◆展覧会についての最新情報は、各ギャラリーのサイトでご確認ください。

イムラアートギャラリー京都 imura art gallery Kyoto

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木村秀樹 展


《A Couple of Fall》180 X 250 X 5cm
Acrylic on Canvas, 2026


《Lattice on Grid 10》150 X 110 X 5 cm
Acrylic on Canvas, 2025

2026.3.28 (土) ~ 4.18(土)
12:00 - 18:00 * 日月祝休廊
ギャラリートーク:3.28 (土) 16:00-
 和歌山県立近代美術館 学芸員 青木加苗

この度、イムラアートギャラリーでは、木村秀樹展を開催いたします。

木村は、版画をルーツに持ち、シルクスクリーン技法を基軸として独自の絵画空間を切り拓いてきた作家です。 1970年代より現代版画を代表する存在として活動し、絵画と版画の境界を横断してきました。「半透明」をひとつの主題として、重層する像と物質の関係を提示しました。以降も、絵具をスキージで引き延ばし(スキージング)、さらに幾層にもわたるサンディングを施す工程を通して、絵画表面に時間と行為の痕跡を刻み込んできました。ときに4~5層、多い場合には6~7層にも及ぶ群青のレイヤーは、顔料と透明マットによってミルキーな擦りガラス状の質感を生み出し、窓や鏡のような「見る/隔てる」構造を画面内に立ち上げます。

本展では、180×250cmの大作をはじめとする新作を含め、2000年以降継続してきたシリーズを中心にご紹介します。画面に連なる格子は、フラクタル図形のようでありながら一つ一つ異なる動きを見せ、反復の中にうまれる差異は鑑賞する人々の目を飽きさせません。平面ながらも奥行を感じさせる画面には、幾何学的な格子の奥に有機的な動きを備えています。

ひとつひとつ作品で表情の異なる青の空間を展開しながらも、一貫してメディウムの境界を押し広げて来た木村の現在地を、本展にてご高覧いただけますと幸いです。

京都市左京区丸太町通川端東入東丸太町31 Tel:075-761-7372 休廊日:日・月曜日&祝日

エンアーツ eN arts

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showcase #14
“日本のエッジ、日本語のエッジ”
curated by minoru shimizu
石川 竜一  曽田 浩隆


石川 竜一


曽田 浩隆

2026.4.17(金)〜 5.17(日)
会期中 金・土・日 12:00 – 18:00 開廊
アポイントメント 承ります
入場無料

2026年4月17日より清水穣氏のキュレーションによる「showcase #14 curated by minoru shimizu “日本のエッジ、日本語のエッジ”」を開催いたします。

2012年に開始されたシリーズ「showcase」は、写真及び映像作品に特化した展覧会として継続的に実施して参りました。本シリーズは、各回に清水氏が選出する作家の最新作を紹介することを通じ、同時代における表現の動向を考察する場として位置付けられます。本展はその第14回目となります。

今回は、石川竜一および曽田浩隆の両名を出展作家として迎えます。展覧会の趣旨ならびに制作・作品の詳細につきましては、次頁以降にございます清水氏及び各作家によるステートメントをご参照下さい。

最後になりましたが、石川竜一作品のプリントにおきましてはキヤノン株式会社様よりご協力いただきました。この場を借りましてこころより御礼申し上げます。

eN arts


showcase #14 curated by Minoru Shimizu
日本のエッジ、日本語のエッジ

石川竜一(1984-)については、紹介の必要はないでしょう。2012年キヤノン写真新世紀佳作(清水穣選)で注目されるや、あれよと言う間に2014年に木村伊兵衛賞を受賞し、以降、沖縄に拠点をおいて活躍しています。性別、人種、職業…を異にするさまざまな沖縄人を彼らの日常とともに生き生きと撮影した「Okinawan Portraits」のシリーズが代表作です。2014年のshowcase#3「日本の肖像」以来の再登場ですが、いま作家は、10年経ってふたたび肖像という主題に向かい合っています。かつてのOkinawan portraitsが、沖縄の人々を彼らが暮らす環境とともに活写したとすれば、新作は、人物の一人ひとりをより深く見つめることを通じて、彼らの生の全体、ひいては沖縄の現在を、浮かび上がらせようとするのです。

近年注目を集め始めている現代書の傾向、「現代美術としての書」とは、書を、言葉を主題とし言葉を表現する現代アートとして再定義するもので、曽田浩隆(1974-)はこの傾向の最先端を走る作家の一人です。「言語を主題とし言語を表現する」とは、言葉が、徹頭徹尾レディメイドであり、その本質が人間社会の根本的な政治性に根ざしていることの認識です。言葉は、特定の誰かの創作物ではありませんが、自然発生はしないから人工物であり、新生児に対して「すでに出来上がった」ものとして与えられる「レディメイド」です。しかも、差異化した音声の体系としてつねに変化し続けるものであり、明確な国境線を持ちません。それを個別の「国語」として分離したのは、18世紀に興隆した「ナショナリズム」という政治にほかならないでしょう。文字の体系に至っては、人間の記憶能力を上回る大量の人口とそれに伴う大量のデータを扱うようになった社会が発明した、あからさまな人工物であり、それが個々人の書記から、印刷媒体と結びつく段階になるにつれて、さらに正書法という規範へと転じます。日本語を日本語として角付けた「国語」「母国語」「文字」「正書法」はすべて、政治の産物であり、政治が日本語につけたエッジこそ、曽田浩隆のテーマです。カンヴァスにアスファルト補修材で詩のような短文(自作であったり引用であったりする言葉)が書かれていますが、その「日本語」は、なんと漢字とアルファベットで綴られています。反則的な綴方は、正書法というものの根拠のなさを逆照しています。

2026年のshowcase#14は、日本の端(エッジ)、沖縄で新たな肖像を試みる石川竜一に、日本語の端(エッジ)を問い続ける曽田浩隆を合わせる2人展です。とくに、今回は二人の作品を混在させた展示にしました。ふたつのエッジの共鳴を聴きに、ぜひ展覧会を訪れてください。

2026年4月、清水 穣


ポートレートを意識的に撮影し始めた2010年頃から10年ほどの間は、個人を取り巻く環境や状況も、その人格と深く関わるものであるということから、様々な環境や状況、関係性のなかで人がどのように存在するのかということを考えていた。元々は存在自体への関心の上で、撮影された環境と撮影者である私自身のアイデンティティに沖縄という土地が深く関わっているという点において、okinawan portraitsであった。

それから写真を通した試行錯誤を経て、「いのちのうちがわ」という作品を制作していく過程の中で、見えている個の対象そのものや、その細部から読み取ることができる情報から、対象のあり方や部分、対象以外の様々な物事との関係を通して解釈し得る背景へと関連性の方向が転換していった。

本展では、現在制作に取り組んでいる”qualia”と”The Shell of Human”という作品の中から、清水穣氏からのオーダーによる、沖縄というキーワードに沿って作品を選出している。私のこれまでの作品と同様に、沖縄で撮影したものをセレクトしたものであり、可能な範囲で沖縄に何かしらの関わりを持っている人を選ぶように心がけたが、そもそも私の無意識に近いレベルの興味から立ち上がったコンセプト上、特に背景を単純化させた”qualia”に示されるように、私の出自と撮影地ということを除けば、地域文化からは殆ど切り離され、対象の存在自体と、人格の内に抽象化された環境や状況、土地や歴史への解釈を促すことを意図している。

”The Shell of Human”では、海やその周辺で撮影したポートレイトを貝殻になぞらえることで、物理的エネルギーの運動体としての人の輪郭を浮かび上がらせることを試みており、”qualia”ではさらに、背景を単純化し、対象の細部に意識を向けることで、視覚的に伝わってくる、質感によって喚起される感覚は、言葉に形容し難いクオリアとして立ち上がり、同時に細部の表情から想起される対象の内面への共感を促すことで、存在の最深部において接続しようという試みである。

石川 竜一


他人が手書きした文章を読むことには、視線で書き手の肌を撫でるようなザラリとした感触があり、筆跡は筆記素材によって物質化している。書かれた言葉の意味は物質化するわけではないが、内容によって手書き文字の感触とはまた別の独特の感触がある。これらの感触が入り混じって独特の色合いが視線を通して意識に中に吸い取られるのが、私にとっての、書くこと、読むことの二面性をもった書字の世界だと言える。自分が書くときも、他人の文字を読むときにも得るその感触は、不快と快感の振り幅を常にゆらいでもいる。私は、その感触の確認を大切にしている。

曽田 浩隆

京都市東山区祇園北側627 円山公園内八坂神社北側 Tel:075-525-2355 開廊日:金・土・日曜日

タカ・イシイギャラリー 京都 Taka Ishii Gallery Kyoto

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マルタン・マルジェラ


Front: Martin Margiela,
“BARRIER Sculpture (white)”,2024
polypropylene, synthetic fur,
100 x 150 x 150 cm
Back: Martin Margiela,
“BARRIER Mural (white)”, 2024,
polypropylene, synthetic fur,
100 x 150 x 30 cm
© Martin Margiela. Courtesy of
 Bernier/Eliades and
 Taka Ishii Gallery
Photo: “We Document Art”


Martin Margiela,
“TOPS & BOTTOMS (Faun / top)”, 2023,
composite plaster, 117 x 39 x 39 cm
© Martin Margiela. Courtesy of
 Bernier/Eliades and
 Taka Ishii Gallery
Photo: “We Document Art”

2026.4.17(金) ~ 5.16 (土)

タカ・イシイギャラリー 京都は、2026年4月17日(金)から5月16日(土)まで、マルタン・マルジェラの美術作品による個展を開催いたします。本展は、東京の九段ハウスで同時期に開催される個展とあわせて、作家にとって日本で初めての展覧会となるものです。マルジェラは 2009年以降、積極的に、自身の視覚表現の射程をファッションの外部へ拡張させてきました。本展では、2018年から2025年にかけて制作された約14点の近作を発表いたします。

マルジェラによる実践の根底にあるのは、人間の身体への継続的な探究です。そこで身体は、視覚的体制と触覚的体制というふたつの競合的な枠組みが収斂する、歴史的な負荷を帯びた場として位置付けられます。彼の作品は、顕在化と秘匿の狭間、露見と保護の狭間の緊張関係——古典彫刻から現代美術に至るまで身体表象を形成してきた力学——を再活性化させるものです。《Tops & Bottoms》と題された連作では、ルーヴル美術館に収蔵されている大理石彫刻に基づいて、規範的な裸像が現代の下着の形状で切り出されています。下着の本来の機能を反転させ、その内部にあるものを露見させることで、これらの彫刻は魅惑と疎外の狭間に緊張を生み出します。カーペットやシリコンといった素材が巧みに用いられることで、本展の各作品は特徴的なテクスチャーを帯びており、それが接触の感覚をより活性化させます。この枠組みにおいて、フェティシズムはコンセプチュアルな戦略として機能しています。そこでは、身体の断片や物質的な痕跡は欲望や記憶の場となっており、それによって私たちの注意の対象は、生きた身体から物質の残余へと移行するのです。

シュルレアリスムやポップ・アートといった歴史的なアートの潮流と共鳴するように、マルジェラは日常的な物体に特別な関心を寄せ、鋭い観察眼に基づいて、日々の生活の中にある素材に取り組みます。《Barrier Sculpture》では、都市の環境で一般的に見られる保護バリケードの形状が用いられていますが、奇妙なことに、それはフェイクファーで覆われています。こうした再文脈化のプロセスによって、それぞれの物体は通常の機能を超えて引き上げられ、詩的で不可解なアーティファクトとなります。この取り組みにおいてファウンド・オブジェクトは、潜在している可能性を顕在化させるレディメイドとして扱われています。マルジェラによるミニマルかつ深遠な介入は、ありふれたものを──その慎ましい起源の痕跡を残したまま──異様なものに作り変えることで、丹念な注視や循環的な更新の実践を促します。一連の作品が示すように、物体の生は直線的でも有限でもありません。それは常に、新たな文脈に置かれることで、変異と再活性化の可能性に開かれているのです。

断片化は、マルジェラの全作品を通じて反復的に現れる特徴ですが、それには常に不完全性の感覚が伴っており、そこから両義性と不可解性に満ちた様々なナラティブが立ち上がります。展示空間の入口近く、石のテーブルに置かれた《Black Nail Polish》は、爪のような形をした、ニンフェンブルク磁器製の焼成用具 5点で構成されています。しかし焼成から生み出されるはずの物体は、明らかに不在のままです。同様に、組み立て前のプラモデルを思わせる《Kit (Black)》が促すのは、まだ実現されていない完成形を想像によって投影することです。マルジェラの見えないもの、差し控えられたものへの継続的な取り組みは、鑑賞者を不完全性や沈黙に、そして存在と空虚の狭間の捉えがたい境界に直面させます。この文脈において、秘匿や不在が帯びるのは否定性ではありません。それは、作品を想定外の共振や不意の顕在化へと開く、生成的な力として働くのです。

【同時開催】

「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」
会期: 2026年4月11 日(土) 〜 29日(水・祝)
会場: 九段ハウス(東京)
料金: 一般 2,500 円(税込)

京都市下京区矢田町123 Tel:075-365-5101 営業時間:木~土 10:00–17:30 定休日:日~水・祝祭日

ギャラリー16 galerie16

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倉智敬子 + 髙橋 悟 展
「Topogram of Memory ‒ 呼吸の住処」


2026.3.31(火)〜 4.11(土)

Kurachiが空き地で何かを拾ってくるようになったのは、いつのころからか。
わざわざ遠くにゆくのではない。拾われたものたちは、いつしか形をもつようになった。
帰る場所を探すためと聞いた。行方知れずを人混みに探すように、見ず知らずの記憶を招き寄せるしぐさか。ふと面影が現れても ... 。
本作《Topogram of Memory̶ 呼吸の住処》は、見知らぬ記憶のかけらを迎えるかたちを取る。机の下に広がる箱状の構造、土地から離された瓦礫からなる小さな住処、写真や影像、上と下、内と外、像と写像、それらの合間にこそ。(ST)


知った道を歩いて予測していなかった、空き地に出会う。どんな建物が立っていたのか、まるで思い出せない時は、確かにそこにあった誰かの生活を、軽んじてしまった様で落ち着かない。よく覚えていた建物が壊される時は、思い出も壊される様な痛みを覚える。知らない間にできていた空き地を見ながら歩き、そんな事を考えていたら、
 ーあれ、あの、商店街があって、お肉屋さんの角を曲がったお宅を訪ねたいんやけど、すっかり変わっ てわからんの。
 突然声をかけられ、商店街はまだありますよ、と答えて、一緒に歩く。歩く間、その方は独り言でもなく、私に話しかけると言うわけでもなく、一人で、話し続けた。

  ーこの辺に 10 年前くらい前まで、長いこと、住んでたんやけどね、駅降りて内科のお医者さんのとこをまっすぐ行ったら商店街があって、そこちょっと行くとお肉屋さんで、。ずーっと私が住んでいた時は変わらへんかったから、こんなビルみたいな背の高い建物あったら、向こうが全然わからへんし、。長い事住んでたんよ、20 年よりもっとかなぁ。こんなビルばっかりになってしもたら、みーんなおんなじに見えるし、どっち目指して行ったらいいか。
 ーあの内科のお医者さん、親切な優しいお医者さんやったけど、辞めてしまいはったんかなぁ、話もよく聞いてくれて、良い先生だったのに、ここらへんやったと思うけど、無いなぁ。
 ー長く住んでたから、この辺の道がわからへんなんて、ホンマに不思議やわ。

ほどなく商店街に着き、お肉屋さんは接骨院に変わってはいたけれど、目的の場所にたどり着くことができた。その人はお礼を言って、
 ーここらへんは、私が住んでいた時は全然変わらなかったのに、やはりどこでも変わっていくんやね。
その意見に反対はせず別れて、いや、違うと思う。住んでいた時は、変わらなかった訳ではなく、日常の中で少しずつ変化していった事を見逃していたのではないか、と。毎日のように歩くと、見ているようで、何も見てはいないのだ。何処かで記憶に引っかかるものが消えてしまわない限り、変化している事に気もつかない。
  行く河の流れは絶えずして、しかも、元の水にあらず

そう、全てのものは絶え間なく変化している。時は止まらず、戻りもしないのだ。繰り返し戻ってくるのは、記憶だけ。しかしながら、残念なことに曖昧で、作り変えられる事もある。
だからといって仕方ない、と諦めてしまうのがいいか、いや、そうではないだろう。歩き続けると、又空き地に出会う。あれ、ここは、姉の小学校の同級生のお宅ではなかったか、。印象に残る、古い瓦の。ぼんやりとそのあっけらかんとした土の地面を見る。そこに残る瓦のカケラを拾って手の中に入れて持ち帰る。そんな事を繰り返して、5年くらいが過ぎる。カケラたちをつないでみることは、目まぐるしくかわるのを良しとする事への、ささやかな抵抗なのか? とも、思えてくる。(KK)

 

KG+2026
谷井ひろ子 個展
-それぞれの時間軸-


2026.4.14(火)〜 4.26(土)

自分で実際に撮った写真をコラージュする方法で創作しています。

今自分がいる世界はひとつの確固とした世界でなく、いろいろな相容れないもの、それぞれが持つ時間軸が同等の価値を持ち混然としてある。

自分の見た世界のカケラを素材として組み合わせていき、歪に見えたり不安定であったり儚く見えたりしながらも存在し続ける世界にリアリティを感じ、それをいかに表現していくかということをテーマとしています。

 

KG+2026
三宅章介 個展
「潜在空間に生息する昆虫図鑑」
ーノイズに羽ばたく空蝉(うつせみ)たちー


2026.4.28(火)〜 5.9(土)

写真が生まれて間もない19 世紀半ば、ヨーロッパでは、故人を生きているかのように演出して撮影する「ポストモーテム・フォトグラフィ(遺体記念写真)」という風習があった。今日、AI により故人との対話までも可能だが、どこか抵抗を感じる。
人ではなく、虫ならどうだろうかと思い、「蝉の抜け殻」を撮影し、AI に読み込ませてみた。すると、生命の痕跡である抜け殻から、AI は驚くべき存在を生み出した。それは、まるでウルトラ怪獣のように異形でありながら、どこか荘厳な美しさを備えた「空蝉(うつせみ)」であった。この空蝉を100 匹生成し、AI が生成した解説と共に図鑑に収録することにした。
この編纂を通じて、ある皮肉な事実に気づいた。生成された空蝉たちは、潜在空間に生息し、決して死なず、クラウド上に蓄積され、今後の学習資源として活用されるが、その維持には常に大量の電力が求められる。彼らは私たちの想像力を喚起する一方で、地球の限りある資源を消費し続ける。このことに、いささかの後ろめたさを感じる。もし空蝉が無限に増え続けたなら、その環境負荷は計り知れないだろう。
伝統的な「図鑑」という形に転生を果たした今、空蝉たちはクラウドを去る時が来た。しかし、一ユーザーである私にその「削除」の権限はない。生成AI という革新的なツールを維持・発展させるため、AIプラットフォーマーがこの問題に向き合い、役割を終えたデータの断捨離と、持続可能性への取り組みが求められる。

 

塩賀史子 展
あめつちの聲


2026.5.12(火)〜 5.23(土)

あめつちの聲

武庫山という小さな里山があります。
私は毎日そこに足を運び、スケッチを重ね、その体験をもとに絵画を制作しています。

私にとってスケッチは、世界と対話するための試みです。
その行為を繰り返すことで、世界とのつながりを少しずつ深め、認識できる領域を広げていけるのではないかと考えています。

里山の森に包まれながらスケッチをしていると、そこに存在するさまざまな生命の息吹が空気を満たし、循環しているのを感じます。 やがて自分自身との境界が揺らぎ、その生命の流れの中に取り込まれていくような、不思議な感覚に包まれます。

すべてのものが互いに影響を与え合いながら生命の営みを繰り返す、大きなバランスの中で、この美しい世界は成り立っています。 そして私自身もまた、その一部であると感じています。

こうした世界との対話の軌跡を作品として残したい。そんな思いで制作を続けています。

2026年3月 塩賀史子

京都市東山区三条通白川橋上ル石泉院町394 戸川ビル3階 Tel:075-751-9238 休廊日:月曜日

ヴォイス・ギャラリー MATSUO MEGUMI+VOICE GALLERY pfs/w

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KG+
西村勇人
"Mounds 2025–26"


陶器千塚2号墳(大阪府堺市)

2026.4.18(⼟)〜 5.3(⽇)
開廊時間=各日13〜19時
定休日:月曜・火曜

このシリーズは、現代人の暮らしの傍らで、それとは無関係に存在しつつ景色のなかで交ざり合う古墳に着目して、歳月の積層の上に生きる人間のありようを現出させることを試みるものである。古墳は十数世紀前に権力者の眠る墓として象徴性も持ちつつ築造されたが、現在に至る過程で尊厳を保持されないかたちで毀損され、または都市のうちに埋もれ静安を保てなくなっているものが少なくない。ごく近年に文化財としての価値が認識され保護・保全の対象となってきたが、すでに進んだ都市化のために家屋・公共施設や公共インフラなどとの間に緩衝もなく墳丘が残る景観は、時間も意識も大きく隔たる人間の営みが隣り合う奇異な相をなしている。(西村勇人、1977年島根県生まれ)

京都市下京区筋屋町147-1 Tel:075-341-0222 営業時間:13時~19時 休廊日:HPにてご確認ください。

京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA

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2026年2月16日(月)より5月15日(金)までメンテナンス・次回展準備のため休館いたします。

SPECIAL EXHIBITIONS
金氏徹平とthe constructions
「tower(UNIVERSITY)」


撮影:吉本和樹

2025.12.13(土)〜 2026.2.15(日)
休館日:12.15(月)、12.22(月)、12.27(土)-1.5(月)、1.13(火)、1.19(月)、1.23(金)-26(月)、2.2(月)

主催:京都市立芸術大学
助成:令和7年度 大学における芸術家等育成事業
協力:「TOPOS:まなびあう庭としての芸術大学」
   プログラムC「創造と場の「演出」」参加者
   dot architects
   アートフロントギャラリー
   Yumiko Chiba Associates
コーディネート:
「TOPOS:まなびあう庭としての芸術大学」プロジェクト
京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA
企画:藤田瑞穂(京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA チーフキュレーター/プログラムディレクター)

大小さまざまな孔の空いた抽象的な建築物と、そこに出入りするいろいろなものたちの活動を同時並行的に描き出す「tower」は、金氏徹平が20年以上にわたって取り組んできた重要な作品シリーズのひとつです。本学在学中に制作したドローイングに始まり、コラージュ、映像作品、舞台作品、と多様な形態で展開され、金氏の領域横断的な活動を象徴するものとなっています。本企画では芸術大学を舞台に、この「tower」のテーマのもと、創造活動と教育、学び、表現による世界とのつながり方、そして展覧会という場自体について、展覧会をつくるプロセスそのものを作品化することを通して思考します。

会期中に会場内でパフォーマンスなどのさまざまな活動が行われます。
詳細はHPにて順次公開いたします。
【パフォーマンス】
①2026.1.11(日)13:00–17:00
②2026.1.12(日)15:00–17:00
③2026.2.8(日)18:00–20:00(事前申込優先・定員あり)
④2026.2.15(日)13:00–18:00
(2025年12月8日更新)

京都市下京区下之町57-1 京都市立芸術大学 C棟1F Tel:075-585-2010  休廊日:月曜日

MORI YU GALLERY 京都

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UNDULATIONISM Ⅻ
黒田アキ 小栁仁志 世良剛 浜崎亮太


2025.11.8(土)〜 11.30(日)
開廊時間:12:00 〜 18:00
休廊日:月・火・祝日 休廊

「UNDULATIONISM」は造語です。「UNDULATION」とは真っ平らでflatなものではなく「波のような動き」や「揺らぎ」を意味します。この単語は「undulate」という動詞からの派生語で、自然現象や音楽、心理的な状態や感情の起伏を表す場合にも使用されます。風などの要因により生み出される「UNDULATION」ですが、「NOISE」から生まれてきたものだと我々は捉えます。

「NOISE」という言葉は黒田アキの友人であるフランスの哲学者ミッシェル・セール(Michel Serres,1930-)の「NOISE」論に依拠します。中沢新一氏によると「NOISE、それは古いフランス語で「諍(いさか)い」をあらわしている。バルザックはこの古仏語の語感を利用して、「美しき諍い女 la belle noiseuse」という存在を創造した。しかし、ノアーズのさらに古い語感を探っていくと、異質領域から押し寄せてくる聴取不能な存在のざわめきのことを、言い当てようとしているのがわかる。不安な波音を発する海のしぶきとともに出現するヴィーナスの像などが、そのようなノワーズの典型だ。ヴィーナスは海の泡から生まれたとも言われるが、またいっぽうではその泡は男女の交合の場所にわきたつ泡だとも言われる。いずれにしても、それは世界の舞台裏からわきあがってくる不気味なざわめきにつながっている」(中沢新一『精霊の王』-第五章 緑したたる金春禅竹- より)、とあります。

黒田アキが名付けた『Noise(ノワーズ)』という美術雑誌(1985年5月発行の創刊号から1994年の18/19合併号まで全17冊発行)は、1985年に黒田が『デリエール・ル・ミロワール』誌を引き継ぐ形で創刊し、新しい美術誌のタイトルとして使われました。所謂、英語的なノイズと言われるものと「NOISE」は全く意味が違い、黒田アキはNOISEという言葉に意味を見出してきました。海から生まれるNOISEは黒田の青の意味の源泉でもあります。マチスやクラインとも違う、黒田の青はNOISEに起因し、青の根源を黒田は「風」のようなストロークによって波立たせ、絵画面上に「UNDULATION」を起こし、そこで縺れた線は様々なイメージを生み出します。

世良剛、小栁仁志、浜崎亮太の三作家も、こうした「UNDULATION」をそれぞれの思考、技法によって生み出します。

小栁仁志は、静かですが非常に微妙なストロークによって画面上の海を波立たせ、そしてまた空を棚引かせます。何重にも絵具を塗り重ね、一見すると淡くも深淵なる画面を描いていきます。彼の作品は決してミニマルなものではなく、その画面には小さくも持続性のある確実な揺れが存在しています。

世良剛は、とても優しいストロークにより、極めて透明感のある画面を作り出します。淡くもその浮遊感のあるイメージは常に漂いつつ、鑑賞者の記憶に着実に残っていきます。

浜崎亮太は、映像作家としてデビューし、近年はオブジェ作品を多数発表しています。マルグリット・デュラスに影響を受け、独自のコンセプトで作品をつくってきました。幼年期や日常の体験から科学論に至るまで広い範囲から着想を得て、オブジェの箱の中や平面に意味のレイヤーを作りこんでいきます。既製品を使いながらもアッサンブラージュの手法を用いることで、作品に隠された意味を幾重にも拡張し、映像の持つ時間のような波をつくりだします。

今回は四人の作家がそれぞれ独自の手法によって、「UNDULATION」という意味を提示してくれることでしょう。

京都市左京区聖護院蓮華蔵町4-19 Tel:075-950-5230 休廊日:月曜日・火曜日・祝日

ギャラリー ヒルゲート  Gallery Hillgate

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〈1F+2F〉
暮らしの工芸 現代展

2026.4.7(火) ~ 4.12 (日)

 

〈1F〉
田島征彦 新作絵本『ガージュー先生 対馬丸事件を生き抜いた少女の物語』
原画 と 新作型絵染作品展

2026.4.14(火) ~ 4.26 (日)

 

〈1F+2F〉
甲斐 扶佐義 写真展
ほんやらはんの道草

2026.4.28(火) ~ 5.3 (日)

この度、写真集「京都出町」(ほんやら洞)出版50年を記念した写真展「ほんやらはんの道草」を開催することになった。
ほんやら洞は、ぼくと中尾ハジメと共に岩国市の反戦喫茶「ほびっと」の工事を終え、連合赤軍の「浅間山荘」事件を横目に工事を仲間と進めた。1972年5月30日の開店の日、日本赤軍派の岡本公三らの銃の乱射事件がテルアビブの空港で起こった(リッダ闘争)。この時の赤軍派の使用した銃は、「ほびっと」を舞台に米兵から赤軍へと受け渡されたという、あり得ないデマが流された。お陰で「ほびっと」はつぶれ、国を告発し裁判を続けた。「ほんやら洞」もあおりをくって出町でデマに包囲された。
(続きはHPをご覧ください)

 

〈奥庭空間〉
楠井沙耶 個展
かかる木

2026.1.12(月・祝) ~ 6.14 (日)

木は根から離れたとたん、横倒しになります。これから加工されるのか、薪にされ灰になるのか、他の生き物たちに分解されるのか…植物は生と死のさかいに曖昧さをもつ生き物です。木が折れた後、あるいは切られた後、人はいつまでそれを生き物だと認識し続けることができるのでしょうか。そんな問いかけが私の中を巡っています。

半年間の展覧会期間中、根から離れて死んだように思える木を生物遺体と捉えてみます。そしてギャラリーの生きた庭木に立てかけて「かかる木」と呼んでみます。

この試みが人と他の生き物の関係について、あるいは人自身の生死の捉え方について、ささやかな発見の場になることを願っています。

楠井 沙耶

京都市中京区寺町通三条上る天性寺前町535番地 Tel:075-231-3702 休廊日:月曜日

京都芸術センター Kyoto Art Center

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<ギャラリー北・南ほか>

 

FOCUS#6
澤田華 個展
「まめによそ見する足」


2026.4.3(金)〜 5.17(日)

主催:京都芸術センター
協力:一般社団法人HAPS

京都芸術センターが、実績を積み重ねてきた中堅アーティストを個展形式でとりあげるシリーズ企画「FOCUS」。第6回は、澤田華による個展『まめによそ見する足』を開催します。

澤田は、写真、映像、音声、メモなど、自身が記録してきた多様な素材を用い、近年は主に映像をメディアに、ある事象をあえて過度に表現することで、眼前に存在しながらも、これまで気に留めていなかったものを意識化させる作品を制作してきました。

本展のタイトルには、【まめに=細かなところまで/頻繁に/律儀に/億劫がらずに】、【よそ見する=主要な道筋から逸れた部分にも、ふと感覚を動かし経験する】という、澤田の制作、そして生活における姿勢が表れています。
本展では、「漂うビデオ」シリーズの新作として、ゾンビ映画を投影するプロジェクターの光を頼りに、京都芸術センターの屋内外を歩き回り撮影した映像作品の新作などを紹介します。澤田の視線が向けられているのは、ゾンビ映画でしょうか。それとも、積み上げられたテープ類や忘れられた傘などでしょうか。

館内各所に配置された作品を、自らの「足」で移動しながら、視覚のみならずその他の感覚を通して経験することーー本展はこうした身体の「よそ見」を体験する場となります。

特定の信念や思想に傾倒しやすく、その偏りに気づくことが難しい現代社会において、本展の澤田の作品の鑑賞体験が、鑑賞者それぞれの日々の生活のなかに意識的に「よそ見」を取り入れるための契機となることを目指します。

京都市中京区室町通蛸薬師下る山伏山町546-2 Tel:075-213-1000

GALLERY TOMO

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板垣旭 鄭由梨 二人展

2026.3.27 (金) ~ 4.11 (土)
12:00→18:00
日月火休廊

本展示は、共に風景を主題としながらも、その在り方を異なる視点から問い直す二人の作家、板垣旭と鄭由梨による二人展である。

板垣は、空や海といった自然のイメージを通して、移ろいゆく時間と感情の層を描いている。現実の風景体験に立脚しながら、それらはやがて記憶と感覚の中で再構築され、円環する時間のイメージとして画面に現れる。そこにあるのは、留めることのできない瞬間への眼差しと、儚さへの無常感である。

一方、鄭は、自身の記憶に基づく都市の風景に、温度を省いた図像を重ね合わせることで、現実と非現実のあわいを描き出す。そこには個人としてこれまで生きてきた体験と在日コリアンとしてのアイデンティティに基づく感覚が織り込まれ、風景は単なる外界の再現ではなく、内面の投影として現れる。

両者に共通するのは、「風景」を外にあるものとしてではなく、時間・記憶・存在の在り方と結びついたものとして捉えている点がある。

しかしそのアプローチは対照的であり、板垣が流動する時間の連なりを掬い上げるのに対し、鄭はある種の断絶や違和を孕む絵画としてそれらを提示する。

本展は、二つの異なる風景観が交差する場であると同時に、私たち自身の記憶や感覚を呼び起こす契機ともなる。

京都市中京区寺町通丸太町東入る南側下御霊前町633 青山ビル1F Tel:075-585-4160 休廊日:月・火曜日

KUNST ARZT

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宇都宮三帆 個展
見比べないもの


しめきり
2025

2026.4.7(火)〜 4.12(日)

KUNST ARZT では、 宇都宮三帆の初個展を開催します。
宇都宮三帆は、「木版+インクジェットプリント」 という異質過ぎる組み合わせを通して、 見ることを考察するアーティストです。
モチーフのデジタルな文字や記号を 「木版」というアナログな版画技法に、 質感や陰影を「インクジェットプリント」に 担わせています。見えていたけれど、 見ていない視覚世界を 「見る」対象として提示する試みです。

(KUNST ARZT 岡本光博)

<アーティストステートメント>

日常生活の中で見たことがあるはずのものを 思い返そうとしてみたけれど、印象は 朧げではっきりと想像することはできない。
そういった、暮らしのさなかはっきりと 覚えようともしなかったものが 再び目の前に現れた時の既視感を、 日々の幻のように感じる。
木版技法を用いそれらの些細なモチーフを 作品にすることで、「見覚えはあるが完璧に 思い出せるわけではない」という曖昧なイメージは 彫刻刀により輪郭をなぞられ、版画特有の複製 という物質性を含み、頭に思い浮かべる ぼんやりとした印象に反したはっきりとした 存在として目の前に現れる違和感を 持たせられるのではないかと考えている。

そこで、既視感と違和感が両立するような 印象を持たせるため、木版技法に インクジェットプリントを組み合わせた作 品制作を行なっている。
例えば、モチーフを情報・質感の2層に分断し、 文字や記号といった情報の部分を木版、 質感や陰影をインクジェットプリントに担わせる。
それらを支持体の上で重ねることで、豊かな 陰影を表すインクジェット印刷と平面的かつ 実直な印象の木版刷りが紙の上で レイヤー構造を作り出す。

一見違和感なく見えたものがよく見れば 異なる質感の平面的なレイヤーの 組み合わせであることがわかるとき、 普段見慣れたもの、体験と改めて対峙し、 見つめ直すことができるような 表現を目指している。

 

吉田佐和子 個展
フェイクパール


2026.4.17(金)〜 4.26(日)

吉田佐和子は、古い洋雑誌をモチーフに、 多様な版画複製技法を用いて、 独自のコラージュ世界を構成するアーティストです。
本展は、本物高級志向のファッション時代に 「フェイクパール」を堂々と取り入れ、 「女性の自立と自由」を体現したシャネルへの リスペクトを映し出すかのように 「フェイクパール / fake pearl」と題されています。

(KUNST ARZT 岡本光博)

<展覧会内容>

1982年のエッチングから始まり、 リトグラフ、サイアノタイプと浮遊し、 今回は、 初めてのコロタイプを中心に、 いつもの洋雑誌を用いたコラージュも合わせて展示致します。
ぎこちなく始めたコラージュなのですが、 捨てるに忍びない試し刷りを切り取り、 洋雑誌と一緒に糊付けしているうちに、 いつしか馴染み、時には心底の鳥を歌わせたりも。

京都市東山区夷町155-7 2F Tel:090-9697-3786 休廊日:月曜日

ギャラリー恵風  Gallery Keifu

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*今後周囲の状況を鑑み、変更することもございますので、ご来場の際はホームページやFacebookでご確認くださいませ。

 

〈1F+2F〉
坂爪厚生 銅版画展
ものの「存在」とその「意味」を問う 1970-2026


2026.4.2(木)~ 4.12(日)
※ 4.6(月)休廊

メゾチントという職人的手仕事にこだわって制作を続けてきた。銅板を削り、磨くという作業は銅という金属の抵抗力に対峙し、イメージを鍛え進化させる。それは自分を取り巻く社会状況、環境などを作品に取り込む制作方法に合致したものでした。
70年代はマスプロダクション、大量生産、大量消費の象徴としてQP人形をモチーフに、80年代は既存システムの崩壊をジグソーパズルで、そして現状況はネット社会、デジタル化社会で「ネット」シリーズや「不確定性の風景」シリーズで表現してきました。 今回の展示は、70年代から現在までに制作した作品の流れを見渡せるようにしてみました。(坂爪)

 

日本版画協会 ギャラリー賞受賞作家展
―明日に架ける版表現Vol.2―




2026.4.14(火)~ 4.19(日)

〈1F〉
河野孝博 銅版画展

〈視る〉ということを問われたことが、制作への原点でした。50年も前のことです。何故、何を、如何に描くのか。その問い直しの上に制作を続けてきましたが、今改めて原点にスタンスをおいた制作に取り組んでいます。
銅版画の制作を再開して7年余り。日本版画協会の版画展には3年前から出展を始めました。若い人達や永く版画の制作を続けて来られた作家の中で、私自身を確かめてみたいと思ったことがきっかけでした。(河野)


〈2F〉
東 景子 漢嘯 二人展

2025年は大阪・関西万博が開催され、国際交流ができる喜びとともに、世界では戦争が相次いで起こり、今まで保たれていた秩序までもが脅かされています。昨年から「鳥と飛行機」というシリーズで制作を始めています。平和の象徴であるブルーインパルスと、民間を傷つける戦闘機は、同じ飛行機でも人の心理によって歓喜にも凶器にもなり、今の時代の不確実さを表しています。冷静に見守る鳥のような視点で制作したいと考えます。(東)

中国出身で日本にて木口木版画を独学。初めはその精緻さに惹かれ、次第にこの古くも今なお受け継がれる芸術の価値を実感する。東洋の伝統文様や物語を西洋の彫刻技法で表現し、東西融合による独自の美を追求。暗い版面にビュランが走り、光が立ち上がる瞬間に木口木版の魅力を見出している。(漢)

 

〈1F+2F〉
南風にのって
上村菜々子 佐竹龍蔵 竹内義博 田中愛子


2026.4.23(木)~ 5.3(日)
※ 4.27 (月) 休廊

高知県は四国山地と太平洋に挟まれた東西に細長い扇のような形をしている。気候は温暖で晴れの日が多いが、雨が降る時はざーっと降り、県域のほとんどを占める森林がその水を豊かに蓄えている。山々から流れ出す水は山間を蛇行する川となり、人々が暮らすせまい平地を形成し、やがて海へとたどり着く。高知は山と川と海の国だ。
そんな高知の山間を走る列車がある。南風という名前の、現在は高知駅と岡山駅を結ぶ特急列車で、僕たちが高知を出る時にのった列車だ。本展の出品作家は全員が高知県出身で、高知市にあるTOSA・美術アカデミーという画塾で美術の基礎を学び、大学進学を機に高知を離れ、現在は高知・東京・京都・奈良を拠点に作家活動を行っている。
僕が南風にのって高知を出てから20年が経った。ずっと、高知の作家と一緒に展覧会をつくってみたいと思っていた。同郷の仲間たちと集まって展覧会をやる。こんなに楽しみなことはなかなかない。(佐竹)

京都市左京区聖護院山王町21-3 TEL:075-771-1011 休廊日:月曜日

2kw gallery

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しまだそう・山岡敏明
あれとこれをまがりなりにもそれした結果論


しまだそう


山岡敏明

2026.4.4(土) 〜 4.19(日)
13時―19時(最終日は17時迄)
休廊:月・火・水​

2026年4月4日より、美術作家・山岡敏明と画家・しまだそうによる展覧会「あれとこれをまがりなりにもそれした結果論」を開催いたします。 本展は、両名が約 1年間にわたり二枚のキャンバスを互いに交換し、相手の絵の上に自らの筆跡を重ねる「往復書簡」のようなプロセスを経て完成させた新作とそれらにまつわるドローイング・ペインティング作品などを発表するものです。山岡敏明の持つ独自の存在感と、しまだそうの線や造形。一方が描いた意図をもう一方が解釈し、時には塗り潰し、時には生かしながら筆を置く。この1年に及ぶ「対話」と「侵食」の繰り返しは、個人の表現を超えた予測不可能な視覚的調和(あるいは不協和音)を生み出しました。本展では、そのプロセスを経て到達した最終的な絵画作品二点を中心に両名の近作、新作、交換ドローイングなどを展示し、二人の画家の表現が交差する瞬間に迫ります。

滋賀県大津市音羽台3-29-1 TEL:090-5241-8096 休廊日:月・火・水曜日

Gallery G-77

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KG+
アンナ・ハヤトとスラヴァ・ピルスキー
「Interval」




2026.4.18(土)~ 5.3(日)
11:00~18:00、月曜定休

Gallery G-77は、KYOTOGRAPHIEのKG+プログラムの一環として、イスラエルの写真家アンナ・ハヤトとスラヴァ・ピルスキーによる展覧会「Interval」を開催いたします。

本展において、ハヤットとピルスキーは、風景を場所としてではなく、素材のプロセスと知覚のあいだに形成される感情的な空間として提示する。期限切れのポラロイド、操作されたネガ、化学反応による変化、損傷したエマルジョン、そして時に最小限のデジタル介入を伴う断片の再構成。こうしたハイブリッドなアナログの実践を通して、風景は記録されるものと感じ取られるものとのあいだに宙づりとなり、記憶や気配が立ち現れる場となる。

​構図は、確かな地平線、均衡のとれた幾何、抑制された奥行き感といった古典的な構造に基づいている。同時に、それぞれのイメージには、焼け跡や裂け目、化学的な滲み、変化する空、放棄された形の断片といった介入が含まれている。これらの要素は、秩序とエントロピー、意図と素材の自律性とのあいだに「間」を生み出す。風景は作家の手によってのみならず、時間そのものによって形づくられている。
そこに現れるのは、人の不在がひとつの存在として感じ取られる感情的な風景である。大地は自律的に在り続け、意味はイメージと鑑賞者とのあいだの空間においてのみ生まれる。Interval(間)とは、この状態を指し示す言葉である。自然がそれ自体で在り、知覚が始まるその瞬間。風景は語ることなく、見るという行為によって響きを帯びる。鑑賞者が出会うのは特定の場所ではなく、外界と内面の経験とのあいだに形成される、ひとつの存在の状態なのである。 ​

京都市中京区中之町73-3 Tel:090-9419-2326 休廊日:月・火曜日

艸居

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<艸居>

 

タイラー・コバーンと水島太郎、長沼航、
佐々木二郎による「空間による誘惑」


タイラー・コバーン《燭台の男》 2023–
長沼航による「燭台の男」パフォーマンス風景
“As Above, So Below” 2023
トーキョーアーツアンドスペース本郷
写真: タイラー・コバーン 画像提供: 艸居


タイラー・コバーン《燭台の男》 2023–
写真: タイラー・コバーン 画像提供: 艸居

2026.4.9 (木) ~ 5.7 (木)
開廊時間:11AM‒6PM 休廊日:日・月
タイラー・コバーンによるパフォーマンス(英語):4.11 (土)11:00 – 12:00
長沼航によるパフォーマンス(日本語):5.2 (土)11:00 – 12:00

艸居(京都)は、アメリカ出身の美術家、タイラー・コバーンの当ギャラリー初個展「空間による誘惑」を開催いたします。本展は、「燭台の男」(2023年–)と「石化した人々」(2022年–)の二つのプロジェクトで構成されています。いずれも思弁的な関心を共有しつつ、前者は日欧間の初期文化交流を、後者は西洋の歴史博物館をめぐる政治性を考察します。日本のクリエイターたちとのコバーンの継続的な協働を反映し、本展には水島太郎、長沼航、佐々木二郎が参加しています。

手前の展示室には、コバーンが2023年のトーキョーアーツアンドスペース・レジデンス・プログラム滞在中に展開した「燭台の男」の新たなインスタレーションが設置されています。一方の壁面には、16世紀から17世紀にかけて初めて日本に渡来したヨーロッパ人を象った織部焼燭台の現代の複製がいくつか並んでいます。主に佐々木二郎が制作したもので、それぞれにコバーンが今年3月の艸居でのレジデンス中に制作した和蝋燭が添えられています。蝋燭の制作にあたっては、京都の工房「中村ローソク」で学んだ技法が用いられました。素材には、和蝋燭の伝統的な原料である櫨蝋に加え、1543年にポルトガル人が上陸した種子島の地でコバーンが採集した地衣類を浸出させた油が使われています。

向かいの壁面には、京都の上羽絵惣の胡粉を用いたコバーンによる繊細な彫刻作品が展示されています。コバーンは胡粉をパテのように転用し、狩野山楽が17世紀初頭に描いたポルトガル人の長崎来航を主題とする屏風から、地衣類の点描を写し取りました。会期初週末と最終週末に行われる語りのパフォーマンスでは、コバーンと長沼航が蝋燭に火を灯し、この壁面を舞台装置として、過去へと通じるさまざまな感覚の回路を開きます。

奥の展示室へ向かう途中には、「燭台の男」のいわば「舞台裏」の要素が配されています。まず、 畳の展示台の上に、コバーンと佐々木が2025年に共同制作した二体の彫刻が置かれています。一体は佐々木と同じ当時の年齢におけるコバーンを、もう一体はコバーンと同じ当時の年齢における佐々木を表したもので、それぞれ70歳と41歳の姿です。入れ子の構造をなし、二人の像は手前のギャラリーに展示された燭台のミニチュアを抱えています。次に、展示用のニッチには、蝋燭と同じ素材で作られた輸送箱と棒状の彫刻が置かれています。その形状は、17世紀に日本から中国やオランダへ輸出された銅のインゴットを模したものです。インゴットとは、溶解し再鋳造するための中間形態です。本展で展示されているインゴットは、蝋燭制作のための予備素材となっています。

奥の展示室には、学際的プロジェクト「石化した人々」が展示されています。本作は、2009年から2019年にかけて西洋の歴史博物館で数名の人々が石化した並行世界を想像するものです。ベンチの上には、こうした人々をめぐる物語を収めた小冊子が置かれています。コバーンが2022年に「イーフラックスジャーナル」で初めて発表したもので、文芸ルポルタージュの文体で書かれたテキストは、文化財の返還と送還、美術館への民間資金、収集と保存をめぐる政治性といった近年の出来事や議論を踏まえています。来場者はどうぞ腰を下ろしてお読みください。

奥の展示室の壁面には、コバーンが継続的に取り組んでいる紙によるシリーズの新作が展示されています。物語のなかで語られるように、石化した人々の身体表面が、その人物のいる展示室の色で斑点状に彩られている様子を表現したものです。コバーンはそれらの展示室を撮影した映像を3Dソフトウェアでポイントクラウド(点の集合による立体表現)に変換し、そこから斑点による表現技法の着想を得ました。艸居でのレジデンス中、コバーンはこの制作に水干絵具を取り入れ、顔料の沈殿物が紙の上で偶発的な形に広がり定着するのに任せています。

コバーンの物語の重要な場面に、ニューヨークのメトロポリタン美術館にある乾漆の技法で作られた中空の、まるで生きているかのような彫刻が登場します。この参照を示すかたちで、コバーンは水島太郎による乾漆彫刻をいくつか選び、奥のギャラリー全体に配置しました。粗削りで漠然と人の形を思わせる彫刻は、コバーンの抽象的でありながら身体性を帯びた水彩画と、謎めいた対話を繰り広げています。

展覧会のタイトル「空間による誘惑(Temptation by Space)」は、ロジェ・カイヨワの1935年の論考「擬態と伝説的精神衰弱」からの引用です。カイヨワはこの論考で、周囲の環境を視覚的に擬態する昆虫と、個を消して周囲に溶け込みたいという人間の欲望とのあいだに類推を見出しています。コバーンが「石化した人々」の物語で言及するこの「誘惑」は、登場人物たちが美術館で石と化す理由を説明しているのかもしれません。同時に、燭台の男」における交流の複 雑さをも映し出しているでしょう。そこでは異なる文化がそれぞれの境界を交渉し、そのあいだに広がる可能性を探り合っています。

艸居での新たな挑戦となる本展を、ぜひご高覧いただけますと幸いです。

艸居:京都市東山区元町381-2 Tel: 075-746-4456 開廊時間:11:00AM - 6:00PM 休廊日: 日・月曜日

艸居アネックス: 京都市中京区一之船入町375 SSSビル3F Tel: 080-9745-8452 開廊時間:1:00PM - 6:30PM
休廊日: 日・月曜日

京都 蔦屋書店

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<5F エキシビションスペース>

 

太田桃香 小津航 表良樹
「Image & Presence」


2026.4.4(土) ~ 4.22(水)

主催:京都 蔦屋書店

「image & Presence」と題する本展では、具象と抽象、絵画と彫刻という異なる特性をもつ3名の作品を通して、私たちがふだん作品を「モノ」として捉え、同時に「表現」として読み取る際の認識の揺れや差異にフォーカスします。太田桃香は、山を起点に、稜線や光、気温などの感覚と日々の出来事が交差するプロセスを絵画へと重ね、色彩と筆致によって経験の手触りを立ち上げます。小津航は、静物・風景・人物といった主題を手がかりに、東洋画と西洋絵画の空間性の違いを参照しながら、画家とモチーフの距離や絵画空間の成立を捉え直します。表良樹は、地殻変動や大気など人の尺度を超える現象を彫刻へと置き換え、見えにくい運動や時間を、身体で確かめられる存在として提示します。それぞれの表現が並ぶことで、見る行為そのものがどのように働き、何を「存在」として実感するのかを再考する場となります。

<アーティストステートメント>

絵画に描かれたものたちは、物質としては画布に擦り付いた絵具にすぎない。しかし私たちは、それを前にすると無意識のうちに描かれた図像を対象そのもののイメージとして認識する。イメージは図像を覆い隠し、描かれたものがあたかも実在するかのようにすり替える。
一方、彫刻は三次元の量塊として実空間に在り、重さや体積、距離といった物理的条件を伴いながら観者の身体と向き合う。私たちはその周囲を歩き、位置を変え、空間の中で三次元的な関係を結ぶ。たとえ具体的な形をとっていても、それは最後まで対象そのものへとは移行しない。彫刻は常に、物質として存在しているという事実を露わにし続ける。
本展は3人の作家たちの作品を展示し、ジャンルが融解した現代においてなお残る絵画と彫刻という状態の差異を、「イメージであること(Image)」と「在ること(Presence)」を通して改めて考える試みである。

京都市下京区四条通寺町東入ニ丁目御旅町35 京都髙島屋S.C.[T8]5・6階
Tel: 075-606-4525 営業時間:10:00~20:00 (不定休)

ギャラリー点 Gallery Ten

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Shuzo Azuchi Gulliver
-Weight-




2026.1.10(土)~ 3.29(日)
13-18時 土・日・祝日のみ開廊

「僕の重さはソファに座ることができる。」(シュウゾウ・アズチ・ガリバー)

シュウゾウ・アズチ・ガリバーの代表作のひとつである "Weight" を中心に、約20点を展示します。国内の展示としては、2022年にBankART KAIKO + BankART Station(横浜)で開催された大規模な個展「消息の将来」が記憶に新しいですが、関西では2010年の滋賀県立近代美術館(現・滋賀県立美術館)"EX-SIGN"展以来の個展となります。どうぞご覧ください。

タイトルとされている "Weight"は、作家自身による解説によると、以下のような作品です。

「'Weight (Human ball)'(ステンレススチールの球)は作家の体重と同一の重量を持っている。同じコンセプトで制作された 9 つのバージョンがある(1978、79、80、82、83、85、87、88、90年制作)。(2022年には同じコンセプトで、大理石を素材とする'2022年Version'が制作された。)」

[2025年12月、AI/ChatGPT-4による作家の略歴 (無添削)]
シュウゾウ・アヅチ・ガリバーは、戦後日本の前衛芸術のなかでも異色と言える作家。彼の制作は、長年にわたり表現形式・場所・メディアを変化させながらも、自己と存在をめぐる根源的な問いを持ち続けている。高い実験性と概念性を持ちながらも、作品の実体を伴うパフォーマンスや身体性を含むため、観客との関係性が強い。また、国内外の美術館に作品が収蔵され、近年その評価・再評価が進んでいる。2022年の「消息の将来展」などはその代表例であり、今後も日本国内外で注目され続ける表現者である。

*シュウゾウ・アヅチ・ガリバーは 1947年、滋賀県栗太郡瀬田町橋本(現在の大津市瀬田)に生まれる。本名は安土修三。若年期から芸術への関心が強く、高校時代(滋賀県立膳所高校在学中)にはハプニング的な行為を伴う作品製作を始める(例:1964年に「草地 (Grassfield)」など)。哲学的・理論的思考への興味を含め、マルセル・デュシャンの影響を受けるなど、西洋前衛・観念芸術との対話が早期から彼の表現に含まれていた。)
*1967年上京し、実験映画や路上/公共空間での行為、パフォーマンスを含むハプニング・プロジェクトを展開。THE PLAY という関西の前衛芸術集団に参加し、国内外の前衛運動やフルクサスなどとの交流も持つようになる。
*1973年には「BODY(肉体契約)シリーズ」に着手。彼自身の身体を 80 の部位に分割し、彼の死後、それぞれの部位を契約した 80 人が保管するというプロジェクトであり、生・死・自己・存在に関する問いを扱う代表的な作品群。)
*1980年代以降は、耐久的パフォーマンス(例 “De-Story”/直方体構造体内で一定時間過ごすパフォーマンスなど)、身体や空間/構造の射程を持つ作品制作を継続していく。
*1990年代以降はヨーロッパでの展覧会やプロジェクトが増え、DNAの塩基(A, T, C, G)の記号性・象徴性を用いた作品、象形(シンボル・記号)・言語・測定・記憶などのテーマを重視。ドローイング、彫刻、インスタレーション、パフォーマンスなど多様な表現形式を採用。拠点を東京とヨーロッパに持ちながら、国内外で活動。
*現在も制作活動を行っており、テーマとして「存在」「自己」「記号」「かたち」「生物学的基盤」の探究を続けている。

京都市東山区石泉院町405−2 Tel/Fax 075-744-6533 営業時間:土・日・祝日のみオープン

GALLERY HEPTAGON

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安ヶ平愛美 個展
《満ちてゆく時間- Time in Its Fullness-》
Dialog in Time_From IWATE Vol.2


《古今の松の色などは》
パネルに石こう、金箔、エッグテンペラ

2026.4.4(土)- 4.12(日)
休廊|4.9 (木)
OPEN|12:00-18:00

-- Dialog in Time_From IWATE Vol.2 --
岩手から石田貴裕・安ヶ平愛美のアーティスト二人をお招きし、彼らの個展を連続して開催することで、時間を介した対話の場を創出する試みです。

【STATEMENT】

私の住む北東北の季節の変化は複雑でとても美しく鮮やかです。とくに冬は一見モノクロームのように見えるなかに光の複雑さのような鮮やかな色が隠されていて見飽きることがありません。
冷たい風から守られるようにすべてが雪の下に眠りについたような静謐も、時折現れる陽光が輝きの粒となり生き物の命や人の営みをキラキラと照らしだす瞬間や、月の光が雪に反射して鈍く夜道を灯すどこか時間が止まったような風景、そういったものを重ねて芽吹く春を待ちます。
また、制作に使っているテンペラは木板と石こうで下地を作り、箔を置き、ピグメントを練り上げて絵具を作り、筆を重ねてゆく古い絵画技法です。
この技法は時間と手間はかかりますが、積み重ねを表現するのに適していると感じ好んで使っています。金や鉱物のピグメントなどを丁寧に時間をかけて積み上げて、作品に映し出せたらと考えています。

 

イマクラヒロエ 個展
《しずかなこころのうち
-Various colors in my field-》


《岩と流れ》
メゾチント
H199×W259 (㎜)
(2026)

2026.4.18(土)〜 4.26(日)

イマクラヒロエは、銅版画技法の一つメゾチントを主に用い自らの歩いた山で出会うものを作品に表しています。
自ら「質感にこだわりがある」と話すイマクラは、手の届く距離のものから遙かな遠景まで様々な対象にフォーカスし、観るものに鮮やかな印象を与える作品を生み出しています。
親交の厚い陶芸家・田頭由起による陶額とのコラボレーション作品も展覧いたします。

この機会に是非ご高覧くださいませ。

STATEMENT/

山を歩くと色とりどりの天然が視界に満ちる。

遠いやまなみ 霞のような花の色
森の中 空に枝を伸ばす樹木
足元の小さな実や苔や
その色 質感 かたちを空気ごと
こころに残したい

そんな気持ちから制作が始まります。

京都市上京区下立売通智恵光院西入中村町523 TEL:080-7583-3388 休廊日:木曜日

美術館情報

京都市京セラ美術館
本館 北回廊1F

⻄洋絵画400年の旅
―珠⽟の
東京富⼠美術館
コレクション
2026.3.20(⾦・祝)-
5.24(日)



京都市京セラ美術館
新館 東山キューブ

特別展
日本画
アヴァンギャルド
KYOTO 1948-1970
2026.2.7(土)-
5.6(水・祝)



テート美術館
― YBA & BEYOND
世界を変えた
90s英国アート
2026.6.3(水)-
9.6(日)



京都市京セラ美術館
ザ・トライアングル

三橋卓:
カワ
2026.3.10(火)-
5.17(日)



京都国立近代美術館

モダン都市生活と
竹久夢二
―川西英コレクション
2026.3.28(土)-
6.21(日)



美術館「えき」KYOTO

Ukiyo-e猫百科
ごろごろまるまる
ネコづくし
2026.4.4(土)–
5.10(日)



京都文化博物館

特別展
原安三郎コレクション
北斎×広重
2026.4.18(土)-
6.14(日)



京都国立博物館

特別展
北野天神
2026.4.18(土)–
6.14(日)



細見美術館

特別展
志村ふくみ
百一寿
ー夢の浮橋ー
2026.3.3(火)-
5.31(日)