弓・亀山玲子

2026.5.19(火) ~ 5.24 (日)

 

〈2F〉
中村勇太 個展
-而して今-

2026.5.19(火) ~ 5.24 (日)

京都市立芸術大学を卒業後、西陣の京繡工房に入社。職人の卓越した技術を肌で感じながら日本の伝統的な図案・文様を学ぶ。現在は国内外の動植物を題材とし、東洋絵画に於ける吉祥的な装飾性 / 寓意性、そこに込められた信仰や生活文化に着目し、制作に取り組んでいる。

 

〈1F〉
大槻睦子 個展(創画会准会員)(日本画)

2026.5.26(火) ~ 5.31 (日)

祖母が亡くなる少し前、つぶやくのを聞いた。
 「牛や馬にだけは生まれ変わりたくない」
それは私にとっては現実味の無い言葉だったが、その時の祖母の表情とともに深く心に残された。大人になって本を読み、映画やドキュメンタリーを見ているうちに祖母の言葉を次第に理解できるようになった。自動車もトラックもユンボも無かった頃、人は牛や馬の力に頼って生活していた。物言わぬ優しい生き物は、黙々と過酷な労働に耐えて生き、死んでいった。祖母の生きた時代は確かにそんな時代だったのだ。
女たちについても考える。貧しさのために、あるいは戦争のために売られた遊女の平均寿命はなんと18歳だったと聞く。病気になれば新しい娘を調達する。女たちもまた物のように扱われていた。
私が出会う乗馬クラブの馬たちは健康で、わがままも言う。若い女の子たちも生き生きと楽しそうである。しかし、世界に目を移せば今も同じ目に遭っている女たちや馬たちが存在する事にハッとさせられる。そして私は物のように扱われた無数の命の上に生きている。
痛みを知ること。その痛みを自分の痛みとして実感すること。金時鐘さんの作品や言葉に支えられて、私の制作の世界がある。

大槻睦子

 

〈2F〉
森本 玄 個展
「鏡とランプのあいだ」(ドローイング・版画)

2026.5.26(火) ~ 5.31 (日)

なにかを表現する前に、目の前のものが存在していることの驚き。対象と向き合いながら描くことは、その存在そのものと向き合うことであって、作者の身体は眼と脳で認識した結果を紙の上の線に置き換えるための装置のような感じがする。つまり、私が何かを表現している、というのとは少し違う。目の前の空間と、経過する時間を感じながら描いていることが楽しい。対象が人だけでなく、もの、または風景の場合にも、向き合うこと、それに伴う時間の経過、その場の温度や光などの変化があり、常に動いている。その実体を認識する過程として、描くことの奥行きがあるように思われる。
古代ギリシャでは、現代で語られる「芸術」とよばれるものの幾つかを「模倣(ミメーシス)の技術」と呼んでいたとされる。鏡は写すもの、実体の模倣、再現であり、虚像でもある。それはプラトンのイデアと現実世界の関係にも似ている。一方で、芸術家の内面の表現に脚光が当たるようになったのは、18世紀から19世紀に入る辺りのロマン主義以降という。美学や美術史に触れることは、時代を直線的な進歩と捉えず、今や常識と思っている価値を俯瞰し、再考するために必要なことだと思う。
自分がドローイングをしているときの立ち位置を「呼吸する鏡」と捉えて十数年が経った。家のまわりにはたくさんの自然やものがある。丁度具合の悪くなったテラスを大工さんにお願いして補修してもらった。そのときに撤去された材木が運びやすいサイズのブロック状になって、庭に積まれた。外側は材木の体裁を保ちながら、中は朽ちて抜けてしまい、ふわふわと空洞になっているものもあった。近作では、それらを積み木のようにして組んでみた。目の前のモチーフから、世界で起きていることをアナロジー的に展開することにも関心がある。それにしても、学生の頃使っていた版画紙が4倍近くの値段になったり、灯油の値段がほぼ1.5倍になったことだったり、私たちの当たり前の日常が、こんなにも脆いものだったのか。
…とりとめがなくなってきた。M・H・エイブラムズ『鏡とランプ』(1953)の関係については、もう少し考えてみたい。
   〈参考図書〉『近代美学入門』(2023)井奥陽子 ちくま新書

 

〈奥庭空間〉
楠井沙耶 個展
かかる木

2026.1.12(月・祝) ~ 6.14 (日)

木は根から離れたとたん、横倒しになります。これから加工されるのか、薪にされ灰になるのか、他の生き物たちに分解されるのか…植物は生と死のさかいに曖昧さをもつ生き物です。木が折れた後、あるいは切られた後、人はいつまでそれを生き物だと認識し続けることができるのでしょうか。そんな問いかけが私の中を巡っています。

半年間の展覧会期間中、根から離れて死んだように思える木を生物遺体と捉えてみます。そしてギャラリーの生きた庭木に立てかけて「かかる木」と呼んでみます。

この試みが人と他の生き物の関係について、あるいは人自身の生死の捉え方について、ささやかな発見の場になることを願っています。

楠井 沙耶

京都市中京区寺町通三条上る天性寺前町535番地 Tel:075-231-3702 休廊日:月曜日

京都芸術センター Kyoto Art Center

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<ギャラリー北・南ほか>

 

FOCUS#6
澤田華 個展
「まめによそ見する足」


2026.4.3(金)〜 5.17(日)

主催:京都芸術センター
協力:一般社団法人HAPS

京都芸術センターが、実績を積み重ねてきた中堅アーティストを個展形式でとりあげるシリーズ企画「FOCUS」。第6回は、澤田華による個展『まめによそ見する足』を開催します。

澤田は、写真、映像、音声、メモなど、自身が記録してきた多様な素材を用い、近年は主に映像をメディアに、ある事象をあえて過度に表現することで、眼前に存在しながらも、これまで気に留めていなかったものを意識化させる作品を制作してきました。

本展のタイトルには、【まめに=細かなところまで/頻繁に/律儀に/億劫がらずに】、【よそ見する=主要な道筋から逸れた部分にも、ふと感覚を動かし経験する】という、澤田の制作、そして生活における姿勢が表れています。
本展では、「漂うビデオ」シリーズの新作として、ゾンビ映画を投影するプロジェクターの光を頼りに、京都芸術センターの屋内外を歩き回り撮影した映像作品の新作などを紹介します。澤田の視線が向けられているのは、ゾンビ映画でしょうか。それとも、積み上げられたテープ類や忘れられた傘などでしょうか。

館内各所に配置された作品を、自らの「足」で移動しながら、視覚のみならずその他の感覚を通して経験することーー本展はこうした身体の「よそ見」を体験する場となります。

特定の信念や思想に傾倒しやすく、その偏りに気づくことが難しい現代社会において、本展の澤田の作品の鑑賞体験が、鑑賞者それぞれの日々の生活のなかに意識的に「よそ見」を取り入れるための契機となることを目指します。

京都市中京区室町通蛸薬師下る山伏山町546-2 Tel:075-213-1000

GALLERY TOMO

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板垣旭 鄭由梨 二人展

2026.3.27 (金) ~ 4.11 (土)
12:00→18:00
日月火休廊

本展示は、共に風景を主題としながらも、その在り方を異なる視点から問い直す二人の作家、板垣旭と鄭由梨による二人展である。

板垣は、空や海といった自然のイメージを通して、移ろいゆく時間と感情の層を描いている。現実の風景体験に立脚しながら、それらはやがて記憶と感覚の中で再構築され、円環する時間のイメージとして画面に現れる。そこにあるのは、留めることのできない瞬間への眼差しと、儚さへの無常感である。

一方、鄭は、自身の記憶に基づく都市の風景に、温度を省いた図像を重ね合わせることで、現実と非現実のあわいを描き出す。そこには個人としてこれまで生きてきた体験と在日コリアンとしてのアイデンティティに基づく感覚が織り込まれ、風景は単なる外界の再現ではなく、内面の投影として現れる。

両者に共通するのは、「風景」を外にあるものとしてではなく、時間・記憶・存在の在り方と結びついたものとして捉えている点がある。

しかしそのアプローチは対照的であり、板垣が流動する時間の連なりを掬い上げるのに対し、鄭はある種の断絶や違和を孕む絵画としてそれらを提示する。

本展は、二つの異なる風景観が交差する場であると同時に、私たち自身の記憶や感覚を呼び起こす契機ともなる。

京都市中京区寺町通丸太町東入る南側下御霊前町633 青山ビル1F Tel:075-585-4160 休廊日:月・火曜日

KUNST ARZT

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森本ゆい 個展
みるからに楽しそうなBコート


2026.5.12(火)〜 5.17(日)

KUNST ARZTでは、初となる森本ゆいの個展を開催します。
森本ゆいは、バスケットボール選手時代の経験を通して、ユーモラスにスポーツ文化を考察するアーティストです。
10年間のアスリート生活を客観的に捉えられるようになった現在、戦闘意欲を掻き立てるための様々な仕掛けや状況に気付き、それらをアートへと昇華しています。これまでの油彩や彫刻、インスタレーションにおいて、シンボリックなモチーフとして使用しているダルメシアンは、とある指導者が所属選手を私のイヌと発言したエピソードに由来します。
ご注目ください。

(KUNST ARZT 岡本光博)

<展覧会コンセプト>

-ある地区の大会予選、ひとつの体育館に2面のコートが用意されている。
それぞれはAコート、Bコートと呼び分けられ、効率的に試合が消化されていく。-
私はこれまで自身の経験やリサーチをもとにスポーツの魅力的なシステムについて考えてきました。
今回は、体育館が競技場(アリーナ)として設えられたときに 立ちあがる「格好よさ」について思い返し、展示の出発点としています。
-Aコートは厳しく張りつめていて、となりのBコートに目をくれる余裕はない。-
競技場の格好よさを、意図してつくられたものとして考えてみます。
聖域かのように整えられたコート、几帳面に並べられたパイプ椅子や緩みなく張り結ばれた旗に、緊張感だけでなく「いやな高揚感」までもを煽られるようでした。
-Bコートは爽やかに破綻していて、となりのAコートに目をくれる暇はない。-
一方でこの格好よさは、現在の私がスポーツに見る「しらけ感」や「息詰まり感」とも地続きにあります。
本展ではこうした競技場の「格好いい設え」に揺さぶりをかけることを試みています。

 

山里奈津実 個展


2026.5.23(土)〜 5.31(日)

KUNST ARZT では、2年振り8度目となる 山里奈津実の個展を開催します。
山里奈津実は、金を用いた表現の研究と実践をベースに、 光や命を表現する日本画アーティストです。
本展は、長年にわたり模索し続けた、 TENGAの内部構造を宗教画のように表現する作品の他、 過去の個展(▼)を通して、 形として結実した作品を中心に展示する構想です。

(KUNST ARZT 岡本光博)

<アーティストステートメント>

私は「自分が今住む世界に対する好奇心」を金という素材を介して表現している。 古来、聖なるものを描くときに用いられる金の目的は「光」だった。 2016年、卵子は受精の瞬間にたった一度だけ光る(亜鉛のスパークが生じる) と科学誌Scientific Reportsにて発表された。 私たちは、姿形が形成される一番初めのその瞬間に光る。 人間は、科学が発達するもっと前から、 生命誕生の瞬間には光が常に存在していたことを無意識に気付いていて、 輝く素材である金が絵画に長く用いられてきたことと、 どこかでつながっているのではないだろうか、と根拠のないことを考えている。

京都市東山区夷町155-7 2F Tel:090-9697-3786 休廊日:月曜日

ギャラリー恵風  Gallery Keifu

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*今後周囲の状況を鑑み、変更することもございますので、ご来場の際はホームページやFacebookでご確認くださいませ。

 

〈1F〉
山部 杏奈 個展
ふたつのみずたまり


2026.5.12(火)~ 5.17(日)

外を見てみようとした。
それは私にとって とても難しいことのように思えた。
部屋の外の出来事を、
掴もうとしては またわからなくなる。
窓の光も消える。

雨上がりの日暮れ
台所の窓の外に 水たまりが
光っていた。

まずは、このふたつの水たまりを描いてみようと思った。
山部杏奈/ふたつのみずたまり
(山部)

 

〈2F〉
テリー マッケーナ 木版画展
水紋 Water Moving


2026.5.12(火)~ 5.17(日)

日本に暮らし、他の芸術家や職人の方々から多大なインスピレーションを受けながら、木版画の制作や指導に携われることを幸運に感じています。私自身の日々木版画と向き合っています。そして、指導を通してもそうですが、他の木版画家の作品からも、常に学びを得ています。
木版画制作における「工芸と芸術の融合」、美しい素材、そして手作りの道具を用いて、心豊かで意味のある作品を生み出すプロセスを心から楽しんでいます。
また、教えるという事も私の喜びです。自分が学んだ知識を次世代へと伝え、同時に生徒の皆さんからも多くのことを学ばせていただいてとても感謝しています。(テリー)

 

〈1F〉
宮田 啓子 展
―地よりめざめて―


2026.5.19(火)~ 5.24(日)

数年前より描き続けている縄文土器。
それは群馬県渋川市にある遺跡から掘り上げられた遺物たちだ。
その印象は火焔型土器よりも遥かに衝撃的であった。大きさは縄文土器最大級。鳥のような頭が口縁部に反り返り、胴の側面には立体的な隆線が意味深げに巡る。技術的にも高度であり、施された文様は何かを示す記号ではなかったのかと。その生命力溢れる造形美の中に、自然への畏怖、豊かさや厳しさまでも感じさせてくれるのだ。(宮田)

 

〈2F〉
一井 リツ子 個展
SELVA – s / 密林


2026.5.19(火)~ 5.24(日)

これまで10年以上、森や密林を意味する「SELVA」というシリーズを描いてきました。
鉱山開発危機に晒されていた南米エクアドルの希少な土地と出会い、そしてある朝、原生林で圧倒的な大きな存在に包まれるような不思議な感じを憶えたのが発端でした。
今回は昨年旅したボリビアやブラジルの自然もモチーフに含み「SELVA-s」として、私に様々な驚きを見せてくれた生命の息吹、また内在する未知な力を自分なりに描き出したいと思っています。(一井)

 

〈1F〉
藤村 明日香 個展
わたしを放し飼いにする


2026.5.26(火)~ 5.31(日)

ままならない人生の中で、私は私を放し飼いにすると決めた
いつでも逃げられるという事実に背中を預け、自由のありかを思い出す

本展では「放し飼い」という言葉を起点に、最近の自分自身のテーマでもあるセルフケアについて扱った作品群を展示します。社会と関わりながら自分を保つことは非常に難しく、私もまだ試行錯誤の最中ですが、この展示で誰かの心を少しでも軽くできたら嬉しいです。(藤村)

 

〈2F〉
朝日 みお 個展
―銅版画と小さなアクリル画―


2026.5.26(火)~ 5.31(日)

銅版画は主にエッチング・アクアチント・ステンシル・手彩色の組み合わせで制作しています。
私の作品に登場する生き物たちは全て現実には存在しません。
私の想像の中にだけ存在します。
彼らは武器を持ちません。
彼らは楽器を持ち、時には旅をして、歌ったり踊ったりしながら仲良く暮らしています。
様々な種類の生き物たちが、そうして暮らしてゆくことを願って、作品を作り続けています。(朝日)

京都市左京区聖護院山王町21-3 TEL:075-771-1011 休廊日:月曜日

2kw gallery

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イトウナホ・加納明香
【 Unknown Ripple 】


2026.5.9(土) 〜 5.31(日)
13時―19時(最終日は17時迄)
休廊:月・火・水​

“Ripple”は、波紋や、さざめきという意味を持つ語です。
絵を制作する上での、とても身近なところから、あるいは想像が及ぶことも認識することもできないところからの、息吹、波紋、影響。一枚の絵画を生まれさせようとした何ものか…。展覧会名 Unknown Ripple は、作品にかかわるそういった「波紋」を指しています。

イトウナホと加納明香は、ともに抽象的な表現による絵画を制作しています。
たがいに主題や画材は異なりますが、あえて絵の方向性をはじめから決めきらず、材料の特性を活かしながら、絵とのやりとり・対話の中で描いていく点は共通しています。
波紋を受けて生まれた絵が、この展覧会でどんな新たな波紋を起こすことができるでしょうか。
2人の現在の絵画を、ぜひご覧ください。

滋賀県大津市音羽台3-29-1 TEL:090-5241-8096 休廊日:月・火・水曜日

Gallery G-77

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KG+
アンナ・ハヤトとスラヴァ・ピルスキー
「Interval」




2026.4.18(土)~ 5.3(日)
11:00~18:00、月曜定休

Gallery G-77は、KYOTOGRAPHIEのKG+プログラムの一環として、イスラエルの写真家アンナ・ハヤトとスラヴァ・ピルスキーによる展覧会「Interval」を開催いたします。

本展において、ハヤットとピルスキーは、風景を場所としてではなく、素材のプロセスと知覚のあいだに形成される感情的な空間として提示する。期限切れのポラロイド、操作されたネガ、化学反応による変化、損傷したエマルジョン、そして時に最小限のデジタル介入を伴う断片の再構成。こうしたハイブリッドなアナログの実践を通して、風景は記録されるものと感じ取られるものとのあいだに宙づりとなり、記憶や気配が立ち現れる場となる。

​構図は、確かな地平線、均衡のとれた幾何、抑制された奥行き感といった古典的な構造に基づいている。同時に、それぞれのイメージには、焼け跡や裂け目、化学的な滲み、変化する空、放棄された形の断片といった介入が含まれている。これらの要素は、秩序とエントロピー、意図と素材の自律性とのあいだに「間」を生み出す。風景は作家の手によってのみならず、時間そのものによって形づくられている。
そこに現れるのは、人の不在がひとつの存在として感じ取られる感情的な風景である。大地は自律的に在り続け、意味はイメージと鑑賞者とのあいだの空間においてのみ生まれる。Interval(間)とは、この状態を指し示す言葉である。自然がそれ自体で在り、知覚が始まるその瞬間。風景は語ることなく、見るという行為によって響きを帯びる。鑑賞者が出会うのは特定の場所ではなく、外界と内面の経験とのあいだに形成される、ひとつの存在の状態なのである。 ​

京都市中京区中之町73-3 Tel:090-9419-2326 休廊日:月・火曜日

艸居

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<艸居>

 

成田 輝
「最小限の断片」


mummy
2022
Acrylic on canvas
H57×W50 × D10 cm
(写真:鈴木彩)

2026.5.14 (木) ~ 6.11 (木)
開廊時間:11AM‒6PM 休廊日:日・月

艸居では、成田輝の個展「最小限の断片」を開催いたします。成田は、彫刻や絵画を手がける現代美術家です。アニメや玩具を思わせるキャラクターを用い、ポップさの中に不気味さを織り込み、独特の世界観を表現する作風で知られています。

成田はこれまで、frpやmdfを利用し、作品制作を行ってきました。今回の個展にあたり、艸居から「環境に配慮した展示」の制作の依頼を受け、成田は新たな試みとして、環境負荷に配慮した素材を積極的に取り入れた新作を制作、本展にて発表いたします。中心となるのはぬいぐるみの作品群です。彫刻家としての自身の立ち位置を再考する過程で、平面的なイメージからいかにして立体を立ち上げるかという問いに至り、その実践として展開されたシリーズとなります。

私たちは物体を三次元の存在として認識しているようでいて、実際には正面や背面といった断片的な視覚情報を接続することで像を補完しています。成田はこの知覚の曖昧さ、いわば視覚の“バグ”のような感覚に着目し、制作を行っています。 本展では、あえて「正面」と「背面」という二つの断片的な形に情報を絞り込み、それを三次元の空間に配置します。
情報や物質が過剰にある現代において、要素を削ぎ落とし、最小限の断片から物体を再構築することは、作家にとって世界を知るためのプロセスといえるでしょう。

弊廊で初めての個展となるこの貴重な機会に、是非ともご高覧いただければ幸いです。

艸居:京都市東山区元町381-2 Tel: 075-746-4456 開廊時間:11:00AM - 6:00PM 休廊日: 日・月曜日

艸居アネックス: 京都市中京区一之船入町375 SSSビル3F Tel: 080-9745-8452 開廊時間:1:00PM - 6:30PM
休廊日: 日・月曜日

京都 蔦屋書店

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<5F エキシビションスペース>

 

岡﨑龍之祐
「Curves in Becoming」


《Embryo of a Vortex》
2026
H93 x W135 x D4 cm
Velour fabric, Plastic(ABS) rod

2026.4.26(日) ~ 5.20(水)

主催:京都 蔦屋書店
協力:AKIINOUE
入場:無料

岡﨑龍之祐は、1995年広島県生まれ。2021年に東京藝術大学大学院美術研究科デザイン専攻を修了し、現在は東京を拠点に活動しています。アートとファッションの領域を横断しながら、布を用いた彫刻作品を中心に国内外で作品を発表しており、2024年にはニューヨークのメトロポリタン美術館で開催された「Sleeping Beauties: Reawakening Fashion」への参加・作品収蔵、2025年にはヴィクトリア&アルバート博物館(ロンドン)で個展「JOMONJOMON」を開催し作品が収蔵されるなど、高い評価を得ています。代表作「JOMONJOMON」シリーズでは縄文土器の力強い文様を現代的に解釈し、文化の記憶を呼び覚ます造形を展開。本展では、岡﨑の造形において重要な要素である「曲線」に焦点を当てた新作群を発表します。メインビジュアル作品と同シリーズの新作9点で構成され、会場では幅約6mにおよぶ大型作品の展示に加え、本展で初めて試みる「連作」としての新作も公開予定です。

<アーティストステートメント>

岡﨑龍之祐はこれまで、自然観や生命の循環への関心を基盤に、物質と身体、空間と感覚の関係を問い直す制作を続けてきた。本展では、その思考を曲線という還元された要素へと集約し、新たな作品群として提示する。ここで線は、対象の輪郭を記述するためのものではなく、かたちが立ち上がる以前/以後を往還する運動として現れる。交差し、分岐し、反復しながら展開する曲線は、固定された形態へ収束することなく、生成そのものの過程を空間のなかに持続させる。そこでは、彫刻は完結した物体ではなく、力、リズム、関係の束として一時的に現れる出来事となる。岡﨑の新作は、生命を完成された像としてではなく、絶えず変化し続けるプロセスとして捉え直し、世界がいかにしてかたちを獲得し続けるのか、その条件をあらためて問うものである。(AKIINOUE)

 

今西真也、三浦光雅、薬師川千晴
「みつめ、むきあい、ふれるもの」


2026.5.23(土) ~ 6.10(水)

主催:京都 蔦屋書店
協力:nca | nichido contemporary art
SOM GALLERY / コレクション・オブ・アート株式会社
入場:無料

京都 蔦屋書店では、今西真也、三浦光雅、薬師川千晴の3名による展覧会「みつめ、むきあい、ふれるもの」を2026年5月23日(土)から6月10日(水)の期間にて開催します。

3名の作品は、それぞれ異なる方法をとりながらも、「みつめ、むきあい、ふれる」という行為のなかで絵画が生成される点で響き合っています。本展では、視線や身体、偶然や他者との関わりによって変化し続ける絵画の在り方を、それぞれの作品を通して提示します。

今西真也は、絵具を幾層にも重ねては削るように筆を入れ、時間と物質の痕跡を画面へと蓄積させていきます。モチーフは出発点でありながら固定されず、画面のなかで揺らぎ続けます。見る距離や角度によって印象は変化し、像は捉えられそうで捉えきれない状態にとどまり、絵画は「見つめる」行為に伴走するように、そのつど異なる像として成立していきます。

三浦光雅は《Void》シリーズにおいて、構図や配色などの制作上の判断を乱数に委ねることで、ルールと偶然のせめぎ合いのなかで画面を組み立てます。機械的に引かれた線は反復しながら重なり合い、その過程で生まれるかすれやにじみが、わずかな揺らぎをもたらします。画面は最後まで完全には定まりきらず、決定と未決定のあいだに留まり続けます。

薬師川千晴は、「対」の関係性を軸に、身体と他者の関わりを起点として制作を行っています。《rub》では両手両足による描画行為が差異と混ざり合いを生み、《knock》では他者との距離や関係が生まれる瞬間へと眼差しを向けます。絵画は、他者と向き合い、触れ合うプロセスそのものを通してかたちを成していきます。

本展では、今西真也が《Glimmering》《Ties》シリーズより新作を、三浦光雅が《Void》シリーズより新作を、薬師川千晴が《rub》シリーズより最大200cmの大作を中心に展示します。

<5F アートウォール>

 

坂間真実
「洞窟の寓話」


《洞窟の寓話》2026
コラージュ H715×W1230mm

2026.5.15(金) ~ 6.4(木)

主催:京都 蔦屋書店

坂間真実は、映像、コラージュ、インスタレーションなど複数のメディアを往還しながら、見るという行為と、その知覚のあり方を主題に制作を続ける美術作家です。その根底には、幼少期にゴーギャンの絵画に触れた体験を起点とする「生の問い」や、人間の欲望への関心が存在しています。油彩から出発しつつも、静止したものを写し取る行為に違和感を抱いたことを契機に、舞台や映像といった「動き」や「空間」へと表現を広げてきました。
本展の中心となるインスタレーションは、プラトンの「洞窟の寓話(洞窟の比喩 / Allegory of the Cave)」から着想を得た映像作品と、それを再構成したコラージュ作品から成り立ちます。望遠鏡やカメラ・オブスキュラを「現代の洞窟」に見立て、装置を介して立ち上がる像を記録し、さらに無数の断片を幾重にも積層させることで再編成する試みです。暗闇のなかで覗き見る風景を通して、「光」と「影」の反転、そして「現在」という瞬間の手触りを静かに問いかけます。 併せてガリレオの月の観測に着想を得た平面作品シリーズ「ガリレオの望遠鏡」も展示します。月を撮影した画像を変換・分割し、断片を重ね合わせることで、像の揺らぎや時間の痕跡を浮かび上がらせ、見るという行為の確かさ/不確かさをあらためて照らし出します。

<アーティストステートメント>

プラトンは、洞窟の壁に映る影絵(虚像)に真実はなく、洞窟の外(実体)にこそ真実があると考えました。しかし、カメラのファインダー越しに世界を見つめてきた私にとって、洞窟の中の影も、洞窟の外の光も、そのどちらもが等しく真実であると感じられます。 どちらか一方に偏るのではなく、両者を往来し、自ら選択できる状況こそが、より本質的な真実に近づくフラットな視点ではないでしょうか。本展では、”洞窟の寓話” へのカウンターとして、望遠鏡やカメラ・オブスキュラを「現代の洞窟」に見立て、洞窟の中と外で展開される光と影の世界を表現しました。

坂間真実

京都市下京区四条通寺町東入ニ丁目御旅町35 京都髙島屋S.C.[T8]5・6階
Tel: 075-606-4525 営業時間:10:00~20:00 (不定休)

ギャラリー点 Gallery Ten

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瀧口修造
『妖精の距離』と『スフィンクス』
(瀧口修造の光跡Ⅶ)




2026.4.25(土)~ 7.26(日)
13:00-18:00
土・日・祝日のみオープン

日本にシュルレアリスムを紹介し、生涯にわたりその普及に尽力した瀧口修造は、戦前・戦後を通じ何人かのアーティストと詩画集を共作しています。この展覧会ではその中から、阿部芳文(後の展也)との『妖精の距離』と、6人の画家・版画家との『スフィンクス』を展示します。なお『妖精の距離』の英語表記Distance of a Fairyは、阿部展也旧蔵本に書き込まれた表記に準じたものです。

『妖精の距離』は、阿部芳文との共作による詩画集で、コロタイプ印刷された阿部の鉛筆ドローイングと、瀧口による詩とが組み合わせてあります。発行日は昭和12年10月15日、発行人は大下正男、発行所は春鳥会(後の美術出版社)です。定価2円で100部発行されました。戦災で失われたものも多いと思われ、瀧口のみならず、日本の前衛詩集のなかでも代表的な稀覯本と目されています。戦後、『瀧口修造の詩的実験 1927~1937』(思潮社、1967年)が刊行されるまで、瀧口にとって唯一の詩集に当たるものでした。発行当時、阿部は24歳で、2年後の1939年には美術文化協会に参加しました。戦後、瀧口が無償で運営を引き受けたタケミヤ画廊の第1回展「阿部展也デッサン・油絵個人展」(1951年6月1日~15日)でも、この詩画集が展示されています。刊行された1937年は、瀧口と山中散生の努力により実現した「海外超現実主義作品展」が、各地を巡回した年でもあります。今回展示したのは100部中14番の、山中散生宛て献呈書名本で、いわば日本へのシュルレアリスム導入・普及の記念碑ともいえる1冊でしょう。

『スフィンクス』は、北川民次、瑛九、泉茂、加藤正、利根山光人、青原(内間)俊子の6人が、すでに発表されていた瀧口の詩から各自1篇を選び、自らの版画作品と組み合わせた詩画集です。久保貞次郎の私家版として1954年に50部が出版されました。久保は美術評論家、コレクター、パトロンとしても有名で、美術教育にも熱心に取り組み、後に跡見学園女子短期大学の学長や町田市立国際版画美術館の初代館長に就任しています。版画の作者6人は、それぞれ久保と親しい間柄でした。北川は久保とともに創造美育協会の設立発起人を務め、また他の5人や、本書を編集した福島辰夫、表紙デザインの山城隆一は、いずれも久保が支援していたデモクラート美術家協会のメンバーです。今回展示した『スフィンクス』は刊行された50部中Ⅰ番の久保貞次郎旧蔵本で、北川、瀧口、久保の3人によるペン書きの署名があります。

今回の展覧会は、『妖精の距離』と『スフィンクス』の2冊を並べてご覧いただける、貴重な機会です。瀧口自身や各画家にとって、各詩画集がどういう意味を持つものであったか、改めて考えていただく契機となれば幸いです。

京都市東山区石泉院町405−2 Tel/Fax 075-744-6533 営業時間:土・日・祝日のみオープン

GALLERY HEPTAGON

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《twinkle twinkle little things vol.2 》
木版画家7人による展覧会


2026.5.16(土)〜 5.24(日)
休廊:5.21(木)

独自の視点で制作を続ける7人の木版画作家による本展では、日々の暮らしに埋もれる小さな喜びや感動を「きらめく小さな星々」として丁寧にすくい上げ、作品に表しています。

2023年の第1回目では川端千絵・久木朋子・田村洋子・本田このみ・ba-ba Woodcut print の5名で開催いたしましたが、今回は新しく馬川亜弓・川村紗耶佳の2名が加わり、さらに豪華な顔ぶれとなりました。同じ木版画でもそれぞれに異なる個性が響き合い、楽しい空間を生みだします。

木版画の持つ温かな風合いや力強さ、または透明感のある色彩の美しさを存分に堪能して頂き、皆さまの暮らしの中にささやかな安らぎと幸福感をお届けできたらと願っております。

【摺り体験ワークショップ】
日時:5.17(日) 14時〜17時
参加費¥500 予約不要・先着30名

【木版画ポチ袋作りワークショップ】
日時:5.23(土) 14時〜17時
参加費¥500 予約不要・先着30名

京都市上京区下立売通智恵光院西入中村町523 TEL:080-7583-3388 休廊日:木曜日

美術館情報

京都市京セラ美術館
本館 北回廊1F

⻄洋絵画400年の旅
―珠⽟の
東京富⼠美術館
コレクション
2026.3.20(⾦・祝)-
5.24(日)



浮世絵
スーパークリエイター
歌川国芳展
2026.7.18(土)-
9.23(水・祝)



京都市京セラ美術館
新館 東山キューブ

テート美術館
― YBA & BEYOND
世界を変えた
90s英国アート
2026.6.3(水)-
9.6(日)



「禅とジブリ」
京都展
2026.10.3(土)-
12.6(日)


Title Written
by
Toshio Suzuki
© Kanyada


京都市京セラ美術館
ザ・トライアングル

三橋卓:
カワ
2026.3.10(火)-
5.17(日)



京都国立近代美術館

モダン都市生活と
竹久夢二
―川西英コレクション
2026.3.28(土)-
6.21(日)



美術館「えき」KYOTO

エドワード・ゴーリー
秘密のメッセージ展
2026.5.15(金)–
6.21(日)



京都文化博物館

特別展
原安三郎コレクション
北斎×広重
2026.4.18(土)-
6.14(日)



<4・3階展示室>
マリメッコ展
模様のちから
Marimekko:
Art of
Printmaking
–Beauty,
Dream,Love
2026.7.4(土)-
9.6(日)


展覧会キービジュアル
右上:Klaava,
Annika Rimala,
1967
下:Viidakko,
Pentti Rinta,
1981
左上:Seppel,
Antti Kekki,
2022


京都国立博物館

特別展
北野天神
2026.4.18(土)–
6.14(日)



細見美術館

特別展
志村ふくみ
百一寿
ー夢の浮橋ー
2026.3.3(火)-
5.31(日)