◆展覧会についての最新情報は、各ギャラリーのサイトでご確認ください。

イムラアートギャラリー京都 imura art gallery Kyoto

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石井海音 個展
「視線のたより」


「起きた人」
2021年
キャンバスに油彩
507mm × 420mm

2021.10.1 (金) 〜 10.22(金)

今秋、イムラアートギャラリーでは初となる石井海音の個展を開催いたします。

石井海音は1994年大阪府生まれ、2020年京都市立芸術大学大学院美術研究科修士課程絵画専攻修了。同年、京都市立芸術大学作品展にて大学院市長賞を受賞、AATM アートアワードトーキョー丸の内2020にも出品(新丸ビル・東京)。2021年はグループ展「絵画の見かたreprise」(√K Contemporary・東京、2021年)、「biscuit gallery opening exhibition Ⅱ」(biscuit gallery・東京、2021年)などに参加。現在、注目を集める作家です。

石井の作品は、幼い頃から描いてきた絵や日常の延長線上である作家の個人的経験がモチーフとして描かれます。「可愛い」を意識して描かれる独自のキャラクターに加えて、線づかいが魅力的です。 構図は2次元的な構成ながら、画中画や、レイヤーとして重ねて描かれる線により、多層的な空間の広がりや時間の重なりなど、3次元、4次元的な印象を受けます。

本展では、新作約9点を展覧いたします。独自の絵画の試みにぜひご対峙ください。

〈作家ステイトメント〉

私が絵に送った視線は窓を抜け、鏡ではね返り、絵の中の絵をさまよったり、時には自分を見つめ返したりします。
「視線のたより」では、そんな別の世界へ広がる可能性を秘めたモチーフとともに、絵と私との眼差しのやりとりを描きました。

石井海音

京都市左京区丸太町通川端東入東丸太町31 Tel:075-761-7372 休廊日:日・月曜日&祝日

同時代ギャラリー DOHJIDAI GALLERY of ART

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〈ギャラリー〉

 

グルッポ・ルーチェ 第13回合同展


2021.9.20(月)〜 9.26(日)

青木隆幸 オカダミツヨ かわたなおこ
熊谷隆 F・ゴーツ 星野倫 山本高

写真の成立要件は、光と暗箱と感光材料の3つですが、その中でも最も重要な 要素である光を意味するイタリア語「ルーチェ」をわたしたちのグループ名とし ました。わたしたちにシャッターを押すその瞬間を教えてくれるのは、かすかな 気配を通じた光の合図にほかならないからです。グルッポ・ルーチェは、結成13 年のグループですが、定期的に作品をもちより、合評をともにしながら、 切磋琢磨を続けています。そして、年1回の合同展を、それぞれが自らの コンセプトを構築し、活動を続けてゆくためのマイル・ストーンとして位置づけ、 継続的に取り組んでいきたいと考えています。

京都市中京区三条御幸町南東角 1928ビル2階 Tel:075-256-6155 休廊日:月曜日

エンアーツ eN arts

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「15グラムの記憶」
林 勇気 個展


2021.9.3(金)〜 9.26(日)
会期中 金・土・日 12:00-18:00

月〜木曜日はアポイントメントを承ります
*ニュイブランシュ2021:2021.10.1(金)15:00-21:00

林勇気は、自身で撮影した画像をパソコンに取り込み、切り抜きをしたデータを重ねてアニメーション映像の制作を続けています。近年では「KYOTO STEAM 国際アートコンペティションスタートアップ展」(京都市京セラ美術館 / 京都)にて、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)とコラボレーション作品を制作する等、映像制作において多岐にわたる活動を展開しています。

今回の展覧会では、祖父の遺品から見つかったフロッピーディスクに記録された川の写真をたどるという物語。祖父が撮影したであろう写真、フロッピーに残っていた写真の川を辿る「私」の映像、Digital mavicaで撮影された映像。これらの映像の随所に散りばめられた欠片を集めてみてみると、祖父と私の感傷的な物語だけではない「何か」が浮かび上がってくることでしょう。

なお今回は、eN arts collectionに所蔵されているiPod touchを使用した映像作品「overlap」(2010年制作)も特別に展示予定です。本展とコレクション作品と、あわせてお楽しみ頂けますと嬉しく存じます。

桑原暢子 eN arts


祖父の遺品の中にフロッピーディスクとカメラがあった。撮影した写真をフロッピーディスクに記録する、2002年発売のソニー製の「Digital Mavica」というカメラだった。フロッピーディスクの中には祖父が撮影した近隣の川の写真が入っていた。私はそれらの川をたどろうと思った。

林 勇気

京都市東山区祇園北側627 円山公園内八坂神社北側 Tel:075-525-2355 開廊日:金・土・日曜日

ギャラリー16 galerie16

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岸田良子 展
「TARTANS」


2021.9.7 (火) ~ 9.25(土)

同時開催
INDEX : 岸田良子個展 写真 ≒ 絵画 / 再読〈カタログ〉

2010年から制作している「TARTANS」はスコットランドのタータンチェックの本から図柄を引用し拡大して描いている。DOUGLAS, GREY MACLEAN, HUNTING 等の題名は、タータンチェックの名前でもある。P80号のキャンバスに筆を使わず油絵の具、ペインティングナイフ、マスキングテープを用いて制作している。

 

中島伽耶子 展
「Talk to the wall」


2021.9.28 (火) ~ 10.9(土)

▶︎ニュイ・ブランシュ KYOTO 2021
 10.1(金)12:00〜21:00

物事を隔てる壁や境界線をモチーフにしながら、場所との関わりを出発点に作品を制作しています。積極的に作品の中に変化を取り入れ、空間と作品とが一体となる、緊張感のある場所作りを目指します。

作品の中での壁や境界線は、多くの場合突破される対象です。変化を伴う光が、壁を貫通し内と外とを繋げます。外敵から守るためなのか、もしくは何かを閉じ込めるためなのか、様々な要素を持つ壁が突破され、変化が介入することで、私達は改めて自身が立っている「場所」を意識できるのではないでしょうか。何かが境界線を越える、この変化が持つ希望と暴力性を作品に取り込みたいと考えています。

 

岡本里栄 個展
「Who Am I ?」


2021.10.12 (火) ~ 10.23(土)

Who Am I ?
わたしとは誰のことか。どこまでがわたしなのか。 人は自身のことを何であるか誰であるか、どうやって捉えているのだろうか。
ありのままの自分と言われて裸の自分を思い描く人はどれくらいいるだろう。 私はありのまま=一糸纏わぬ姿だとは思わない。 身に纏う衣服はわたしをわたしたらしめる重要な要素ではないだろうか。
選ぶこと・選べないこと・選ばされること。
例えば誰かがピンクの服を選ぶこと、フリルを、レースを、花柄を、スカートを選ぶこと。 例えば誰かが他者に決められたルールのもとで望むと望まざるとにかかわらずベールをかぶること。
それが“わたし”になっていくだろう。それは自らが選択していてもいなくとも。 脱がれた衣服は誰かの選択の痕跡であり、誰かの脱け殻であり、その人自身である。 私は人を描いている。

京都市東山区三条通白川橋上ル石泉院町394 戸川ビル3階 Tel:075-751-9238 休廊日:月曜日

ギャラリーギャラリー GALLERYGALLERY

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小山 明・小林清美
(mixed media)


2021.9.18 (土) 〜 10.17(日)

2021年春、Kyotographieと同時開催予定だったLost in the Stars 展の映像記録を、小さな30cmの透明キューブに展示しています。展覧会は、私たち人間の外部の宇宙「星空」と内部の宇宙「本」をつなぐ試みで、ケプラーとヴィトゲンシュタインへのオマージュとして制作されています。

映像装置Shadow Boxは網膜の内部空間を想定した光と影のためのメカニズムであり、これまでの「Cinema Obscura」や「Kino Cycle -immaterial runaround」などの人間の視覚をテーマとした作品の延長線上にある技術的なプロジェクトのひとつです。

本作品はKyotographieの開催期間中展示されています。

京都市下京区河原町四条下ル東側 寿ビル5階 Tel:075-341-1501 休廊日:木曜日

ヴォイス・ギャラリー MATSUO MEGUMI+VOICE GALLERY pfs/w

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西村勇人
「Mounds」 KG+参加


"Mounds #10"

2021.9.17(金)~ 10.3(日)13〜19時
休廊日:9.21(火) 27(月) 28日(火)

<展示室A&B>
このシリーズは、現代人の暮らしの傍らで、それとは無関係に存在しつつ景色のなかで交ざり合う古墳に着目して、歳月の積層の上に生きる人間のありようを現出させることを試みるものである。古墳は十数世紀前に権力者の眠る墓として象徴性も持ちつつ築造されたが、現在に至る過程とりわけ高度成長期の急激な都市化において尊厳を保持されないかたちで毀損され、または都市のうちに埋もれ静安を保てなくなっているものが少なくない。ごく近年に文化遺産としての価値が認識され、保護・保全の対象となってきた。しかしながら、すでに進んだ都市化のために家屋・公共施設や公共インフラなどとの間に緩衝もなく墳丘が残る景観は、時間も意識も大きく隔たる人間の営みが隣り合う奇異な相をなしている。

西村勇人

京都市下京区富小路通高辻上る筋屋町147-1 Tel:075-341-0222 営業時間:11時~19時 休廊日:月・火曜日

京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA

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<@KCUA 1.2.Gallery B.C>

 

SPECIAL EXHIBITIONS
KYOTO EXPERIMENT 2021 AUTUMN
チェン・ティエンジュオ
「牧羊人」


2021.10.5(火)〜 10.31(日)

企画:KYOTO EXPERIMENT
   京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA
制作:partner in crime
主催:京都国際舞台芸術祭実行委員会
   京都市立芸術大学

パフォーマンスから映像、デザイン、ファッション、電子音楽、宗教まで、ジャンルやメディアを自由に横断する中国ミレニアル世代の旗手、チェン・ティエンジュオによる日本での初個展を開催します。チェンの作品制作の過程において、パフォーマンスはのちに独立した映像作品へと発展を遂げ、それをさらに彫刻や絵画、空間と融合させることで、新たなパフォーマンスの舞台を生み出し、創造的で有機的な進化を重ねていきます。

本展のタイトルである「牧羊人」(ムーヤンレン)は、中国語で「羊飼い」を意味し、多くの宗教において「失われた魂の探究」を意味するメタファーであり、転じて精神的変容の出発点を象徴します。チベット系仏教の信者であり、現代のクラブカルチャーにも精通するチェンの手によって、神秘的な宗教儀式とレイブパーティが混淆したような祝祭的空間を出現させます。メインルームでは最新の映像作品《The Dust》にもとづいたパフォーマティブ・インスタレーションを展開。また、旧作の《TRANCE》や《ISHVARA》、《An Atypical Brain Damage》などを併せて紹介することで、キッチュでクイア、そして恍惚に満ちたチェンの精神世界へ多面的に接近します。

京都市中京区油小路通御池押油小路町238番地の1 Tel:075-334-2204 休廊日:月曜日

MORI YU GALLERY 京都

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「Penetrating sock/ets
—浸透し合う穴 」
浜崎亮太 世良剛 寺村利規


2021.8.18 (水) 〜 9.17(金)

「socket」とは日本語でいうコンセントを意味する。socket には「穴をつける」という意味もある。「socket」は、電気をとる 受口であり、また、拡大解釈すれば、ひとつの世界と別の世界を繋ぐものとも考えられる。今回取り上げる三人は、作風も三者三 様ではあるが、この socket という言う言葉が奇妙に合う気がしてならない。三人の作品には、二つの世界、場所のようなものがまず存在する。「socket」は、その二つの世界を繋ぐ「穴」なのだが、それによって、それぞれの世界は、異質なものとして単に繋 がれて表現されているのではない。重要なのは、「socket」によって、質の違う世界が「互いに浸透し合う」ように繋げられてい るところなのだ。それは、まるで sock(靴下)のように、伸縮自在な足を入れる穴でありながら、時に人に打撃を与えると言う意 味も持つ。そして、穴である靴下には、さらにその指先からさらなる穴が空いていくように、どんどん違う世界と繋がっていく。
三人の作品は、どこまでも続く非連続かつ連続的な穴を創造していく。三者三様の表現による作品群をどうぞご高覧ください。

浜崎亮太は、映像作品『Void』を展示。都市部の砂浜を掘り続ける女性を撮影したシングルチャンネル作品。
約20年前に制作した『幾つかの灰』という作品では同様に都市部の砂浜を男性が掘り続けるシーンを部分的に用いていたが、 禅問答に触発されたコンセプトにより新しく制作された。女性は黙々と海岸に穴を掘っていく。ゆらゆらと固定されないカメラ ワークで撮影された映像は、時の流れを、たゆたう時間を誇張するようにも見える。
浜崎は映像作品に加え、オブジェ作品も発表している。『Motionless arrows are flying』は、白い平面に鉄パイプが垂直に 屹立する作品。微かな音に気づくと、パイプに細い棒が繰り返し繰り返しあたり続けている。永遠にその場から進まない針は、我々 に時間というものを強く意識させる。浜崎は、「アキレスと亀」などで知られるゼノンのパラドックス「飛んでいる矢は止まっている」という有名な言葉から着想を得て本作品を制作したと語る。時間というものが静止した瞬間の連続で成り立っていて、その一瞬を取り出せば飛んでいる矢は動いていないというものである。ただ、「もしどんなものもそれ自身と等しいものに対応しているときには常に静止しており、移動するものは今において常にそれ自身と等しいものに対応しているならば、移動する矢は動 かない、とかれ(ゼノン)は言うのである(アリストテレス『自然学』第 6 巻第 9 章)」という文章を引用しつつ、浜崎は、一切 のものは流転変転しているという仏教の色即是空、空即是色という意味に等しいと語る。止まって見える矢は、写真と動画、フィルム映画やいわゆるパラパラ漫画の起源であると浜崎は捉えつつも、そうした矢のように、映像における一枚一枚の写真は、一見止まっているようで、その実ある種の動き、芳醇な時間が含まれており、同時にそれらの写真を繋ぐ何もないような「空(くう)」ともとれる「間」にも、それを撮影した撮影者の表現が詰まっていると考えているのではないだろうか。
また万物すべては動き続け、変化し続けるという概念は、『Motionless arrows are flying』の針が、空洞のパイプという物、場を叩き続けることによってさらに強調される。パイプは、横から見ればまるで男性のシンボルのような棒であり、垂直方向から見れば奥深き穴であり、同時に「空」を表しているともとれよう。パイプは「空」でありつつも確かに存在する「場」として 意味づけられており、存在と非存在の「間」に在るのだと浜崎は考えるのではないだろうか。
ようやくここに至って、針によって打たれ続ける穴たるパイプと行為者(過去作の男性、新作の女性)によって掘り続けられる穴が通底していることが明らかになってくる。多くの示唆に富んだ『Motionless arrows are flying』は、映像的な要素を多 分に含んだ作品と言えるであろう。禅僧の古事「三平開胸」や平櫛田中の「活人箭」から着想を得ているということも我々の理 解を助けてくれる。新作『Tube』( 麻袋と CT 画像の作品 ) もまた、禅の公案「麻三斤」をモチーフに制作した作品となっている。

世良剛は、キャンヴァスに網目を描く。世良は、それはメロンの表皮にある網目であると語る。
「メロンの網目って自身が成長して大きくなるにつれて表面が割れてできる傷を自己防御するかさぶたみたいなものなんです。それを繰り返して最後には美しい姿になっていく。それってヒトのそれとも共通する点は多いにあって、でもメロンの無意識的な生への渇望は自然であり、その明快さが、メロンの網を私に描かせるんだと思います」。
世良の描く線は、直線ではなく、常に揺れているような曲線がキャンヴァス上を走る。線と線の間にある空間は、もちろんメ ロンの表皮であり、またその下に広がるメロンの内部を表象していると世良は語るであろう。表皮を繋ぎ合わせた線と線の間に ある内部への入り口として網目の間にある表皮は、世良の絵画の穴とも言える。鑑賞者は、線に惹きつけられつつも、線の間にあるその穴にも意識が向くに違いない。過去作で世良が使用していたレースという素材も、線と同様に穴の概念が重要なもので あった。キャンヴァス表面という肉体を覆うレースの穴から見え隠れするキャンヴァスの一部たる肉は、肉体(キャンヴァス) の一部である肉でありながら、レースの線と同時に存在することによって、より異質なものとして鑑賞者に届いていた。それはレースを纏う肉体から零れ落ちるような肉の破片が異質な感覚を見るものに与えるように、単にレイヤーと言ったものでは説明不可 能な浸透しあった線と穴を生み出していた。そう言う意味において、メロン内部の液から作り出された線状の網目と表皮とは、異質でありながら、縺れ合いながら、浸透し合い、その存在を互いに示し合うのだ。

寺村利規は約5年振りの新作を発表。
「訪問者」。
日常において、少しだけ異物なるもの、それは、当然不可解で、その差異があまりにも微妙であるがゆえに、顕在化せず、また言語化できない。そうであるがゆえに、それを我々は忘却してしまう。その繰り返しが日常ではないだろうか。ただ普通はそれでいいのだ。
ただ、時に、訪問者という異物によって、ある人は、いつの間にか、無意識に、穴のようなものに落ちてしまうこともある。非 日常性は、日常の背後に潜むものであるという解釈にそえば、不気味なものは、ふっと現実味を増してくる。その場所こそが、 日常と非日常をつなく穴である。普通では起こり得ないことが、何故か現実化してくる瞬間を寺村は描き出す。寺村の絵画が興味深いのは、日常と非日常が異質なるものとして、別の次元にあるのではなく、相互に絡み合うものとして互いに浸透しているように描くのだ。優しくも恐ろしいその訪問者は、二つの顔を有しながら、現実と非現実の切れ目のような綱渡りのロープの上を歩いてやってくる。そして、日常にいる人々、そして我々のそばに、訪問者は、いつの間にか存在しているのだと寺村は語る のであろう。寺村の描く人物の背景、それは穴のような憂いと不安と未来への希望を備えつつ、描かれた訪問者と共に絵画でありつつ、時に映像のようにも見えてくる。映像と絵画の境目にあって、相互に浸透し合う不思議な作品である。
「その灰色をした、くすんだ、しかし見据える様な眼差しが、我々に向けられ、馴染みのある隠されていたものが、再び現れる様を、体験してもらいたい。」-寺村利規

京都市左京区聖護院蓮華蔵町4-19 Tel:075-950-5230 休廊日:月曜日・火曜日・祝日

ギャラリー ヒルゲート  Gallery Hillgate

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〈1 F〉
坂井眞理子 展
「世界の歴史を揺るがした女性たち」(油彩)

2021.9.21 (火) ~ 9.26 (日)

世界の歴史を揺るがした有名な女性たちの顔を、画家の想像で描いた。私の創作のコンセプトは「いのち」だ。私はこれ等の女性たちの生きたそのいのちのすごさを感じて、その輝くいのちを、私の大好きな「赤」で描いてみた。

 

〈2 F〉
「第29回 洛楽展」
(洛南高等学校美術部OB展)」


2021.9.21 (火) ~ 9.26 (日)

 

〈1 F〉
「西久松友花展」(陶)

2021.9.28 (火) ~ 10.3 (日)

 

〈2 F〉
(A室)大西正彦 写真展
(B室)藪田正弘 作品展
「 MANHATTA-N(2021)
~多層の街、その”かたち”を描く」(写真)



2021.9.28 (火) ~ 10.3 (日)

ヴァンダイク・プリント(古典写真技法)による唯一無二のマンハッタン
時間を超えて堆積されたこの街の“かたち”を褐色の輪郭線で表現しました。
マンハッタンは夢の地として19世紀から世界中の人たちを引き寄せ続けてきました。高層ビル群が描き出すスカイライン、直角に交差する真っすぐな街路、そこを行き交う車や多様な人々…人々を魅惑するこの街のイメージはいつのころから形づくられたのでしょうか。

100年前の記録映像と現在の姿との乖離は驚くほど小さく感じられます。写真を芸術の分野として確立した写真家の一人とされるポール・ストランドが友人とともに制作した短編映画「MANHATTA(1921)」には今に通じるこの街の姿が記録されています。外形だけではなく自由や豊かさ、様々な人種や言語、常に若々しくある文化といった無形の要素も街の姿とともに脈々と受け継がれて、この街のイメージが形づくられているように思えます。

地層のように長い時間をかけて堆積されたこの街のイメージを表現するため古典写真技法のひとつヴァンダイク・プリント技法を採りました。色彩を省き、褐色の輪郭線によって“かたち”を描くことで街と人を記録しました。薬品塗布の刷毛の滑り、使用する印画紙の特性、露光の微妙な長短など多くの不確定な手作業を経て完成させた唯一無二のプリントに、“マンハッタン”を定着させました。

Maco (藪田正弘)

 

1・2 F
栗本夏樹 漆造形展
「宙・Sora」(漆)

2021.10.5 (火) ~ 10.10 (日)

 

〈1 F〉
谷なつ子 展
(ミクストメディア)

2021.10.12 (火) ~ 10.17 (日)

 

〈2 F〉
上杉 尚 個展
「Resolution」(水彩他)

2021.10.12 (火) ~ 10.17 (日)

 

〈奥庭空間〉
山田 実 展
「EHO- 恵方(南南東)
N35°00′93 ″E135°76′69″(彫刻)」

2021.8.10 (火) ~ 12.19 (日)

ギャラリーヒルゲートでは、北山杉を使った恵方の作品を展示、2021年の恵方は南南東です。
このことで、位置と方向を表現しています。
「N35°00′93 ″E135°76′69″」はギャラリーヒルゲートの緯度経度です。

京都市中京区寺町通三条上る天性寺前町535番地 Tel:075-231-3702 休廊日:月曜日

京都芸術センター Kyoto Art Center

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<ギャラリー南、大広間、他>

 

【KYOTO EXPERIMENT】
ホー・ツーニェン
《ヴォイス・オブ・ヴォイド—虚無の声》
YCAMとのコラボレーション


撮影:三嶋一路
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

2021.10.1(金)〜 10.24(日)

VRや3Dアニメを用いて、戦時下の「声」を蘇らせる

シンガポール出身のホー・ツーニェンは、歴史的、哲学的なテクストや素材から、映像作品や演劇的パフォーマンスを発表してきたアーティスト。近年は東南アジアの近現代史につながる、第二次世界大戦期の日本に関心を拡げており、その新作が「京都学派」(西田幾多郎[1870〜1945]や田辺元[1885〜1962]を中心に京都帝国大学で形成された知識人のグループ)をテーマにした映像/ VRインスタレーション。山口情報芸術センター[YCAM]での展覧会に続き、今回、作品テーマと深く関わりのある京都で展示を行う。

作品では主に、京都学派の4人の思想家が真珠湾攻撃の直前、1941年11月末に京都・東山の料亭で行った座談会の記録と、同時代の関連テクストや証言を読み解いていく。結果として、太平洋戦争を思想面で支えたと批判も受ける京都学派だが、ここで行うのは歴史の単純化でも、論理の糾弾でもない。3Dアニメーション、日本のアニメの美学を融合させたVRによって、鑑賞者をアニメーションの登場人物へと同一化させながら、「歴史の再演」を目撃させていく。会場は明治初期に開校し、1931年に改築された旧小学校。「過去からの声」を蘇らせるための格好の舞台装置となるに違いない。

京都市中京区室町通蛸薬師下る山伏山町546-2 Tel:075-213-1000

ギャラリー知

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松岡日菜子
「せいかつのご褒美」

2021.7.10 (土) 〜 7.24(土)
金・土・日曜営業
13:00-19:00 最終日17時迄
※ご予約なしでご覧いただけます。

〈アーティストステートメント〉

絵画とは非日常(祝祭的)の中で生み出されるものだと思う。

日常生活において全ての感覚は、個人一人ひとりの一方向からの記憶の断片でしかない。

もし同じ出来事が起こったとしても 時間帯、天気、角度、その場の雰囲気でその「全ての感覚」は簡単に変化してしまう。平等に全体が捉えられることは永遠にない。
そしてそれは自分の絵画制作と深いつながりがあると感じる。

支持体に絵具を乗せる。とてもとても、シンプルな行為であるが、昨日と今日で全く絵が違って見える場合がよくある。それは制作において、非凡で普遍的なものだ。

私は絵を描き始めてから、描き終えるまで、毎回断片を集め続ける。 そして一枚の絵が完成したときに日常から遠く離れ、とてもうれしい気分になる。急に現れる非日常(祝祭的)感でうれしくなる。そして、それがまた見たくなる。

完成したもの(絵画)を見たがるというのは、断片を集めて完成したハリボテの全体でもいいから見たいという欲求が自分の中にあるからだ。
絵画はそれを私にみせてくれる。とても良いものである。

松岡日菜子

京都市中京区寺町通丸太町東入る南側下御霊前町633 青山ビル1F Tel:075-585-4160 休廊日:月曜日

KUNST ARZT

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■新型コロナウイルス感染対策を行った上で、展覧会を開催しております。

 

宮岡俊夫 個展
「天皇-精神の焼跡-」


「Figure-Ghost Of Showa Era-」
2020
油彩、カンヴァス F60(131×97cm)

2021.9.21(火)〜 9.26(日)

KUNST ARZT では、3年ぶり3度目となる 宮岡俊夫の個展を開催します。
宮岡俊夫は、小さなイメージを 逆さまに描く手法をベースに 絵画表現するアーティストです。
モチーフは、雑誌やインターネットから “匿名性の高い風景画像”を選んできましたが、 2020年から、ある意味逆のベクトルである “ある特定の人物画像”のシリーズが始まりました。
そこには「日本の近代化を支えてきた “日本人の精神”を徹底的に批判し解体する」 というアーティストの信念があります。
ご注目ください。

KUNST ARZT 岡本光博


〈アーティスト・ステートメント〉

僕は日本の近代化を支えてきた“日本人の精神”を徹底的に批判し解体するためにこのシリーズを描いた。

宮岡俊夫

 

久保木 要 個展
「CURTAIN CALL」


「パラレール」 (2021) 展示風景

2021.9.28(火)〜 10.3(日)
*10月1日(金)のみ12:00から22:00

KUNST ARZTでは、昨年に引き続き、4度目となる 久保木要の個展を開催します。
久保木要は、“未知の文明”をレーザーカットした アクリル板によるオブジェやレリーフで 表現するアーティストです。
陶で表現していた頃は、 “未知の文明の痕跡”がテーマでしたが、 アクリル板は極めて現代的で代替可能な 工業素材であり、かつデータによる保存、 再生が可能であることで、 “痕跡”という過去だけでなく、 現在進行形の未知の文明にも 射程が広がりました。
本展は、音と光をメッセージに変換する、 呪術的な道具をイメージした作品群で 構成します。ご注目ください。

KUNST ARZT 岡本光博


*本展は「ニュイ・ブランシュKYOTO 2021」参加展覧会として開催予定です。

京都市東山区夷町155-7 2F Tel:090-9697-3786 休廊日:月曜日

ギャラリー モーニング  gallery morning kyoto

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PRINT 2021
版画旅行16


2021.9.18(土)〜 10.3(日)

一枚の版画からアートの旅へ出かけよう。

※10.1(金)はニュイ・ブランシュ KYOTO 2021 「Horizon(展望)」
パリ白夜祭の開催に伴い、22:00までオープンします。

イシイ アツコ
一圓達夫
マツモト ヨーコ
吉原英里

河崎ひろみ
田村洋子
本田このみ
若木くるみ

 

河崎ひろみ 展
「あらゆるものと小さなひとつのために」


2021.10.9(土)〜 10.17(日)

小さい頃 大地はまっすぐに続いていると思っていた
地球は球体であると教えられても大きすぎて実感できない

でも想像はできる
そんな地球もほんの小さな惑星にすぎないが
そこにはたくさんのいきものが生きている
そのひとつひとつもまた 多くの要素から成り立っている
そのすべてが 奇跡のように思えたり
あたりまえのことのように思えたり
無関係のようにみえて つながっていたり・・・

世界は不思議に満ちている

京都市東山区中之町207 (三条通白川橋東入四丁目、三条通岡崎広道西南角)
TEL:075-771-1213 休廊日・月曜日

ギャラリー恵風  Gallery Keifu

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*今後周囲の状況を鑑み、変更することもございますので、ご来場の際はホームページやFacebookでご確認くださいませ。

 

〈1 F〉
城 愛音 個展
「Afterimage Ⅱ」


2021.9.21(火)~ 9.26(日)

人物の瞬間を切り取り、鮮やかな色彩を紡いでゆく。
ストロークの重なりが画面内を流動し、光を捉えたかのように輝きを放つ。相手を描いているのか私自身なのか。筆の方向次第で顔は表情を変化させ、金属的な煌きの中へ溶けてゆく。
画面と向き合いながら色を選び取り、疾走、焦燥、軽やかさを感じて絵画の浮遊感を探っている。
今展覧会タイトルの「Afterimage」には残像という意味がある。
一瞬捉えたかのような光の動き、いずれ埋没してしまう感覚を画面の中にとどめれれば。 (城)

 

〈2 F〉
王 杰 展
「光がある」


2021.9.21(火)~ 9.26(日)

私にとって絵を描くことは光そのものであります。
遠くからきた手紙を読む女、雪を眺める女、通りすがりの鏡に映る女、路上の花に惹かれる女など、 普段にある風景をテーマに制作しています。
誰にもみて理解できる絵そのものを表現しており、日常の曖昧なものから抜け出します。
制作には今まで学んできた伝統技法を用いて、麻布の上に岩絵具で行っています。

今回の展覧会では、私にとっての光を感じていただきたいと思っています。
ご高覧いただければ幸いです。 (王)

 

〈1 F〉
四間丁 愛 個展
[知らない人たち]


2021.9.28(火)~ 10.3(日)

街を歩くとき、ただ一人の人物が立ち現れる瞬間がある。
その時の様子を記録し、それを絵に起こす。しかしそれは完璧なイメージではない。歪さを持った塊だ。わかったことはわからなかったという事実だ。
けれど、わからなさの自覚は人を人として認識する始まりのような希望も感じている。 (四間丁)

 

〈2 F〉
大西涼子 藪内あかね 二人展


2021.9.28(火)~ 10.3(日)

一見可愛いと思うような造形の中に女性が抱える性差による不利益や暴力被害といった負の一面を含ませた絵画、ドローイングを制作する。自身が直面した問題、友人知人の体験談、SNSで散見される性差による不利益の話、などを題材にしている。 (大西)

日々暮らす中で忘れていってしまう、
記憶しきれない思い出や経験を絵にすることで手元にとどめたい、
というわがままが絵を描く動機。 (薮内)

同大学院に所属する、大西涼子、薮内あかねによる2人展です。
ぜひご高覧ください。

京都市左京区聖護院山王町21-3 TEL:075-771-1011 休廊日:月曜日

2kw gallery

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黒瀬 剋
「流動の絵画の方へ」



2021.9.4 (土) 〜 9.26(日)

私の絵画はいつもイメージの途上の最中にあって、そこに観る者の生の途上の視線が重なると絵画としての出現を果たすことになる。その姿はいつも完結する満足感を欠乏させたまま次の場所へ推移しようとする予兆を孕んでいる。だから私はそれらの作品を流動の絵画と呼ぶことにしたのだった。流動の絵画はこれまでの出所もこれからの行き先も地続きのままにあえて放逐してあるから、その流れの只中に身を投じれば自ずと制作の場が推進できるよう意図されている。そこで成されるのはその画面の中から私に向かってやってくる新たな「意味」のようなものを発生させることである。それは私の絵画という場がなければ発生しなかったはずのそれ以前にはなかった「生まれたての意味」のようなもので、私の絵画の中に見い出された時点で初めて与えられるような思いもかけないものたちなのである。

滋賀県大津市音羽台3-29-1 TEL:090-5241-8096 休廊日:月・火・水曜日

Gallery G-77

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秋田京花
「すべての見えない光」


2021.6 20(日) 〜 6.28(月)
*14:30ー19:00

強い太陽の光が降り注ぐ中でフラッシュを焚き、シャッターを押すと、普段自分たちの目では見ることのできない光の柱が出現することに気がつきました。夫のポートレートを撮影していた時のことです。被写体の顔が消えてしまっている時点で、ポートレートとしては不出来なものかもしれませんが、強い光に光を返すことで、目では見えない何かが出現すること、その現象そのものが私にとって新鮮な、興味深い体験でした。

顔の見えない夫のポートレートを眺めながら、私はぼんやりと母のことを思いました。光に顔を奪われた夫の姿は、もはや性別も年齢も存在しない、知っているようで何も知らない人のことを思わせました。私が1歳になるまでに両親が離婚し、父親に引き取られ、それ以来母に一度も会ったことがないために、私は母の顔を知りません。母の写真も処分されたため、一枚も残っていません。
顔のないポートレートに写っている人、それが今の私の唯一の家族であること。家族写真という点では、そこに立っているのが母でもおかしくなかったこと。全く別の人でもおかしくなかったこと。どれだけ写真を撮り続けても、恐らくこの先母の顔を知ることも、写真に収めることもないこと。

ほんの少しの偶然が重なって立ち上がる一枚一枚の写真と、そこから取りこぼされる時間、その中にしか存在し得ない人。これほど膨大な量の写真が溢れる時代に、母の写真一枚持っていない私は、母の存在と、その母から自分が生まれてきた事実そのものをどのように理解すれば良いのかと、戸惑いました。何かを見るということは、恐らく、何かを見逃すこととほとんど同義であるのでしょう。写真として拾い集めることの叶わなかった時間や、人は、どこかへ消えてしまうのでしょうか。

・・・・・・・・・
近くに潜んでいながらも目では見ることのできない光、物理的な(あるいは時間的・精神的な)距離があるが故に決して見ることのできない光、すべての見えない光のことを思いました。
目では見ることのできない光を、存在しないと言い切ることができるでしょうか。もしそれができるのだとすれば、顔の知らない母から生まれた私の身体など、今ここに存在してすらいないと思うのです。

秋田京花

京都市中京区中之町73-3 Tel:090-9419-2326 休廊日:月・火曜日

現代美術 艸居

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井口大輔
銹陶 ―深化―


左より:
銹変陶銀彩器, 2021, 陶土、酸化金属、土灰、籾灰、銀,
H37.9 × W36 × D32.6 cm:
銹 陶銀彩壺, 2021, 陶土、土灰、籾灰、銀,
H22.3 × W20.9 × D19.2 cm:
銹変陶銀彩壺, 2021, 陶土、酸化金 属、土灰、籾灰、銀,
H40.4 × W23.4 × D16.9 cm:
銹変陶壺, 2021, 陶土、酸化金属、土灰、籾灰,
H52.2 × W28.4 × D20.7 cm:
銹陶銀彩壺, 2021, 陶土、土灰、籾灰、銀,
H46.8 × W24.4 × D24.4 cm

2021.9.18 (土) 〜 10.30 (土)

現代美術 艸居では「井口大輔 銹陶 ―深化―」を開催致します。井口は、古代の造形物のなんともいえぬ力づよさ、時の経過により腐食していくモノの美しさに感化され、時の深さを作品に表現します。その作品は造形、質感、彩色をより深く探求する井口ならではの静かな佇まいを彷彿させます。近年は美術館展や個展を開催、海外のアートフェアにも出品するなど国内外で更なる注目が集まっています。艸居で初の個展となる今展では、新作17点を含めた計20点を展示いたします。

「銹陶(しゅうとう)」とは、その錆びたような肌合いの作品に井口が自らつけた呼称です。成形して素焼きをした後、水で溶いた籾殻の灰を全面にむらなく吹き付けて焼成。焼き上がり後白く粉を吹いたようになる作品の表面をワイヤーブラシで磨いていくと、その下からこの独特な肌合いが現れます。「鉄の錆や苔むした石など、自然界で時の経過により朽ちていく表情に強く魅力を感じる」と語る井口。この技法にたどり着くまでには、石や木など様々な素材を用いた長年の試行錯誤がありました。現在は籾殻の灰に何を混ぜるかによって色の表情を変えたりと新しい表現にも取り組んでいます。

また、井口の作品に特徴的なのは紐づくりによって形作られる柔らかな丸みと緊張感を帯びたシャープな輪郭です。さまざまな制作を進めていくにつれ、”器“という制約がある中で形にする難しさと面白さに魅了された井口は、「そのものの内側と外側、それが交わる線、そして素材の美しさを損なわぬよう、歪みなく緊張感のある造形を強く意識し、またそれらの魅力を引き出せるような彩色を 心がけて制作している」と語ります。作品表面の細かな線条は細長く切り出したマスキングテープを一本一本丁寧に貼り付けて彩色することにより描き出されたもので、錆びた風合いの肌と共に作品のフォルムを一層引き立たせ、時の重なりを感じさせます。

自身の造形表現への飽くなき探求を繰り返し、ますますの深化を遂げている井口の「銹陶」の世界をこの機会にぜひご高覧ください。

<艸居アネックス>

 

草間喆雄 個展
80年代から 2021年まで


前期:2021.9.25 (土) 〜 10.23 (土)
後期:2021.10.30 (土) 〜 11.27 (土)

(京都市中京区一之船入町375 SSSビル3階)

京都市東山区元町381-2 Tel: 075-746-4456 開廊時間:10:00AM- 6:00PM 休廊日: 日・月曜日