◆展覧会についての最新情報は、各ギャラリーのサイトでご確認ください。

イムラアートギャラリー京都 imura art gallery Kyoto

ギャラリーのサイトへ
 

木村秀樹 個展
- 青磁・水鳥 -


《Celadon・Lake 翠い湖》
100×143.5×109 cm
Celadon Ceramic, Wood
2024

2024.5.8 (水)~ 5.25 (土)

1970年代より現在に至るまで、現代版画における代表的な作家のひとりとして、また画家としても国内外で活動する木村秀樹。この度イムラアートギャラリーでは、2015年以来9年ぶりの個展を開催いたします。

木村秀樹は、版画家として鮮烈なデビューを飾った後、主にシルクスクリーン技法で制作しながら、紙、ガラス、キャンバス、と多岐にわたる支持体を駆使し、絵画と版画の融合した作品も発表してきました。1980年代にはシルクスクリーンの技法を用いて、水鳥のイメージを描いた作品「水鳥のシリーズ」を制作しています。シリーズの制作休止から約40年の月日を経て、再び「水鳥のシリーズ」に取り組むとき、木村がメディアとして新たに選んだのは「焼き物」でした。

本展では、作品の中心に青磁の水鳥と波紋タイルを据えた、ミクストメディアによる立体作品《Celadon・Lake 翠い湖》 、《 Celadon・A Water Bird on the Pool》 と、青磁の水鳥の写真画像を使用したシルクスクリーン版画作品など、新作9点を展覧いたします。今回の展示構成の主となる「青磁の水鳥と波紋タイル」は、成形に3Dソフトやプリンターを用い、また出力されたプラスチック製の水鳥/タイルを手作業で成形し、その後型取り、粘土を鋳込み、乾燥させ、素焼き、本焼きと、複雑な制作プロセスを経て、完成された作品です。かつて家業であった陶器屋、粟田焼への思いも寄せて制作された新作を、是非ご高覧ください。


<作家ステイトメント>

主題「水鳥」について
それは何気なく組んだ腕の姿が、水鳥のように見える事を、偶然発見した所から始まりました。1980年代の初頭だったと思います。その後、友人たちをモデルにして、意図的に水鳥に見えるようポーズをとってもらい、画像を多々採集するうち、これを使って何か面白い事が出来るのではないかと思い始めました。

1983年~86年にかけて、この水鳥のイメージを使った作品が約30点余り存在しますが、一連の作品群を「水鳥のシリーズ」と呼んでいます。腕と水鳥のダブルイメージは、両義性のイメージと読み替えることができますが、どっち付かずの、あいまいな、確定不能性のアナロジーとも言えます。この一種のつかみ難さを中核に据える事で起こるはずの、不完全感/未完性感/混乱/いらつき等々の中で行われる制作とは、意外と面白いのではないかと思いついたのです。

当初、「水鳥のシリーズ」の制作には写真製版のシルクスクリーン技術の使用を前提としていました。1970年代に試みた、Pencil や Blinder のシリーズを通して得た1つの結論がありました。それは、写真製版のシルクスクリーンを使って印刷されたイメージは、存在として両義的であるという事でした。原寸大に引き伸ばされたPencilのイメージは、虚と実の境界面に揺らぎつつ、物質でもなくイメージでもない、あるいはその両方でもあるような「両義性」を称えつつ存在し続けます。私は写真製版のシルクスクリーンが創り出す、この独特の存在感を「皮膜性」と呼び、その培養にそれ以降の制作の方向性を定めつつありました。

水鳥のシリーズの方法論的核は、「両義性=水鳥」を「両義性=シルクの皮膜性」で制作する事。つまり「両義性の二乗」の可能性です。数式に表すなら 両義性×両義性=X となります。Xとは何か? そもそもこの問いに答えを出す事は可能か? もし可能なら、少なくとも、誰も見た事がないシーン/視覚を創り出せるはずでは?このような漠然とした期待がモチベーションでした。

一方、両義性=曖昧さ/確定不能性です。曖昧さの二乗は更に大きな曖昧さとなり、途方もない混乱を生み出すだけではないのか? あり得る予想です。

作品の制作とは建築に似ています。まず基礎となる土台があり、その上に骨組みが置かれ、さらに壁があり、内装外装が施され完成に至るのですが、一貫して求められるものは各プロセスの堅牢な安定性でしょう。しかし、仮に制作過程の一部に、両義性すなわち信頼性の欠如が挿入されていたら? 少なくとも崩壊、瓦解、の危険性に怯え続ける存在である事から逃れられないでしょう。

「両義性の二乗」という方法論は、砂上の楼閣ならまだしも、せいぜい仮設の足場を設置するのが精一杯ではないのか? もっともな疑問と言うべきでしょう。がしかし、逆に、私はそこに魅力を感じたのです。

完成されるべき構築物/作品が、期待されざる結果しか保証できないのなら、その制作過程には自由が生まれるからです。少なくとも素材の使用制限やスケールの制約からの解放は期待できますし、制作現場はおおいなる実験場と化すはずです。この混乱に乗じて私が目論んでいたのは、作品形式の横断的展開でした。オーソドックスな版画の形式に止まるのではなく、絵画すなわち支持体のキャンバスへの移行や、イメージの立体化すなわちインスタレーションへの展開でした。

「水鳥のシリーズ」は、両義性のイメージ/確定不能性を制作の中核に据えることで生まれる、揺れの中で、思考の諸相を、メディア横断的に検証する事と言えるかもしれません。1983年頃にスタートしましたが、それは、1986年頃一旦休止という形で終わる事になりました。それから約40年の間隔をおいて、メディアを青磁の焼き物に置き換えて、この度の個展に結びついたという訳です。

ここで極私的な事情を書かせて頂きたいのですが、実は私の祖父は明治から大正にかけての時期、京都で粟田焼と呼ばれる陶器の製造に携わっていました。その息子、すなわち私の父は、粟田焼や清水焼の貿易に関わる仕事をしていました。つまり私は陶器屋の息子と言う事になります。美術大学に入学したものの、陶芸にはとんと縁のない半生を過ごしてしまいましたが、ここに来て6歳で死別した父親を思い返す事も多くなり、一度くらい陶器屋の息子らしい作品を作ってみたいと思う様になりました。一連の作品のタイトルに Reunion・絆という言葉を使用した理由の1つには、家族の絆という意味を暗示したかったからです。そしてもう1つは、自身の制作史において、1986年の制作と2024年の制作の間に、絆を確認する事は出来るのか? という興味がありました。

青磁の焼き物は、唯それだけで美しいです。この事に疑問の余地はありません。ご高覧賜りますよう、お願い申し上げます。

木村秀樹

京都市左京区丸太町通川端東入東丸太町31 Tel:075-761-7372 休廊日:日・月曜日&祝日

同時代ギャラリー DOHJIDAI GALLERY of ART

ギャラリーのサイトへ

〈ギャラリー〉

 

秘める
梅本真衣


2024.6.11(火)〜 6.16(日)

表には現れない内部にもっているもの。
内部に持っているものは時に言葉でうまく表現できないもの。
感情、思考、喜びやなやみなどそれらは外部には見えない部分にある。
表には現れないも自分自身の一部である。
何一つ変わらない強く熱い気持ちがここにある。

 

休息の方法
長谷川泰子


2024.6.18(火)〜 6.23(日)

京都市中京区三条御幸町南東角 1928ビル2階 Tel:075-256-6155 休廊日:月曜日

エンアーツ eN arts

ギャラリーのサイトへ
 

showcase #12
“現実の行方
– Whereabouts of photographic reality –”
curated by minoru shimizu
出展作家:澤田 華・谷平 博


澤田 華


谷平 博

2024.4.12(金) 〜 5.12(日)
会期中 金・土・日 12:00-18:00
アポイントメント承ります 入場無料 KG + 2024参加

eN arts では 4月12日より、清水穣氏のキュレーションによります写真・映像に特化したグループ展 “showcase #12” を開催します。展覧会のタイトルが示す通り、写真・映像の現代若手作家の「ショーケース」となる showcase 展は2012年からスタートし、本展がシリーズ12回目となります。そして今回 本展の為に 清水氏より選出されましたのは 澤田華・谷平博のおふたりです。

恒例になりましたが、eN artsは 本年もKYOTOGRAPHIE2024に KG+ for Collectorsとして参加致します。(https://kgplus.kyotographie.jp) KYOTOGRAPHIE2024のテーマは「『SOURCE』―源は初めであり、始まりであり、すべてのものの起源である。」 澤田・谷平両氏の作品の源を探るべくキュレーションされた showcase #12にて、写真・映像作品における現実の行方…写真が源なのか、現実が源なのか…両者の作品の源を探りにお出まし下さい。

皆様の御来廊を心よりお待ち申し上げております。

eN arts


showcase #12 curated by Minoru Shimizu
現実の行方

第12 回目のshowcase は、驚くほど緻密に書き込まれた鉛筆ドローイングで注目された谷平博(たにひらひろし1982⽣、初登場)と、2017年度キヤノン写真新世紀優秀賞(Sandra Phillips選)を受賞してから活躍著しい澤田華(さわだはな1990年⽣、2018年以来再登場)を取り上げる。

谷平の作品で、大自然の中でシャーマンと化した人物が、硬い鉛筆で精緻に描きこまれている。写真は、その登場以来、⾁眼に⾒えないものを次々と映像化してきた(最果ての⾃然や宇宙の写真、コンマ以下の瞬間を捉える科学写真やスポーツ写真、⼼霊写真…等々)その結果、我々の知る「現実」は、可視と不可視を問わず、もはやすべてありふれた写真と成り果てたと⾔って良い。写真こそが現実だ、写真のように描かないと⼈はもはやリアルだと⾔ってくれない……1970年代に⽣じ、いまだにYouTubeなど巷でよく⽬にする、スーパーリアリズムのドローイングは、その事実の⽪⾁な表現なのだ。それとは異なり谷平は、写真化した「現実」を超えるもの、写真に写らないものを求めて鉛筆を握る。紙⾯を刻むような谷平作品の本質、その超細密の線の輻輳から⽣まれる灰色の輝きの美しさは、そのコンセプトからして写真に写らない。必ず実物を見てほしい。

さて、写真とはつねに「何か」の写真である。この「何か」、すなわち写真の指⽰対象(レフェラン)は、写真の外に存在する現実とみなされてきた。澤田華の対象は、インターネットで出会う画像である。それはすべてスキャンされた画像であり、言い換えれば真空パック画像である。ここで澤田は、真空パックを切開し、現在可能なデジタル的手法を駆使して、ぺちゃんこになった画像を三次元に復元することで、かつて存在した「何か」、すなわち写真の外部へと遡行しようとする。いったいそんな「何か」は現実に存在したのか、しているのか?

もっとも、かつて存在した「何か」を澤田自身も信じているわけではない。澤田作品は懐疑的な遊戯性に満ち、むしろ「かつて存在した何か」から完全に切れてしまった現在のデジタルイメージのあり方をユーモラスに浮かび上がらせる。

2024年4月 清水 穣


大抵は見過ごされてしまうような些細な物事に、やけに引っ掛かってしまうことがある。例えば、たまたま写真に小さく写り込んだ何か。聞き取れなかった言葉らしき音。映画を見ているモニターに反射する自分の姿。「分かる」と「思い込む」の共通性。そうした時に立ち止まり、観察してみることが、作品のスタートになる。

図像や言葉というのは、案外漠然としていて、掴みどころがない。だから、それに触れた人の知識と経験から導き出される「想像」によって意味が形成されて、受容される。「想像」はまるでパテのように、自然で便利に、凹凸や穴を繋ぎ埋めてくれるが、たとえその埋め方が多少荒々しく無理が生じていたとしても、そのことが意識されることはない。

私は、図像や言葉と「想像」の間で勝手に結ばれてしまう、あたかも自然であるような振る舞いをするこの運動を、いちいち停止させる、あるいは過剰にすることで、これらの関係性を一瞬明らかにする。そうすることで、図像や言葉に元々あった歪みや欠落、ズレや偏りが露わになると同時に、そこに入り込もうとする私たちの「想像」にもまた意識を傾けることができるようになる。(たとえすぐにまた「想像」が追いついて、馴染んでしまうとしても。)

澤田 華


作品に描かれている人物はブッシュワッカーと呼んでいる架空のキャラクターに扮した自分自身の姿で、背景にひろがる風景は、自分の住んでいるところから半径数キロ圏内の山や海である。ブッシュワッカーとは何か説明すると、この作品の元となった映像作品を作ったのが2004年だったが、その前年にイラク戦争を始めたブッシュ(bush)大統領を杖でピシャリと打つ(whack)人(=Bush Whacker)という意味の造語である。戦争を始めた権力者を杖で叩くということから反戦メッセージが想起されるかもしれないが、反戦がテーマというほど社会性は強くはなく、ただ当時のみんなが感じていた不穏な空気が反映されて生まれたものだと思う。権力や社会を変えるのは民衆であってほしいという思いから、ブッシュワッカーの服装はいわゆる労働者階級の普段着といった格好そのままにしている。モチーフに寓意性を持たせることは時に作品を限定的意味合いに固定してしまう恐れがあるが、これは理解に必要な事だと思ったため記述した。

それとはまったく別に、ブッシュワッカーのマスクには神道の行事で使う榊が使われていたりするなど、日本の文化、特に来訪神(まれびと)からも影響を受けている。そして世界各地に来訪神に似た行事があったりするのは興味深い。

国際情勢が悪化していく中、世界の中で日本人であり続けること、自分自身が世界とどう関わっていくことができるのか、その探究が制作の根底にある。

谷平 博

京都市東山区祇園北側627 円山公園内八坂神社北側 Tel:075-525-2355 開廊日:金・土・日曜日

ギャラリー16 galerie16

ギャラリーのサイトへ
 

袖岡千佳 展
地の光 天の息


2024.6.11(火) 〜 6.22(土)

地の光 天の息 -つちのひかり あめのいき-

毎日歩いている。犬を連れて近隣を毎日歩いている。そして畑で作物を育てている。
日々、元気があるか?水がいるか?支えがいるか?それぞれの様子を見守り続けている。
そんな中、周囲の自然や環境が自分の手足の延長のような感覚に変化していく。そこにはえもいわれぬ愛おしさも含まれる。自分の中に四季のリズムが息づいてくる。自分の外側と思っていた世界が自分の内側にもあると感じるようになっていく。
自分の中に映る世界が目に見える世界にまた映し出され作品になっていくとしたら、刻々の自分自身のあり方も目の前の画面に顕れていくのではないか。
そんな想いと共に、画面に向き合い手を動かし、筆先で見つけた手がかりを積み重ね、目の前に顕れる世界を描き出す。
新たに描かれた風景を前にすると足元が確かになる感覚がある。さらに今の自分の場から周囲への見通しが効くようになり、その先に向かう人生の歩幅までも整えてくれるように感じられるのである。
見つけた世界と寄り添いその延長線上へと共に歩み続けていくことは私にとってはこの上なく幸せなことである。

袖岡千佳

 

70年代再考
版画・写真表現の波紋
高松次郎・木下佳通代・彦坂尚嘉・木村秀樹・
辰野登恵子・木村 浩・石原友明


2024.6.25(火) 〜 7.20(土)

日本美術の70年代とは一体何だったのか?

1960 年代にアメリカでミニマルアートが本格的に始まり、抽象を極限まで突き詰める動向は日本の美術界にも影響を及ぼしました。もの派が台頭したとする日本美術の70年代は未加工の物質が主役として登場し、「つくらない芸術」の時代を迎えます。そして、その後の80年代にはポストもの派、ニューペインティングへと移行していきます。しかし、そのはざまで版画や写真表現が、次につながる萌芽を生じさせたのではないか。それを今回、版画・写真メディアに焦点を合わせて見つめ直します。

本企画は、坂上しのぶ氏による『70年代再考』が契機となり立ち上がりました。60 年代後半から黄金期を迎えた版画表現が本当は「消えゆく媒介者」ではなかったのか…。それを時代の動向に沿って丁寧に読み解き、検証された論書です。展覧会では、 その『70年代再考』で取り上げられた作品を含め、写真と写真製版による版画表現を中心に展示し、次代へ果たした役割とその波紋を検証します。また、「70年代という時代」・「現代美術における写真」というテーマで2夜連続のトークも開催いたします。

出版・展覧会、そしてトークで、70年代の日本美術において見えなくなってしまった史実を再び掘り起こそうとする試みです。

<トークナイト>定員30名
申込方法
第一夜:6月28日(金)18:00~20:00「70年代という時代」
第二夜:6月29日(土)18:00~20:00「現代美術における写真」

京都市東山区三条通白川橋上ル石泉院町394 戸川ビル3階 Tel:075-751-9238 休廊日:月曜日

ヴォイス・ギャラリー MATSUO MEGUMI+VOICE GALLERY pfs/w

ギャラリーのサイトへ
 

中村 敦 個展
"camouflage"


"camouflage 森-1"


"camouflage 森-3"
2024年/72.8×51.5cm/
キャンバス、アクリル絵具、その他

2024.6.12(水)~ 6.23(日)
13~19時 *最終日17時まで
休廊日:6.17(月)・18(火)

苔石の保存処理協力:株式会社吉田生物研究所

Camouflage- 偽装、迷彩、カモフラージュ。
タイトルからして作家がミリタリーや軍事など、「あまり穏やかでないもの」に興味を持っている人物なのかな?と思われる方も多いとか思いますが、作家本人がその誤解を楽しんでいるフシもあります。
実際、迷彩模様そのものを描いている訳ではありませんが、それらの誤認も含めて「迷彩に見える何か」、「迷彩に偽装(Camouflage)した何か」をシリーズで制作しています。 現在まで、主に菌類や植物など自然界の生命活動のアルゴリズムと文化の関係性をテーマに、数々のシリーズ連作を手掛けてきましたが、今回の展覧会もその一連の表現活動の一環になります。
自然界は多種多様な種族の共存の場でもありますが、互いのテリトリーを奪い合う容赦ない生存戦略の戦場でもあります。正にミリタリー。人はその熾烈な戦場の景色を観て美しいと言います。
迷彩模様に見える「何か」は、「あまり穏やかでないもの」よりも「更に穏やかでないもの」でもあります。(中村敦)

 

唐仁原 希 個展
「願いごとのあと Wishes and Ashes」


願いごとのあと
(レオナルド・ダヴィンチ《アンギアーリの戦い》に基づく)
2024
162.0×130.3cm
クレパス、オイルパステル、キャンバス

part.1 展示室(B)
2024.6.12(水)~ 6.23(日)
13~19時 *最終日17時まで
休廊日:6.17(月)18(火)

part.2 展示室(A)&(B)
2024.6.26(水)~7.7(日)13~19時
休廊日:6.24(月)25(火)7.1(月)2(火)

私たちは日常生活の中で、さまざまなメディアを通じて物語に触れています。 空想に浸り、個人的な物語を楽しむこともあります。
私は絵画制作を通して、時代や国境を超え、現代においても根強く残る普遍的な物語、ある種の「神話」を探求しています。本展では実験的な作品を展示しています。今回、制作の中で、「描くこと」によって「表れるもの」について考えました。 (唐仁原希)

京都市下京区富小路通高辻上る筋屋町147-1 Tel:075-341-0222 営業時間:11時~19時 休廊日:月・火曜日

京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA

ギャラリーのサイトへ
 

SPECIAL EXHIBITIONS
京都市立芸術大学移転記念事業
Floating and Flowing ——
新しい生態系を育む「対話」のために


2024.4.20(土)〜 6.9(日)
休館日:月曜日、4月30日、5月7日(4月29日、5月6日は開館)

主催:京都市立芸術大学
会場構成:池田精堂
企画:藤田瑞穂(京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAチーフキュレーター/プログラムディレクター)
作家:佐々木萌水、崇仁すくすくセンター(挿し木プロジェクト|代表:山本麻紀子)、高瀬川モニタリング部、前田耕平、森夕香、京都市立芸術大学美術学部日本画専攻絵画制作資料

京都市立芸術大学の新キャンパス移転から半年が過ぎ、はじめての春を迎えようとしています。移転計画が決定してから新キャンパスがオープンするまでの約10年、大学移転という大きなできごとがこの地域に何をもたらすのか、人々の注目が集まりました。

2015年には、「芸術であること」「大学であること」「地域にあること」の3つを大学の果たすべき役割とし、新キャンパス全体を、外に向かって開かれ、ある基準面から浮き隔たることで日常の視点を変え、新たな解放を生み出す「テラス(Terrace)」と位置づけるという移転基本コンセプトが策定されました。そして2017年に乾・RING・フジワラボ・o+h・吉村設計共同体による「まちのように育まれる、水平につながっていくキャンパス——大学と地域、芸術と社会の新しい関係性を生み出すフレーム」をテーマとした建築設計プランが採用となり、2023年秋に新キャンパスが竣工しました。

またこの間に、移転予定地周辺で、多様な活動が生み出されていきました。@KCUAでは、「still moving」などの大学移転をめぐる複数のプロジェクトや、この地域のこれまでの歩みと豊かな自然環境を背景として、これから育まれていく新たな生態系を考察するためのさまざまな取り組みを行ってきました。

新キャンパスの@KCUAの展示室での2回目の展覧会となる本展では、変わりゆくまちを見つめ、それぞれの方法でアプローチしてきたアーティストたちの活動、@KCUAの取り組み、それらと京都市立芸術大学の教育と表現の歩みとを重ね合わせて、大学と地域、芸術と社会がつながって育まれる、生態系の未来を考えるための場を作り出します。

新キャンパスの敷地内には、かつて運河として開削された人工河川である高瀬川が流れています*。また、沿岸に大学と周辺地域との交流広場「崇仁テラス」が整備されるなど、高瀬川は大学と地域とをつなぐシンボルの一つとなりつつあります。そこで本展では、高瀬川に着想を得たイメージをもとに会場を構成し、内と外の境界をまたいでひろがる「テラス」という理念の体現を試みます。それは、新キャンパス、そしてそこに込められた建築家たちの想いへの、@KCUAからの一つの応答でもあります。

ものごとをじっと観察して何かを作るという表現行為は、長い歴史のなかで面々と受け継がれてきた、世界に近づき、対話するための術でもあります。これまでになされてきたさまざまな「対話」どうしがつながり、ともに考え、育み、ひろげることは、未来への可能性を豊かにひらくことを願う新たな「対話」のはじまりとなるでしょう。

* 高瀬川は新キャンパスのE・F棟の付近、H棟とJ棟の間を通っています。また、2002年に現在の流路に変更される前は、旧流路の一部は新キャンパスのC棟(@KCUAのある建物)周辺を通っていました。

新しい生態系を育む「対話」のための活動:
・京都市立芸術大学及び京都市立美術工芸高校移転整備工事乾・RING・フジワラボ・o+h・吉村設計共同企業体との対話
・崇仁すくすくセンター・挿し木の地植え
・高瀬川をめぐる活動シリーズ(京芸高瀬川保勝会、佐々木萌水ワークショップ、高瀬川モニタリング部、前田耕平パフォーマンスほか)
・場を作る活動(イヌ場、たき火場ほか)
などを予定しています(会期終了後に実施・継続するものを含む)。
詳細はウェブサイトにて随時公開いたします。

京都市下京区下之町57-1 京都市立芸術大学 C棟1F Tel:075-585-2010  休廊日:月曜日

MORI YU GALLERY 京都

ギャラリーのサイトへ
 

アキ・ルミ 個展
「トレース・パニック trace panic」


2024.5.18(土)~ 6.16(日)
オープニングレセプション:5.18(土)16:00-19:30
開廊時間:12:00 -18:00
休廊日:月・火・祝日

MORI YU GALLERYは5月18日(土) より、アキ・ルミ個展「トレース・パニック trace panic」を開催いたします。

Aki LUMI:東京生まれ、1993年よりパリ在住。
人工物。人は何を作り、知見を得、世界を創り上げ獲得してきたのか。彼はこの問いと反省に基づいて、写真、デッサン、タブロー、コラージュ、コンピュータによる計算によって制作してきました。作品制作の道具は絵筆、ペン、定規、コンパス、ハサミ、銀塩写真プロセス、電卓、コンピュータ。古代の石画に描かれた世界創造の神、人頭蛇身の伏羲と女媧の手には定規とコンパスが握られています。展示作品『Fract-graph』のタブローの主体は建築物であり、そこに様々な道具によって人の世界認識がレイヤーとして幾重にも重ねられていきます。白い画布にコラージュされたクラフト紙、鉛筆デッサン、建築パース、そして黄金の滝。さらに重ねられるのは細いペンによって引かれた直線と幾何学図形。

今回は新しいドローイングのシリーズも展示されます。それらの中心には建築に代わり畏れの念から生まれた石像たちが震えるような赤い線で描かれ、画面の奥より浮かび上がってきます。
作家は言います「高層ビルもゴジラも親は一緒。同じ半導体から生まれた」。
限られた手段とシステムで世界を見る人間。無限に絡み合う世界をトレースできるのか。そのような問いを発する機会を提供します。

写真作品『The Garden』シリーズは数百枚の写真を組み合わせて作り上げられたフェイク・フォトです。世界各地の森や公園から集められた植物の写真が縮尺を無視して建築写真の上に高密度に貼り込まれていきます。基材となる建築物は宗教建築の内部。ハサミと糊とコンピュータを往復して造られたパラダイスが銀塩写真として出現します。

<MORI YU GALLERY VIEWING ROOM>

 

黒田アキ 個展
「FLYING CITY〜from future〜」


2024.6.8(土)~ 7.6(土)
会期中の金曜・土曜日(1PM -6PM)開廊、アポイントメント制となります。

飛翔する都市ー未来からー。

黒田が考える都市CITY。黒田の友人である小林康夫によれば、CITYはCOSMOGARDENの変容体であり、それは「出会いの場所である。そこでは、見知らぬ者が見知らぬ者へ、誰でもない者が誰でも無い者へとたえず出会っている。だが、忘れてはならないのだが、そこはまた、同時に、たえず出会いそこねる場所でもあるのだ。」と。

そのCITYに迷い込んだ我々は、そこに転がっている無数の球(TAMA)を見つける。他には無数の穴が空いているスポンジ(EPONGE)のようなものもある。我々はその穴を覗き込んだ瞬間、鏡のように自分自身が映りこむ。と次の瞬間、スッと過去の自分や家族や友人、子供の時に持っていたものや見慣れた風景が目に飛び込んでくる。そしてまた見たことのない未来まで見えてくるのだ。COSMOGARDENは、宇宙がすっぼりと入るほどの大きさであり、京都の坪庭ほどの中にも存在すると黒田は語る。だが、そこでは完全な空白、完全な沈黙、完全な孤独は不可能であることを黒田は知っているのだと小林は語っている。そう、1人ぼっちの、SILENCE(静寂)が制する誰も存在しない場所が、古いフランス語でざわめき、異世界からくる存在のざわめきや喧嘩を意味するNOISE(今よく使用されるノイズとは異なる意味)によってCITYへと変容する。

「黒田はSILENCEの先をいく」とマルグリット・デュラスが語ったように、黒田は、見る者、それぞれ自身を写し出す鏡のような作品、そして時に異空間への抜け穴となって未来と今と過去を繋ぐような作品(CITY)を描く。 小林が語るように、我々はCITYという作品群をみた時に、最後には自分自身が一個の小さなCITYであることに気付かされるのだ。

最新作10数点、過去作とともに黒田の世界をご高覧ください。

黒田アキ Aki Kuroda
1944年 京都に生まれる
1970年 渡仏、パリ在住

場所:〒602-0007 京都市上京区下清蔵口町133−17    075-950-5230

京都市左京区聖護院蓮華蔵町4-19 Tel:075-950-5230 休廊日:月曜日・火曜日・祝日

ギャラリー ヒルゲート  Gallery Hillgate

ギャラリーのサイトへ
 

〈1F〉
田中直子 展
「水の森・芦生」 (新制作協会会員) (油彩・銅版)

2024.6.11 (火) ~ 6.16 (日)

昨夏、京都大学芦生研究林に源を発する美山川・由良川の清流に遊び、森から流れ出る水の力強さを体感しました。水中には魚の群れが泳ぎ、多種多様な生き物が棲んでいました。「芦生の森」は、この水の循環に支えられて豊かな生態系を形成してきました。森に降った雨は地下深くを流れ、湧き出て川となり、生き物を育みますが、流れが分断されると水はたちまち汚れ、枯渇し、生命の循環も途絶えてしまいます。
本展では「循環する森」に注目し、前回の個展に引き続き「芦生の森」に取り組みました。

田中直子(新制作協会会員、京都在住)

 

〈2F〉
沼本秀昭 展 (新制作協会会員)

2024.6.11 (火) ~ 6.16 (日)

 

〈1F・2F〉
野見山暁治 没後1年 追悼展

2024.6.18 (火) ~ 6.23 (日)

賛助出品:入江観・上葛明広・木村克朗・山口千里

野見山 暁治 ( NOMIYAMA Gyoji )
1920年福岡県生まれ。38年上京し、東京美術学校油画科予科に入学。本科2年生の頃から“池袋モンパルナス”と呼ばれたアトリエ村に暮らし、フォーヴィズムの絵画に傾倒する。当時の池袋モンパルナスには靉光・麻生三郎・赤松俊子(後の丸木俊)等、多くの画家が住んでいた。43年東京美術学校油画科卒業。応召の後病を患い、45年福岡の療養所で終戦を迎える。48年病気が治り、再び上京。自由美術家協会に出品、受賞し会員となる。この頃の自由美術には若く個性的な作家が集い、鶴岡政男、麻生三郎、難波田龍起、寺田政明等、池袋モンパルナスの住人だった先輩たちや山口薫等が芸術論を闘わせていた。50年最初の個展開催。この頃、郷里の福岡にしばしば戻り、筑豊の炭鉱風景を描く。52年渡仏。椎名其二、金山康喜、小川国夫らと親交を深める。58年安井賞受賞。64年帰国。無所属となる。68年東京藝術大学助教授(72年教授)に就任(81年辞職)。78年『四百字のデッサン』で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。92年芸術選奨文部大臣賞受賞、94年福岡県文化賞受賞、96年毎日芸術賞受賞。2000年文化功労者顕彰。全国の戦没画学生の遺作を窪島誠一郎氏とともに収集、それらを展示保存する「無言館」(長野県上田市97年設立)にも尽力した。2014年文化勲章受章。著書『さあ絵を描こう』(河出書房新社)、『パリ・キュリィ病院』『絵そらごとノート』(筑摩書房)、『一本の線』(朝日新聞社)、『しま』(光村教育図書)、『署名のない風景』『うつろうかたち』(平凡社)、『アトリエ日記』『続アトリエ日記』(清流出版)画文集『目に見えるもの』(求龍堂)、『遠ざかる景色』(みすず書房)、『とこしえのお嬢さん』(平凡社)など多数。月刊誌「美術の窓」にて「アトリエ日記」を亡くなる直前まで連載。主な回顧展は83年の北九州市美術館、96年練馬区立美術館、2003年東京国立近代美術館、2011年石橋美術館・ブリヂストン美術館、2023年久留米市美術館等。
他、個展多数。2023年6月22日死去。享年102歳。

 

〈1F・2F〉
第31回 心に響く小品展

2024.6.25 (火) ~ 7.7 (日)

150人の現役作家の油彩・水彩・日本画・版画・写真・彫刻・工芸の小品

 

〈奥庭空間〉
葛本康彰 個展
流れの途中、その名残り

2024.1.9 (火) ~ 6.23(日)

“人間の作為” と “自然の現象”の双方から素材に関わる独自の手法で彫刻制作を行う。 廃材などの収集物を用いたインスタレーションや、「里山」を舞台にした野外芸術企画の運営などを通して、“人間と外界の関係性” について考察している。作品制作のさなか、自然現象の作用によって素材の獲得するフォルムやパターン、テクスチャーは私たち人間の目には見えない世界の存在を示唆するものなのかもしれない。自然現象をはじめとした、身の回りに当たり前のように存在する物事やそれらを知覚している身体への好奇心や想像力を回復し、人間本位の視点を自覚し直すような場を提示したい。

京都市中京区寺町通三条上る天性寺前町535番地 Tel:075-231-3702 休廊日:月曜日

京都芸術センター Kyoto Art Center

ギャラリーのサイトへ

<ギャラリー北・南>

 

林智子 個展
「そして、世界は泥である」



2024.3.30(土)〜 6.9(日)

京都芸術センターでは、林智子の個展「そして、世界は泥である」を開催します。
京都に拠点を置くアーティストの林智子は、京都の芸術系大学で染織を学んだ後、ロンドンに渡り、先端的なテクノロジーを援用しながら、人と人との間に生じる感覚やコミュニケーションをテーマにする作品を制作してきました。その後、アイルランドやスコットランドなどでの滞在を経て京都に戻った林は、豊かな自然と歴史に触れ、人の内なる自然と外に広がる自然とのつながりに意識を向けるようになります。
イタリアの詩人ジャコモ・レオパルディの言葉を展覧会名に冠する本展は、林のこうした関心に根差すものです。細かな粒子の夥しい集合が水気によって結び付けられた泥は、特定のかたちを持つことはありません。それは濁り、汚れたものと見なされる一方で、生命を育むこともあります。
そして、世界は泥である。本展で林は、世界を個と全体が有機的に結びつき、生命を循環させる運動と捉え、その中での私たちの生の在り方を思考します。私たちの内なる自然と外なる自然はどのように共鳴しているのか。本展では、社会的な秩序によって隠されている「形なきものの形」・「声なきものの声」と私たちが再び関係を取り結ぶことで、言語以前の感性を呼び覚ますことを試みます。

【関連プログラム1 アーティストトーク】

本展出品作家の林智子が、展覧会会場を回りながら、自作についてお話します。
出演:林智子(本展出品作家)
聞き手:安河内宏法(本展企画、京都芸術センタープログラムディレクター)
日 時:2024年 3月30日(土)14:00― 15:00(予定)
集合場所:京都芸術センター ギャラリー南
料 金:参加無料 (要事前申込)
■ 問合せ先
京都芸術センター
Tel:075-213-1000(10:00-20:00)

*上記以外のプログラムについても、現在、実施検討中です。
詳細が決まりましたら、お知らせします。

京都市中京区室町通蛸薬師下る山伏山町546-2 Tel:075-213-1000

ギャラリー・パルク Gallery PARC

ギャラリーのサイトへ
 

堤 加奈恵
土から生えるもの 土に眠るもの


2024.5.25 (土) ~ 6.16 (日)
13:00 ~ 19:00 水・木休廊

Gallery PARC[グランマーブル ギャラリー・パルク]では、2024年5月25日から6月16日まで堤加奈恵による個展の「土から生えるもの 土に眠るもの」を開催いたします。

ギャラリー・パルクでは初めてとなる堤加奈恵の個展です。 2011年に京都精華大学大学院を修了した堤加奈恵(1986年・京都市生まれ)は、以後、綴織によるタペストリー制作などに取り組んできました。しかし、2018年〜19年のフィンランド滞在を機に、日本で生まれ育った自らのルーツに興味を抱くとともに、身近な素材や日本の染織工芸品などを取り上げながら、自身で織った布を造形作品として発表するようになります。

堤は現存する染織技法に倣いながら、とりわけ布にまつわる「織る」・「染める」に着目した制作を続けることにより、一枚の布を成す様々な技法を知るとともに、その背景や歴史の変遷などを読み込みます。また、それら技術やプロセスが内包する感情や事象をテーマに作品をあらわすことで、染織と鑑賞者の間を媒介し、そこに多くの対話が起こることを目論見ます。
会場には「化学染料と天然染料」のあり方を眼差した作品などを含む新作4点をはじめ、近年の堤作品をあわせたおよそ15点ほどを展示します。

Statement

人の手により生み出されてきた、あらゆる類の布とそれを作るため蓄積された無数の技術。様々な染織技法を見聞きする中で、現在の生活基盤を作り上げるまでに変化し繰り返された手作業と奮闘の一片を、現存する染織技法を倣うことで垣間見ている。ここで遭遇する感情や事象をテーマにし、「染織品」と「鑑賞者」の間を視覚的に媒介する作品を、染織技法を用いて制作している。

堤 加奈恵

京都市上京区皀莢町287 堀川新文化ビルヂング2階   開廊時間:13時~19時 休廊日:水・木曜日 

GALLERY TOMO

ギャラリーのサイトへ
 

吉田延泰 個展
Bottle Glass Sculpture

2024.6.29 (土) ~ 7.13 (土)
12:00→18:00 日月火休廊

この度、GALLERY TOMOで初となる吉田延泰の個展を開催します。

吉田はかつて東洋最大の港町であった神戸市出身、海にメッセージを委ねるボトルメールから着想したフォルムを持つガラスでできた立体作品で知られています。

ガラスは、人によく似た素材です。
割れ、欠け、砕け、しかし一定の条件に於いて硬く、磨けば光り、溶けて再生します。
人や物事も、環境の影響を受けます。吉田の作品では、幾つかのレイヤーを意図的に造り、焼成の過程でガラスが重力と粘性、温度、構成の中で相互に影響を及ぼしあいながら変化し、層から層へ紋様を描きながら互いの関係性の中で一つの形を成す、こうしたプロセスを楽しむことができます。

阪神淡路大震災からもうすぐ30年。世代も移り変わり、復興の歴史の中にアイデンティティを持つ吉田の新作展示をぜひご高覧ください。

京都市中京区寺町通丸太町東入る南側下御霊前町633 青山ビル1F Tel:075-585-4160 休廊日:月・火曜日

KUNST ARZT

ギャラリーのサイトへ
 

彌永ゆり子 個展
existence.img


2024.6.15(土)〜 6.23(日)

KUNST ARZTでは3年ぶり4度目となる 彌永ゆり子の個展を開催します。
彌永ゆり子は、パソコンでの描画過程を映すモニターと その「フレーム」的役割のオブジェとの構成で 独自の視覚世界を展開するアーティストです。
“デジタルに感じている魅力“を引き出すために 厳選されたプラスチックシートやネット、チープなオブジェが、 動画を再生するモニターや基盤を取り巻き、 またそこへの電源供給配線も構成要素となっています。
近作は、大胆に空間を使うイ ンスタレーションへと発展しています。

(KUNST ARZT 岡本光博)

<アーティスト・ステートメント>

私は小さい頃からパソコンで絵を描いて遊んでいて、 現在でもそれを続けている。
それは自分にとっては紛れもなく「絵を描く」という行為だが、 出来上がったものは画像データという形式になっていく。
絵画として「パソコンで描いた絵」を捉え直した時、 これがひとつの絵画、あるいは美術作品として 認識されるためには、ただ印刷したり、 静止画で見せるだけでは 何か表現として不足している気がした。

そこで私は、描画過程を見せることで 絵画に時間性を持たせると同時に、 パソコンで描かれた絵では見えにくい、 描画の痕跡のようなものを補えるのではないかと考えた。
また、質量のある絵画にはない”質感がない”ということ、 あるいはピクセルという単位がデジタル特有の 質感になっていくのではないか。

モニターはピクセル感を重視したり、 映像作品との差別化を考えるにつれて 小さいものを扱うようになっていった。
それにより電子基板やモニター自体が 持つ物質感が表出しはじめた。
現在は電子基盤や小型モニター、ケーブルなど、 そのもの自体の物質感にも意識を向けて、 他の素材と組み合わせた表現を試みている。

 

こしま ともみ 個展
zooooooo!


2024.6.29(土)〜 7.7(日)

KUNST ARZT では、昨年に引き続き、 こしまともみの個展を開催します。
こしまともみは、童心にかえったかのような ピュアでエネルギッシュな絵画と立体作品を 生み出すアーティストです。
絵本のようなストーリーを感じさせる絵画や 描きながら展開するストーリーを画面を 継ぎ足しながら描く絵画の他、 絵画が飛び出したかのような立体作品の展開もあり、 自由でユーモラスな独特の世界です。
本展は引き延ばされた動物たちの楽園です。

(KUNST ARZT 岡本光博)

<展覧会コンセプト>

やあ、また会ったね。
私はこの日が来るのをとても楽しみに待ってたんだ。
首をなが~くして待ってたんだけど、そ~した~~ら、 こ~~ん~な~に~色々なもの~が、長~く、 伸~びちゃった~~んだ~~よ~~~~ん。
猫は、ね~~こ~~~。
犬は、い~~~~~ぬ。
私は、こ~しま~~と~も~~~~み。
ゆ~~っく~~り、してって~~ね~~~~ん。

京都市東山区夷町155-7 2F Tel:090-9697-3786 休廊日:月曜日

ギャラリー恵風  Gallery Keifu

ギャラリーのサイトへ

*今後周囲の状況を鑑み、変更することもございますので、ご来場の際はホームページやFacebookでご確認くださいませ。

 

〈1F〉
渡辺信明 展 ヒカリの頁


2024.6.13(木)~ 6.23(日)
※ 6.17(月)休廊

絵具の隙間から銀色光が放射状に差し込み、それはあらゆる地平線とも交差せず、ただ風のように画面に舞い降りた。
ヒカリは身体を持たない。私はページを一つ一つめくるように、その何気ない感覚のなかに見え隠れする絵画の粒子を集めてみたいと思った。(渡辺)

 

〈2F〉
髙木智子 個展 絵の展示
― 丁度のところ ー


2024.6.13(木)~ 6.23(日)
※ 6.17(月)休廊

同じ道を何度も通り、時間の変化を見ることもある。
しかし、蜘蛛の巣のその手前、3センチほどの赤い枝はずっと動かなかったりもする。
描いておきたいと思う木や、景色は、丁度よい具合でその形をとどめている。
丁度には、ピッタリや、キッカリという意味もあるが、辞書の例文を見ていると「不意に出会うよいもの」とゆう雰囲気も持っているようだ。
水彩の試し塗りから繋がった絵がたくさんある。放ってある紙をも一度見てみる。(髙木)

 

〈1F〉
奥野久美子 展 ー 優鬱 ー


2024.6.25(火)~ 6.30(日)

ヒエロニムス・ボスが「地獄」を、闇をうごめく異型たちでうめつくしたように、画家の表現をなぞらえることで、先行き不透明なパンデミックや戦争の時代を生きる、現代の不安感を表現している。現代ではうつ病や不安症が増加傾向にある。
身近な人が鬱になったときに、食生活の面で支えることしかできなかった。
その時の悩みや、食によって心が少しでも和らげばという祈りを絵に描き留めた。(奥野)

 

〈2F〉
澤村はるな 展 bedroom


2024.6.25(火)~ 6.30(日)

眠る
という行為は ふしぎ

どの人も 毎日眠りにつく

寝ている間は ありのままの自分

夢の中を さまよったり
深い水の中に潜るように 漂ったり
時には 無のような静けさをたたえる

今回 "眠り"をテーマに生みだした
paintingたちを 私の視点から
それぞれの部屋に分けて展示する

それぞれの "bedroom"をのぞいた時
どんな発見があるだろうか(澤村)

京都市左京区聖護院山王町21-3 TEL:075-771-1011 休廊日:月曜日

2kw gallery

ギャラリーのサイトへ
 

ばからくう
中屋敷智生


2024.6.1(土) 〜 6.23(日)
月・火・水 定休 最終日は17時終了

この度 2kw gallery では、画家・中屋敷智生個展「ばからくう」を開催いたします。近年、中屋敷はマスキングテープを絵具と同様の画材・メディウムとして使用しており、コラージュや切り絵を彷彿させる独特のレイヤーとテクスチャーのある絵画作品を数多く発表しています。マスキングテープは時に線や色面として、また時に物理的なレイヤーとして画面に出現します。キャンバス上で渾然一体となった絵具・マスキングテープ・余白は図と地の関係を曖昧にし、われわれの網膜像に由来する視覚認識(知覚・直観・思考)がいかに不確かであり、また美しいものであるかということを顕在化するでしょう。この機会にご高覧いただけますと幸いです。

2kw gallery


本展「ばからくう」は大型作品を中心に、ギャラリー全体を絵画で包み込むような空間として構成しています。この試みは、マーク・ロスコが 1958 年に「シーグラム壁画 」を制作した際の、「絵画ではなく場を作った」という言葉にインスピレーションを得ています。ロスコは抽象表現主義の画家でしたが、フォーマリズムには傾倒せず、独自の神秘思想やギリシャ神話などの宗教的要素を作品に取り入れました。しかし、展示空間に「場」を生成するという考えは、ともすると絵画から自立性を奪い、それらを環境装飾へと近づけてしまう危険性をはらんでいます。絵画はそのとき、鑑賞者を自らの前に立ち止まらせる力を失い、むしろ彼らを止めどない歩行へといざなうことになるでしょう。わたしたちは、シーグラム壁画でロスコが目指した「場」という理想郷に、安易に足を踏み入れるべきではないのかもしれません。

それを踏まえた上で、わたしが志す「絵画=場」とは、絵画を矩形から解放する試みでも、絵画を現実空間から分かつフレームを否定するものでもありません。相容れない複数のレイヤー、色彩や線の戯れによって生まれる現象としての絵画は、やがて「場」を通して他者のまなざしに遭遇します。絵画と鑑賞者は異なる志向性を持つがゆえに互いの理解を求め合い、「見る/見られる」というバトンを絶え間なく交換し続けます。このことはやがて「見るもの/見られるもの」の境界を曖昧にし、主客をゆるやかに再統合し始めるでしょう。こうしてわたしたちのまなざしは、主体も客体も、存在も無も、それら全てを包括する場所としての「絶対無」、すなわち仏教で説かれる「空」の状態へと還元されていくはずです。わたしは、自らが生み出す「絵画=場」において、「場」から「空」が紡ぎ出されるプロセスに限りなく迫りたい。そして、また、えがく、ことが、できればと考えています。

中屋敷 智生


アメリカの抽象画家、マーク・ロスコ(1903-1970)の「シーグラム壁画」と呼ばれる作品群は、50代半ばにして大家として認められたロスコが、1958 年春、マンハッタンに新しくできるシーグラム・ビル内のレストラン「フォー・シーズンズ」のために制作を依頼されたものです。最高級の料理と優れた現代アートを提供するというコンセプトのもとに、ロスコがレストランの一室の装飾を任されたのでした。しかし、ロスコが新境地を開いたシーグラム壁画は、その完成後にレストランで飾られることはありませんでした。なぜなら、オープン前の店を一足先に訪れたロスコはその雰囲気に幻滅し、契約を破棄したためです。こうして一度は行き場をなくした絵画群でしたが、うち 9 点が 1970 年にロンドンのテート・ギャラリー(現テート・モダン)へ寄贈され、1990 年には 7 点が DIC 川村記念美術館へ収蔵されることになりました。以来、このふたつの美術館ではシーグラム壁画のために一室を設け、常時公開しています。そのほか、ワシントン DC のフィリップス・コレクションにある「ロスコ・ルーム」、ヒューストンの「ロスコ・チャペル」を合わせると、ロスコの作品のみで出来上がった空間は世界に 4 ヶ所現存しています。

滋賀県大津市音羽台3-29-1 TEL:090-5241-8096 休廊日:月・火・水曜日

Gallery G-77

ギャラリーのサイトへ
 

KG+
アンナ・ハヤット & スラヴァ・ピルスキー展覧会
「Existence」(存在)


「人形」2023
ポラロイド写真、ライスペーパー
84 x 105 cm

2024.4.13(土) ~ 4.28(日)
11:00 ~ 18:00 (月曜日休み)

「ギャラリー G-77 は、プログラム KG+ (Kyotographie 2024) の一環として、イスラエル人写真家のアンナ・ハヤットとスラヴァ・ピルスキーによる「Existence」というタイトルの展覧会を開催します。

スタジオの内外で撮影された大判の白黒ポラロイド写真を通して、彼らはトラウマ、自己犠牲、そして現在進行中の戦争とテロの影響を深く受けているイスラエル社会における人生の脆弱さというテーマを探求しています。 彼らの作品は、厳格なドキュメンタリー表現から離れ、現在の出来事と共鳴する比喩的なイメージを構築します。 一貫したスタイルとテーマで統一されたこの展覧会には、ルネッサンスの美学と現代の写真を融合させたメインシリーズ「My Personal Jesus」が含まれます。 10月7日のテロ攻撃を受けて、アーティストたちは直接的なアプローチを反映した新作を作成し、共感と思索を呼び起こします。 素材や技術を試しながら、彼らは歴史的な遺物のように見える写真を作成し、時間の経過を伝え、見る人の経験に興味をそそる層を加えます。

京都市中京区中之町73-3 Tel:090-9419-2326 休廊日:月・火曜日

現代美術 艸居

ギャラリーのサイトへ

<艸居>

 

林秀行 回顧展


林秀行
背のびする丘
1995

H90 x W50 x D26 cm
H35.4 x W19.6 x D10.2 in.

2024.5.17(金)〜 6.15(土)

この度、艸居にて「林秀行 回顧展」を開催いたします。

惜しくも2024年3月29日に87歳で逝去されました林秀行は日本の陶芸界で長年にわたり活躍し、多くの人々に愛されてきました。彼の作品は、独自のスタイルと技術を持ち、日本の伝統的な焼き物文化と現代のアートシーンを融合させたものとして高く評価されています。本展では50年を渡って過去の代表的な作品と最新作品が展示されます。オブジェ作品からお茶碗、器まで約90点以上の作品が展示されます。

林は、陶芸界で革新的な動向を生み出した「走泥社」のメンバーの一人として、また、オブジェ作品を通じて現代陶芸の牽引者として活動してきました。彼は、陶芸の世界における職人の価値や重要性を強調し、日本の焼き物文化における役割や責任についても語ってきました。日本の焼き物文化が日常生活に密接に関わっていることや、文化の多様性が京都の焼き物文化に反映されていることを強調してきました。彼は、焼き物に携わる者として、文化の継承と発展に貢献することの重要性を認識してきました。

これまで前衛的なオブジェ作品を数多く制作し、オブジェ作品を作る際に、几帳面な計画よりも直感や手での作業に重きを置いてきました。彼は、合理性や効率性を追求する世の中において、自らの作品作りのスタイルが逆行していることを認識していましたが、その逆行こそが面白いものを生み出す源泉であると考えました。

本展は、日本の陶芸界だけにとどまらず重要な展覧会となることでしょう。作品を通じて、彼の芸術的な遺産を賞賛、彼の長年の功績を称えることができる貴重な機会になれば幸いです。

<艸居アネックス>

 

小池一馬
Paintings and Sculptures


小池一馬、《BC240122》
2024

H34 × W20 × D15 cm

2024.5.16(木)〜 6.27(木)

艸居アネックスでは、小池一馬の個展「Paintings and Sculptures」を開催いたします。 小池は、画家・彫刻家として現在大阪を拠点に活動しています。各地の偶像をモチーフに作られる黑い陶の彫刻で知られている小池ですが、2018 年以前はペインティングやドローイングを中心に発表をしていました。「Paintings and Sculptures」と題された本展では、黑い陶の彫刻8点に加え、新作のペインティングを7点展示いたします。

小池は近年、世界的に活躍するペインターたちと二人展を開催する機会に恵まれました。香港の AISHONANZUKA で、Djordje Ozbolt 氏(2023)と Jordy Kerwick 氏(2024)、デンマークの HAGD Contemporary で Henrik Godsk 氏(2023)など、彼らの個性的なペインティングと自身のセラミック彫刻を合わせて空間を作ることが、小池にとって絵画について考える重要な機会となりました。

本展では 2024 年に入ってから制作が開始されたペインティングシリーズ 「Garden」が初めて公開されます。小池の母方の家族は代々、造園業を営んできました。庭に強く興味を持ち、造園の仕事に携わったこともある小池は「庭をモチーフにした絵画」を作りたいと⻑年構想してきたと言います。

本展では、これまで以上にペインティングと彫刻の関係性を意識した展示をめざし、空間を創造します。艸居アネックスでは、初の個展となるこの貴重な機会に是非ともご高覧いただければ幸いです。

京都市東山区元町381-2 Tel: 075-746-4456 開廊時間:10:00AM- 6:00PM 休廊日: 日・月曜日

京都 蔦屋書店

ギャラリーのサイトへ

<5F エキシビションスペース>

 

上野裕二郎 個展
「Transformed Legacy」


「龍生九子」連作 部分 各H1455×W727mm
キャンバス、アクリル、油彩 2024

2024.5.18(土) ~ 6.10(月)

主催:京都 蔦屋書店
入場:無料

上野裕二郎は、東洋思想の「気」の思想をベースとして、東アジアで伝統的に描かれてきた龍や虎、鳥などの生き物をモチーフに描くアーティストです。それらを取り巻く目には見えないエネルギーや揺らぎを、具象と抽象を織り混ぜながら、鮮やかな色彩と筆のストロークで表現しています。
本展では、中国神話から、龍が生んだとされる姿形の異なる九匹の子を表す「龍生九子」をモチーフに、上野が独自の解釈で描いた連作を発表します。また、江戸時代の絵師、岸駒(がんく)と岸岱(がんたい)が描いた虎図から着想を得た新作「虎の子渡し」や、京都にルーツがある鵺(ぬえ)や麒麟(きりん)をモチーフとした作品など 、上野がテーマのひとつとする古典の再解釈を提示した作品約15点を展示します。

<アーティストステートメント>

西洋美術における大きな関心事の一つが「存在の表現」だったとすれば、対照的に、東洋では古来、物質と精神が不可分であり、すべてが流動的かつ相互に影響を及ぼし合うという「気」の思想が育まれてきました。
私は絵画制作を通じて、実在・非実在の生き物をモチーフに、それらが持つ「気」や外界との相互作用、そして物質と精神の観念的な流れに迫ることを表現の主題としています。「気」は世界の構成要素を陰と陽で説明する思想と密接に関連しており、私の作品では、陰と陽のようないくつかの対立概念(東西、過去と現在、具象と抽象、存在と非存在など)を取り入れています。
こうした表現を追求する上で、私は自己の感覚を解放する手段として筆勢に着目し、それを重層的に重ねていく手法を取っています。私は筆さばきで対象の気韻生動を捉えるという東洋絵画の伝統を参照しつつ、素材や技法面では西洋絵画の文脈を踏襲し、歴史や文化を継承しながら新たな表現として提示することを意図し制作しています。
「龍生九子」連作では、中国神話を題材に、龍が生んだとされる九頭の特徴の異なる生き物を独自の解釈で捉え直しました。これらの生き物は歴史を通じて建築や刀剣などの装飾としても用いられてきたモチーフであり、そうした背景を踏まえつつ、掛け軸のような大きさのタブローとして展開しています。
また、「虎の子渡し」の作品では、江戸時代後期の画家である岸駒とその息子の岸岱の「虎図」に着想を得ています。ちなみに「虎の子渡し」とは中国の故事で、虎の母親が三匹の子ども(うち一匹は豹で、豹は虎の仲間と考えられていた)を一匹ずつ対岸まで渡す際、子どもたちを一匹ずつにしておくと豹が虎を食べてしまうため苦労したという説話です。
このように、本展覧会では、私の問題意識のひとつである古典の再解釈と絵画的応用に焦点を絞る内容となっており、特に東アジアの故事や古典絵画に基づく作品を中心に展開しています。

上野裕二郎

<6F ギャラリー>

 

コケシスキー 個展
「時間と積層 -Time and Deposition-」


「mindview」

2024.6.7(金) ~ 6.25(火)

主催:京都 蔦屋書店
協力:BEAK 585 GALLERY
入場:無料

コケシスキーは多摩美術大学デザイン科卒業後に渡米し、Pratt Instituteを卒業。長くモーショングラフィック・デザイナーとして活動しながら、絵画制作も並行して行ってきました。2016年にはファインアートへ制作のフィールドを移し、精力的に活動しています。
2022年には戸田建設が主催する「京橋アートウォール」の第1回優秀作品に選ばれたほか、2023年、BEAK 585 GALERY(大阪)で関西での初個展を開催し、今回は関西での2回目の個展となります。
コケシスキーの作品の根底にあるのは「重なり」です。物質が積み重なること、イメージがオーバーラップすること、あるいは、幾重ものレイヤーで織りなされた風景など、世界を重なりの結果として捉えています。本展では、コケシスキーが活動初期から取り組んできた、重なった物質を少女のドレスに見立てた 「HEAP(ヒープ)」 のシリーズ、重なりには時間軸が内包されていることに気づき、近年精力的に取り組んでいる「時間の重なり」をテーマとした「ストリートビュー」 のシリーズ、そしてストリートビューから連想された「マインドビュー」の3つのシリーズによって構成します。

<アーティストステートメント>

時間は捉えどころがなく、 砂を掴むようだ。
砂は掴んでも、 こぶしのわずかな隙間を見つけては流れ落ちる。
現在とは手のひらの中にわずかに残る砂のようなものなのだろうか。
落ちていった砂は、 積み重なって過去の山になる。

作家としてのキャリアのはじまりから現在まで、 積層をテーマとして掲げてきた。 積層はあらゆる点で世界を構成し得ると、考えているからだ。
積層への関心は、 幼少期の体験に起因する。父の仕事場には、高く積み上げられた廃材の山があった。山に登ると、地面へと広がる瓦礫がまるで広がるドレスと重なって見えた。
瓦礫とドレスのオーバーラップを作品のテーマとして描いているうちに、積層には、落ちていく砂がガラスの底へと堆積していく砂時計のような時間軸を含んでいることに気が付いた。以来、 物理的な重なりから、 時間的な重なりへと思考は発展していった。

ストリートビューのような、 地図アプリによって表示されるインタラクティブな風景は、 360 度カメラで撮影された一瞬一瞬の画像を繋ぎ合わせることで、シームレスな風景が出来上がっている。 そして、 マップを進めていくことで目的地や施設を表示するアイコンが重なって現れる。こうした一瞬一瞬の風景の繋がりは、撮影者の時間軸と交差する事によって、突然、季節が変わったり、 朝方の風景が次の瞬間には夕焼けに包まれていたりする。
また、写真同士がうまく繋ぎ合わされていないことによるバグも頻繁に生まれる。
近年は、こうしたストリートビューに見られる特徴的な要素を作品に取り込むことにより、 時間の積層を表現している。本来なら時間は移ろうものかもしれないが、私には捉えようのない現在の堆積のように思えるのだ。
また、 ストリートビューから展開している、マインドビューのシリーズは、背景画像の要素と違ったアイコンを重ねることで、どんな輝ける現在も、アイコンを重ね合わせたその瞬間から、 過去の風景へと一変する、 時間の儚さを表現している。
捉えようのない現在は、 いまこの瞬間も、 過去の瓦礫となって積み上がっていく。

京都市下京区四条通寺町東入ニ丁目御旅町35 京都髙島屋S.C.[T8]5・6階
Tel: 075-606-4525 営業時間:10:00~20:00 (不定休)

美術館情報

京都市京セラ美術館
新館 東山キューブ

京都市美術館開館
90周年記念展
村上隆
もののけ 京都
2024.2.3(土)-
9.1(日)



京都市京セラ美術館
ザ・トライアングル

嶋春香:仮縫いと野良仕事
2024.3.5(火)-
6.23(日)


嶋春香
《移ろいの庭 scene #1》
2024年


京都市京セラ美術館
本館
北回廊・南回廊1階

パリ ポンピドゥー
センター
キュビスム展
―美の革命
ピカソ、ブラックから
ドローネー、
シャガールへ
2024.3.20(水・祝) -
7.7(日)



京都国立近代美術館

倉俣史朗のデザイン
―記憶のなかの小宇宙
2024.6.11(火)-
8.18(日)


美術館「えき」KYOTO

生誕150周年記念
菱田春草と
画壇の挑戦者たち
—大観、観山、
その後の日本画へ
2024.5.25(土)–
7.7(日)


菱田春草 《朝之牡丹》
1906年 水野美術館所蔵


京都文化博物館

<4・3階展示室>
特別展
松尾大社展
(まつのおたいしゃ)
みやこの西の
守護神
(まもりがみ)
2024.4.27(土)-
6.23(日)