◆展覧会についての最新情報は、各ギャラリーのサイトでご確認ください。

イムラアートギャラリー京都 imura art gallery Kyoto

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宮本佳美 個展
「Inheritance of life」


「Starry night」
2021
綿布に水彩、アクリル
119×103cm

2021.12.3 (金) 〜 12.24(金)

今冬、イムラアートギャラリーでは宮本佳美の個展を開催いたします。

宮本は水彩絵の具をメインに用いて、モノクロームの絵画を制作する事により光の表現を試みています。作品ごとに、様々な色の絵の具を混ぜ合わせた「黒色」を使用し、白の絵の具と滲みを重ねながら制作しています。2014年に第25回五島記念文化賞・美術新人賞を受賞、2017年には北海道、愛知、奈良と巡回したグループ展「ニッポンの写実 そっくりの魔力」に出品歴を持つ、実力派の作家です。

本展は2021年11月の東京での個展の巡回展となり、追加の新作を含めた約6点を展覧いたします。植物の生命の循環にも見られるような、彼女のこだわりの「黒色」と白で描いた光の表現から生まれる生命力を感じていただければ幸いです。ゼラニウムモチーフの作品によって構成される空間をご堪能くださいませ。

〈作家コメント〉

2019年の春、私はマドリードにあるMarlboroughギャラリーを訪ねた。目的はアントニオ・ロペス・ガルシアの所蔵作品を見せてもらう事だった。光を探求するうちに、色の情報を排除したモノトーンの絵を描いて来たが、目に飛び込んでくる花、物の中に私は何を見ているのか自問自答繰り返し、あるいはカメラのレンズから読み取れる光や情報を表現する中で、私は一度写実的に描く意義を考えたいと思っていた。写実画を描く画家の中でも私はアントニオ・ロペス・ガルシアの作品にひかれた。彼の絵の何にひかれて居るのか知りたい。自分の目で確かめたいと所蔵場所の一つである長崎県美術館や精通されている方から情報を得た末のマドリード行きだった。

Marlboroughギャラリーでその時見ることができたのは、ロペスの若い頃の作品一点のみ。女性が椅子に腰掛けた様子を描いたその絵は写実的に描かれた印象は無い、どこか物思いにふける印象を持つ絵で有った。

命の輝きを表現する場面で私は花を度々モチーフとして選んできた。マドリードで恐らく最も多く見たゼラニウムの造形に心をひかれ、日本に戻り花を育てる所から制作を始めた。

鉢植えから伸びる花を描くのは初めてであった。これまでは、モチーフとして生命を失った花に光をあてる事が出来る表現がしたくて、押し花やプリザーブドフラワーを使用して来た。それに反して、鉢植えの花は日々形を変え大きくなり、花は咲いては枯れを繰り返し、作品につながるまでのフォルムとしてとらえる事に困難を感じた。しかし、ゼラニウムを描いていて見えてきたのは立ち上がる炎の様な生命感やきらめく月光りの様な光りであった。

現実を見つめながら意識はモチーフの花が持つ普遍的な生命をつないで来た歴史を想像している。そしてロペスの何処か物思いにふける印象の女性の絵をしばし思い出している。

宮本佳美

京都市左京区丸太町通川端東入東丸太町31 Tel:075-761-7372 休廊日:日・月曜日&祝日

同時代ギャラリー DOHJIDAI GALLERY of ART

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〈ギャラリー〉

 

「アルカナ」
京都精華大学 イラスト学科 3年生


2022.1.25(火)〜 1.30(日)

身体の多様な生理機能の中枢である脳器官「視床下部」に着目した
アート&デザインクラス22名の学生による展覧会です。
私たちに秘められた幅広い表現のアルカナ*をご覧ください。

*「隠されたもの」「秘密」の意。

 

加藤力之輔 展


2022.2.1(火)〜 2.6(日)

17世紀を象徴する作家、ディエゴ・ベラスケスの作品やその手法は、スペイン絵画のリアリズムの「起点」であると考えている。 昨今の、「スペインリアリズム」と称して、写真を模写したような作品が多く見られることを残念に思う。

デッサンの修練とは、常にそこから出発し、そこに立ち帰る。対象を観、美を感じ、その感動を心に刻み、描き止める。日々デッサンを重ね、無限に変化するプロセスを形に描いていくその作業は、素描の持つ線の力強さと優美さを失わぬよう、繰り返される工夫と試行錯誤の連続の中にある。わたしは、それが好きでありまた楽しい、そしてそれを望んでいる。

京都市中京区三条御幸町南東角 1928ビル2階 Tel:075-256-6155 休廊日:月曜日

エンアーツ eN arts

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Compression :
Natsuki Oyagi + Keiuke Matsuda
curated by Takashi Fukumoto
大八木 夏生
(御協力:The Third Gallery Aya)
松田 啓佑


「立ちはだかるしつげん、
鉢合わせたウィンドウ」
2021
H1,000 x W803 mm
© Natsuki Oyagi


「UNTITLED」
2021
H220 x W293 mm
© Keisuke Matsuda

2022.1.7(金)〜 1.30(日)
上記会期中 金・土・日 12:00-18:00 開廊

アポイントメントを承ります 入場料無料

eN artsでは1月7日より「COMPRESSION: Natsuki Oyagi + Keisuke Matsuda」を開催致します。本展は国立国際美術館主任研究員として活躍されている福元崇志氏にキュレーションを依頼しました。公私にかかわらず数多くの展覧会や作品をご覧になっている福元氏が本展の為に選んだ大八木、松田両氏が「COMPRESSION」というタイトルに込められた意図(次頁の福元氏のステートメントを御参照下さい)に相応しい作品群を披露し、各々の異彩を放ちます。

パンデミックに恐れ慄き翻弄された2020年・2021年の憂鬱を払拭してくれる展覧会となるでしょう。

eN arts


Compression: Natsuki Oyagi + Keisuke Matsuda
見えるものを見えるままに描くのでも、見えないものを見えるようにするのでもない。また、何かをあらわすという目的自体から逃れ、線や色それそのものを提示するのともちがう。再現とも、表現とも、現前とも異質な描き。かつてふと目にとまった何か、おのれの身体をさっと通りすぎ、漠然とした引っかかり、違和感だけを残していった何かに、少しずつ手応えを与えていくその制作は、どこか確認作業然としている。

まずは大八木夏生(1991-)。彼女の仕事は、「ん?」と訝しむことからはじまる。たとえば古びたショウウインドウや、木の棒が突き刺さったフェンスなど、街で見かけた名状しがたい光景との距離感をはかることが主な目的だと言ってよい。ただその制作過程で、違和感は解消されるどころか、むしろ増幅されるだろう。撮った写真を手がかりに、マスキングテープで大まかに区切られていく画面。そこにアクリル絵具を塗り、カッティングシートを貼り、シルクスクリーンを刷っていくが、作業手順は追いがたく、どこが塗られ、どこが貼られ、どこが刷られた部分であるのか、ぱっと見では判然としない。

つづいて松田啓佑(1984-)。「世界全部を絵に変換」してみせたというその作品は、とかく言語化しがたく、作者自身でさえ説明に窮する。事物の姿をはっきりと提示する具象でないことはもちろんだが、事物の余計な要素を省いてすっきりとさせた抽象というわけでもない。書を想起させつつ、しかし記号として結実することのない「止め」や「跳ね」や「払い」のストローク。また、失敗作とつい疑ってみたくなるような、ひしゃげた土塊。彼の手がける絵画と陶芸は、ともに世界の感触を手探りで確認した痕跡、手を動かしながら世界の断片を少しずつ捉えていった結果であると言えるだろう。

大八木も松田も印象を描いている、と一応は言えるだろうか。しかしその印象は希薄で心許なく、モチーフ=動機と呼ぶにはあまりに弱い。だからこそ画家は、圧縮する。なけなしの印象を絞り出すその作業は、過去のおぼろげな記憶を振り返ることともまた異質であろう。自分がなぜ違和感を抱いたのか、そもそも自分は何を見たのかと自問するところから始まる描画。緻密に構築していってもよいし、勢いに任せて手を動かしてもよいが、いずれにせよその作業は半ば闇雲に、手探りで進められるはずだ。

輪郭の定かならぬ形象らしきもの。往々にして混在、併存される複数の場面、時間、事象。提示される画面はことごとく、一義的ないし統一的な解釈を拒絶する。でも心配はいらない。よく分からない対象を、よく分からないままに描いたところで、結局やっぱりよく分からないのだから。それは、得体の知れないこの世界を、得体の知れないものとして捉えようとした結果であると言ってよい。

2021年11月26日 福元崇志 (国立国際美術館)


道端で見つけた「何だ、これ」というものを写真に収め、それらをモチーフに絵を描いています。

例えばそれらは色褪せたプラスチックの塊です。写真を見ていると何故そのようなものを記録する行為に一歩踏み出たのか、それらに何を見たのか、そのことについて知りたいという欲求に駆られます。写真を通して間接的に捉えることで現れる引っかかりがあるように、それらを描きシルクスクリーンや素材を使ってイメージを形作っていく中で可視化されるものがあります。私の作品はそのような得体の知れないぼんやりとしたものに対峙してみた過程の集積です。間接的な方法を取るからこそ無意識だったものが別の形となって浮かび上がり、新たに明らかになるものがあるのではないかと考えています。

大八木夏生


私は世界の存在の仕方、世界が存在しているということ自体のイメージを表現しようとしています。

それは作品を作ろうとする意識や、その時に更新されていく時間、言葉としての人間のシステムも全て、あらゆるものと同等に世界に存在しているということです。

このことは視覚的なイメージとして画面に写すというやり方では無理で、そもそも認識不可能で、表現しようとすること自体が矛盾を生んでいます、とはいえ、私は作品を作ろうと考えること自体を否定したり、即興に身を任せて作品を作っているわけではありません。認識不可能なことや、否定すること自体もまた、現実に存在しています。否定と肯定を超えた、その時の目の前の現実に立ち返ることから制作しています。

松田啓佑

京都市東山区祇園北側627 円山公園内八坂神社北側 Tel:075-525-2355 開廊日:金・土・日曜日

ギャラリー16 galerie16

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「きがふれて vol. 2」
Ki ga Furete – Mad for Trees
日高理恵子
安喜万佐子
山部泰司


2022.1.15 (土) ~ 2.3(木)

秋岡美帆・稲垣貴士・日高理恵子の三人の出品者で「きがふれて」と云うタイトルのもと展覧会が開かれたのは1992年であった。
当時、存命中のN氏は美術館に在籍していて、ギャラリー 16がオープンした頃から殆どの展覧会を観てくれている人だった。
その彼から上述の三人の作家に「きがふれて」と云うタイトルを添えて、これは画廊に提供するので展覧会をすればという申し出を受けた。三人の作家の作品から推して 「きがふれて」の「き」は勿論「樹」のことで、もう一つの「き」は「気」を当てはめるという彼独特のシニカルなタイトルを私は結構気に入っていた。
今回、安喜万佐子、山部泰司、日高理恵子の三人の作家の出品で「きがふれて vol.2」として展覧会を開催する事になった。
N氏による1回目の展覧会から30 年も経過した今、天にいる彼が云うのは「また、きがふれた画廊だなあー」と云う事だろう。

ギャラリー16 井上道子

京都市東山区三条通白川橋上ル石泉院町394 戸川ビル3階 Tel:075-751-9238 休廊日:月曜日

ギャラリーギャラリー GALLERYGALLERY

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河原林美知子個展
「Identity ありのままで。」
ファイバーによる空間構成


2022.1.8 (土) 〜 1.23(日)

みずみずしい生命の力、内面に秘められたリズム、再生し続ける独自の世界。
人が、それぞれ持ち備えた自分らしさ”Identity”の言葉の持つ意味を表現できたらと思いました。
白い布に日記を綴るように、縫い重ねて生まれた作品です。

京都市下京区河原町四条下ル東側 寿ビル5階 Tel:075-341-1501 休廊日:木曜日

ヴォイス・ギャラリー MATSUO MEGUMI+VOICE GALLERY pfs/w

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プロジェクトの経過報告と展示
「小石のリトグラフ」
衣川泰典


「石化する風景#2_舞鶴 寺田」
330×330×170mm/2021年
京都府舞鶴市寺田で採集した石灰岩


「石灰岩の採集風景」


2022.1.14(金)~ 1.30(日)

対談:衣川泰典(美術家・石版画家)×
畑中英二(京都市立芸術大学教授)
司会:松尾惠
日時:1.21(金)16:30~18:00
定員:8名(先着順)
要予約 無料

「小石のリトグラフ」とは
掌中に収まるサイズの天然の石灰岩を採集し、裁断・研磨し平面を成形する。その版面に作品となるイメージを描き、古典的印刷技術でもある石版画の技術で製版される。裁断面以外は石のゴツゴツした自然の形状を残しているため、プレス機を使用せず独自の方法で印刷している。1798年にアロイス・ゼネフェルダーによって開発され、現代まで技術が発展してきたリトグラフの草創期を想起することができるだろう。「小石のリトグラフ」では、採集する場所の風景や生息する動植物を描くことでイメージと素材の関係が自身の中で反復・増幅を繰り返され、イメージが紙に定着する。石が見ていただろう風景と石を求めて出会った風景のふたつの眼差しが版面となる表面で重なる。展示の際には、イメージが定着した石(版)と紙に刷りとった印刷物のイメージの両方を作品として並列させている。また石灰岩の採集までのプロセスを視覚化することも試みている。 これは2017年より自採石灰岩で創作を始め、2021年よりプロジェクトとして国産石灰岩の調査・採集を行い、石版画制作に取り組んでいる。 今回は8、10月に京都府舞鶴で巡検し、手に入れた石灰岩を中心に展覧会を構成する。(衣川泰典)

*京都府文化力チャレンジ補助金事業
*協力 GALLERY HEPTAGON
*感染症拡大等の影響により、展示期間や対談の日程を変更・延期する場合があります。

<広報に協力する催し>
コンテンポラリーダンス&パフォーミングアート映像
「海への道程(みちのり)」 上映会とトーク
2022.1.21(金)・22(土)13~16時
随時上映(約15分)&トークを行います。詳細をご覧ください。
会場は、亀岡市にあるKIRI CAFEです。
*京都府文化力チャレンジ補助金事業

京都市下京区富小路通高辻上る筋屋町147-1 Tel:075-341-0222 営業時間:11時~19時 休廊日:月・火曜日

京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA

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<@KCUA 1.2>

 

mamoru
「おそらくこれは展示ではない
(としたら、何だ?)」


2022.1.4(火)〜 3.21(月)

(下記展覧会を引き継ぐ形で展開)
京都市立芸術大学芸術資料館収蔵品活用展
「第十門第四類」
2021.12.11(土)〜12.26(日)
企画:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA
主催:京都市立芸術大学

2022年最初の展示として、ギャラリー@KCUAではアーティストのmamoruと協働し、「おそらくこれは展示ではない(としたら、何だ?)」を開催いたします。本学芸術資料館の収蔵品の展示空間の中にmamoruの「アーティスティック・リサーチ」のアーカイヴが入り込んでいくと同時に、特設ウェブサイトも並行して動き始め、それらが互いに作用したり、離れたりしながらも常に変容しながら新たな言説(あるいは設問?)が展開していきます。

2023年のキャンパス移転に向け、京都市立芸術大学(京都芸大)では、本学独自の「知と創造のありか」を探求し、教育・研究・創造の連携を図るための議論を進めています。京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAでは、移転後の大学の活動を念頭に置いたプログラムの一つとして、本学芸術資料館が有する芸術資料を新たな視点から調査・研究・活用することを目指した実験的な展覧会に取り組んできました。それらの展覧会で試みてきた芸術資料の「活用」に共通するのは、資料が収蔵されてから現在に至るまでの、収蔵品の背景にある/あった物事を推察し、そこから新たな語りのあり方を探ろうとする姿勢です。

2021年度は、想像を喚起する言葉やイメージ、そして歴史の中に埋もれてしまった小さな出来事に意識を向けて、全感覚を傾けそれを聴き、探究するアーティストのmamoruと協働し、〔アーカイヴ〕の声を聴き、考察することを試みます。

3ヶ月にわたって続くこのプロジェクトは、芸術資料館収蔵品活用展「第十門第四類」から始まります。「第十門第四類」とは、明治期から続く図書台帳の「第十門」(粉本類)の「第四類」として分類された写生用手本画を指します。学校の創立当初、教材として活躍したこれらの手本画は、教育方針の変化とともに実用されることが少なくなり、第二次世界大戦後の昭和26年の再分類時には図書台帳から「割愛」されます。やがて昭和57年に本学所蔵の芸術資料の再整理が始まると「第十門第四類」を含む非現用資料も博物館資料として登録され、歴史を考察する上での研究対象となってその価値、役割が変化していきました。「第十門第四類」では、これら資料にまつわるエピソードを、mamoruが本プロジェクトのために制作した〈思索の地図〉にある、〔歴史〕を〔記述〕しようとするために〔アーカイヴ〕を〔聴く〕という行為のある一つの形だと捉え、資料とその保存の歴史に着目します。

続いて実施される、mamoru「おそらくこれは展示ではない(としたら、何だ?)」では、展覧会場と特設ウェブサイトの2箇所で資料に誘発される「思索」の視覚化を試みます。展覧会場では「第十門第四類」を引き継ぐ形で会場にmamoru の「アーティスティック・リサーチ」の〔アーカイヴ〕が入り込み、特設ウェブサイトではハイパーリンクテキストを主体にWebのフォーマットならではの手法で連鎖的に、会期を三つに分けたphaseごとにそのビジュアルを変化させていきます。これは、資料を用いた新たな語りの可能性を探求しようとする思索の有様が視覚化された、絶えず動き続ける「何か」であり、@KCUAの展示空間とウェブサイトとの二つの場を舞台として上演されるパフォーマンスであり、さらにパンデミック以降に起こった展覧会やアーティストのリサーチのあり方の変化に端を発する、実際の展示室およびオンラインにおける展覧会の「オルタナティブ」の形の探究でもあります。物質的な資料で構成される展示空間と、非物質的な資料で構成されるウェブサイトという二つの「何か」は、互いに作用したり、離れたりしながらも常に変容しながら新たな言説(あるいは設問?)を展開させます。

京都市中京区油小路通御池押油小路町238番地の1 Tel:075-334-2204 休廊日:月曜日

MORI YU GALLERY 京都

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黒田アキ 個展
「UNDERGROUND」


「underground」
2021年
194×260.6cm mixed media

2021.11.12(金) 〜 2022.1.23(日)

黒田アキは 1944 年 京都生まれ、パリ(フランス)在住。
1980 年、パリ国際ビエンナーレにフランス部門として出品。国際的に高い評価を得て、ヨーロッパのアートシーンをリードしてきた老舗画廊・マーグギャラリー ( フランス ) と契約。その後、ヨーロッパを中心に世界各国で活躍し、評価を集めていきます。 日本では、1993 年に東京国立近代美術館にて個展を開催。1994 年には国立国際美術館にて巡回個展 ( 大阪 )。史上最年少での個展開催となり注目を集めました。その後も、1995 年サンパウロ・ビエンナーレ ( ブラジル )、2005 年リヨン・ビエンナーレ ( フ ランス ) に参加するなど国際的に活躍。建築家の安藤忠雄 ( 日 ) やリチャード・ロジャース ( 英 ) とのコラボレーションなど、異分野での創作活動も展開。TOKYO DOME CITY HALL のメインアートワークス(東京)、フランスの老舗高級ジュエリーブラ ンド・MAUBOUSSIN( モーブッサン ) の店舗デザイン等も手掛けています。

本展では、新作絵画を展覧いたします。どうぞご高覧ください。

京都市左京区聖護院蓮華蔵町4-19 Tel:075-950-5230 休廊日:月曜日・火曜日・祝日

ギャラリー ヒルゲート  Gallery Hillgate

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〈1 F〉
木下 晋 展(鉛筆画)

2022.1.25 (火) ~ 2.6 (日)

2006年以来5度目の木下晋展を企画致しました。今展では、木下先生は主に妻君子さんをモデルにした作品を描いて下さっています。23歳の頃に周囲の反対を押し切って結婚。以来苦楽を共に生き抜いてこられた君子さんが病に倒れられてからは、木下先生の介護しつつ描く生活が続いています。見つめる目と、覚悟をもって見つめ返す目。いつも木下先生の作品に感じられる対象との緊張関係とともに、そこには深い愛が刻まれているように感じられます。
10Hから10Bの22段階の濃淡を駆使して描かれるモノクロームの奥深い世界をどうぞお楽しみ下さいませ。 

ギャラリーヒルゲート

 

〈2 F〉
安野光雅 追悼展
「託された絵の名残」

2022.1.25 (火) ~ 1.30 (日)

1995年以来6度の個展と旧友渡辺恂三先生との二人展を一度、当画廊で開いて下さった安野光雅先生。「何故こんなところに安野先生の作品があるの?」とよく不思議がられましたが、ただ、安野先生の人並みはずれた優しさから、というしかありません。(そのいきさつについては、追悼文集『絵の旅人 安野光雅』(2021年ブックグローブ社刊)に小文を書きましたので、機会があればご覧下さい)。

最後にお会いした2019年の7月までの間に先生からお預かりして展示した作品は、水彩やデッサン等の直筆だけで400点近く。それらは全国の御客様の許へ旅立ち、画廊に残ったのはわずか10数点にすぎません。今回は、その「託された絵の名残り」ともいうべき作品に、切絵と版画を加えて展示させていただきます。 他者には寛容で自己には厳しく、いつも優しく大らかな空気でまわりを包んで下さった安野光雅先生。その絵の中には、美だけでなく、歴史や風土への深い知識と人への愛、ユーモアといった要素がぎっしりと詰まっていて、見る程に新しい魅力が伝わってきます。 ささやかな展示ですが、安野先生を偲ぶ場となれば幸いに存じます。どうぞご高覧下さいませ。

ギャラリーヒルゲート

 

〈2 F〉
溝口佐知子 展(コラージュ)
「carnival」

2022.2.1(火) ~ 2.6 (日)

 

〈1 F〉
末包恭子 展(日本画)
「日々の中から」

2022.2.8 (火) ~ 2.13 (日)

 

〈2 F〉
藤田つぐみ 展(油彩・アクリル)
「SPACE MEDITATION - 02」

2022.2.8 (火) ~ 2.13 (日)

眠りに入る前や瞑想中など、覚醒状態から半覚醒状態に入るとき 通常とは異なる感覚を得ることがあります。 以前、静かな部屋で目を開けた状態のままリラックスしていると 聴いたことのないオーケストラの音楽が耳元でしばらくの間聴こえたことがあります。 とても綺麗な音楽だったのでこのままずっと流れていたら良いのに、と思いました。
弛緩した感覚は解体のイメージを呼び起こします。 形あるものがばらばらになり、心地良い半覚醒状態を漂います。 それは私の脚か、これはあなたの尻尾かそんなことも関係が無くなって 形を得る前の全てがひとつだった頃の始まりの姿に帰っていきます。
どうぞリラックスしてご鑑賞ください。 藤田

 

〈奥庭空間〉
信ケ原良和 彫刻展

2022.1.10 (月・祝)~ 6.19 (日)

イマジネーションを描く-フローティング
私は京都府の南東に位置する自然の豊かな所で創作活動し、暮らしています。そして十数年前から琵琶湖の傍で造形関連の仕事もしています。ですので、常に周りの山々の景色や雲の動きを見たり、川面の輝きに見入ったりしながら作品を作って来ました。思えば先人達も景色・情景からインスピレーションを得たりしながらイマジネーションを膨らませて、歌を詠み詩を書き絵を描いたりと創作活動の題材によく使っていました。私は金属と言う一見自然とは馴染みそうに無い素材を使って、太陽光の反射や風の流れを利用しながら、私なりの自然賛歌を絵本の挿絵的なファンタジーで表現しています。
今回のギャラリーヒルゲートの奥庭空間では、水・雲・生き物など自然界に対して私が持つイメージを抽象的フォルムに置き換えながら、金属による動きや浮遊感・周りの景色の映り込み等の要素を取り入れた作品を、「フローティング」をテーマに展示します。是非、奥庭空間での金属による彫刻の世界をご堪能ください。

信ケ原良和

京都市中京区寺町通三条上る天性寺前町535番地 Tel:075-231-3702 休廊日:月曜日

京都芸術センター Kyoto Art Center

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<ギャラリー南・北・和室「明倫」>

 

原田裕規 展
「Unreal Ecology」


《Waiting for》
ヴィデオ(カラー、サウンド)
33時間19分、2021年

2022.1.29(土)〜 2.27(日)

「イメージの倫理」とは何か?
写真、映像、CGなどにより、イメージと人間の関係性を問うアーティスト、原田裕規の個展を開催します。
(Co-program2021カテゴリーB 採択企画)

原田裕規は、クリスチャン・ラッセンや心霊写真などをモチーフに、作家自身の身体や知覚の限界に挑みながら、「イメージの倫理」を問う活動を展開してきました。2021年に金沢21世紀美術館で開催された個展では、33時間に及ぶ長編CGアニメーション作品《Waiting for》を発表して話題となりました。

《Waiting for》は、ドイツ・ロマン主義の風景画や1960年代のコンセプチュアリズムに通底する「水辺」への関心をモチーフに、その多義的な空間性を3DCGによってビジュアライズした作品です。

本展では《Waiting for》に加えて、長野県にある諏訪湖で撮影された映像を用いた新作インスタレーション、24時間にわたって写真を見続ける様子を記録した《One Million Seeings》など、新旧作品が新たな構成で展開されます。

本展タイトルに用いられた「Ecology(エコロジー)」という言葉は、環境保全や環境保護といった意味に加えて、生態系や環境そのものも指し示します。
それに対して「Unreal Ecology(アンリアル・エコロジー)」は、日本語にすると「人工的な環境/人工的な生態系」という意味合いになります。Ecologyという言葉の幅広さと同様、Unreal Ecologyというタイトルもまた、生成的につくられた仮想空間から、現実世界の自然環境、現代文明の消費流通システムに至るまで、幅広い対象を捉えています。

本展を通じて原田が投げ掛けるのは、CG、映像、写真などの「イメージ」もまた、独自の生態系をもっており、それに対して私たちが持つべき倫理観とはどのようなものかという問いです。本展に並べられる3つの作品は、それぞれの方法でこの問題に向き合った実践の記録であるといえるでしょう。

本展特設ウェブサイトにて詳細な展覧会情報をご覧いただけます。
(1月下旬公開予定)

アーティストによるギャラリーツアー
聞き手:谷竜一(京都芸術センター プログラムディレクター)
日時:1.30 (日) 11:00~
定員:15名(要事前予約)予約はこちら

トークイベント①
登壇者:原田裕規、
    富井玲子(美術史家、ポンジャ現懇主宰)
    ※リモート参加
日時:2.11 (金) 10:00~11:30
定員:15名(要事前予約)予約はこちら

トークイベント②
登壇者:原田裕規、
    梅津庸一(美術家、パープルーム主宰)
日時:2.25 (金) 19:00~20:30
定員:15名(要事前予約)予約はこちら

京都市中京区室町通蛸薬師下る山伏山町546-2 Tel:075-213-1000

Gallery PARC Art Project 

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[m@p] meet @ post


2021.12.10(金)~ 12.26(日)
10:00~20:00 会期中無休・入場無料
会場:堀川新文化ビルヂング2階 NEUTRAL【 C 】
   京都市上京区皀莢町287(堀川商店街 北側)

協力:NEUTRAL
文化庁「ARTS for the future!」補助対象事業

[m@p] meet @ post は、ギャラリー・パルクが2020年7月より展開する、『meet at post = ポストで出会う』 をコンセプトにした、新たな作品販売のプラットフォームによるアート・プロジェクトです。

開始より現在まで、延べ29名におよぶアーティストが参加する本プロジェクトは、絵画・写真・版画・染織・彫刻などの幅広い表現ジャンルによる作品を多くのみなさまにお届けしてきました。

本展は2021年11月20日にオープンした「堀川新文化ビルヂング」の2階に開設された【NEUTRAL】において、これまでオンラインのみの販売であり、購入者を鑑賞者としてその内容を公開する機会のなかった[m@p]の各アーティストの取り組みを、実作の展示によって紹介する機会となります。 アーティストが[m@p]という媒体の制約と自身の表現との関わりをどのように捉え、「未知」をどのような魅力に転換したのかについて、その軌跡の一端をお楽しみいただけます。

詳細情報:Gallery Parc
問い合わせ:Tel:075-231-0706

京都市中京区雁金町373 みよいビル202  TEL:075-231-0706 

ギャラリー知

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鳥彦
「VICES」

2021.12.3 (金) 〜 12.19(日)
13:00-18:00
金・土・日のみOPEN

VICES
VICEとは日本語で悪徳であり、この言葉には価値判断が多分に含まれている。美徳も悪徳も本来存在しない。人間にとって実現が難しく好ましい性質を美徳と呼び、人間にとって常態化していて好ましくない性質を悪徳と呼ぶ。

つまり普通に暮らしていれば美徳は出現せず、人間は悪徳に染まりきるものなのだ。自然な状態を否定して、不断の努力によって異常な状態を維持しなければ、人間はただの獣である。そしてそんなことができる獣は少ない。貴重であるから美徳は良しとされ、”人間”は良しとされるのだ。これは何も暗い気持ちになる話ではない。悪徳とは要するに人間の常態を表しているだけだ。怠惰で傲慢で我慢がきかない、極め付けは他人を攻撃していい気になるのが人間であり、それの何が悪いのか?

もちろん、悪いに決まっている。
鳥彦
https://torihiko.thebase.in/


鳥彦の個展に際して
弊ギャラリーに於ける10回目の個展、今回のテーマは「VICES」。
この10年間、世の中でも様々なことが起きた。震災、文明観の軋轢、感染症…
人間の世界とそう遠くないところで、鳥人たちの世界は存在する。
テーマから感じられるのは、この10年の人間の業や穢れを、鳥人たちが背負い彷徨っているかのよう。

鳥彦の用いるメゾチント技法という根気を伴うストイックな銅版画は、その作業の大変さと裏腹な静謐な黒の世界観が魅力だが、作家が添える皮肉や救いのない物語のユニット表現が年を重ねる毎に洗練を見せている。
鳥人のシンプルなパーツのなかに感情の視える表情、遠景をぼんやりさせる素材の生かし方、西洋との気候の違いによるインクの湿度感など見所は多い。

発祥した地域でほとんど使われなくなった技法を、日本人がガラパゴス的に進化させてきた独自性と合わせて、近年表現の幅を拡げているドローイングや鳥土偶という陶土で表現したアイテムなどこちらも注目したい。

この世界の傍にある冷めた「黒」の世界観を、この機会にぜひご高覧ください。

GALLERY TOMO 青山知相

※会期中、以下のURLのショップに設けるオンライン特設ページにて出展作品を併売致します。
こちらは会期開始日と合わせて稼働致します。
https://gallery-tomo.shop/

京都市中京区寺町通丸太町東入る南側下御霊前町633 青山ビル1F Tel:075-585-4160 休廊日:月・火曜日

KUNST ARZT

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■新型コロナウイルス感染対策を行った上で、展覧会を開催しております。

 

瀧 弘子 個展
「天体」


2022.1.25(火)〜 1.30(日)

KUNST ARZTでは、実に9年ぶり、 2度目となる瀧弘子の個展を開催します。
瀧弘子は、自らの身体を通して、スピリチュアルに、 ユーモラスに自問し続けるアーティストです。
「Face Forward」展(KUNST ARZT 2015)では、 白装束を纏い、ギャラリーに隣接する交差点の 横断歩道の白線部分のみを踏み場と想定し、 日暮れまで渡り続け、 初個展(KUNST ARZT 2012)では、 トラウマ的な体験をしたドイツのホテルを ギャラリー空間に再現し、会期中滞在しました。
本展では、自らの身体を“天体”観測する試みです。
ご注目ください。

KUNST ARZT 岡本光博


●パフォーマンス
「天体をなぞる 」
1.29(土)17:00-

<ステイトメントと今回の制作について>

私は自分が好きだ
自分の全てを知りたいと思っている
私自身の体や考えを通して表現をすることで「知る」ことに興味がある

私は鏡に写る自分をよく見る
街を歩いている時ショーウィンドウのガラスに写る姿や 日常生活で鏡の前に立つ時じっと自分を観察している

最近ホクロやシミや様々な変化が体に現れている
大きいホクロや薄いシミじっくり観察してみるとなかなか面白い
あるものは隆起していたり、一つ一つ違いがある
以前自分の体をどこかの土地や惑星のように見立てて作品を制作した。
今目の前に映っている体の変化や状態が太陽の黒点や遠くに輝く星に見える

宇宙空間にある物体を天体という
地球は宇宙の中にあり私の体も天体だと思った
私の天体観察を表現したい

瀧 弘子

 

古川眞衣 個展
「透ける」



臆病な自尊心
尊大な羞恥心
2021
シルクスクリーン、アクリル板、アクリルガッシュ
728×1030mm each

2022.1.18(火)〜 1.23(日)

KUNST ARZT では、初個展となる 古川眞衣の個展を開催します。
古川眞衣は、ミラーや透明アクリル板を使用し、 風景(心象風景も含む)を変容させ、 視覚ゲーム的な面白さを表現するアーティストです。
「山月記」から着想を得て、相反する自身の感情を 対比させた「臆病な自尊心」「尊大な羞恥心」(2021)。
プールに佇む女性を透明アクリル板に シルクスクリーンで仕上げた「unknown」(2020)では、 水紋が描かれた水面部分にはクリアカラーが用いられ、 支持体であるアクリル板と壁面との距離もまた、 作品構成要素になっていました。
ミニマルベースにイラストや 独自のポップ感があります。

KUNST ARZT 岡本光博


<アーティストステートメント>

窓の向こうから外や中を見るとき、 必ず一枚透明な隔たりが生まれます。
その隔たりに何かを貼ったり置いたりすると、 それを通した光から変わった形の影や色を映した 不思議な光が生まれます。
本展では、透明なものから見た景色や 空間を切り取ったものをアクリル板と 何にでも印刷できると言う自由性の高い 技法を持ったシルクスクリーンとで 表現できたらと思います。

古川眞衣

 

田代 葵 個展
「都市のポートレイト」


「Self-portrait Ⅲ」
<detail>
2021
コピー紙、顔料インク、綿糸
1230×90mm

2022.2.8(火)〜 2.13(日)

KUNST ARZT では、田代葵の個展を開催します。
田代葵は、織る行為を通して、 現代社会に対峙、考察するアーティストです。
膨大な数のレシートが織り込まれた作品は、 アーティスト自身の消費生活の記録でもあり、 また感熱紙のレシートが経年変化で消えていく過程は、 巨大な資本システムに飲み込まれていく様でもあります。
本展では、レシートを織り込んだ 「セルフポートレイト」としての連作の他、 メインルームに「都市のポートレイト」を展開します。
ご注目ください。

KUNST ARZT 岡本光博


<アーティストステートメント>

現代において織るという行為は どういった意味を持つのだろうか。
技術や装飾性、機能性や生産性 といった文脈から一度離れ、 織る事が自身にとってどういった 意味を持つのかという事について考えたい。
そして、兼ねてから長く私たちの生活と 密接に結びついてきた織り物を通して、 自身と社会との関係性について見つめ直したい。

田代 葵

京都市東山区夷町155-7 2F Tel:090-9697-3786 休廊日:月曜日

ギャラリー モーニング  gallery morning kyoto

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中村潤展 展
「さやかなり」


2022.1.18(火)〜 1.30(日)

このところ,作品制作の中でできる糸くずを集めて,つまんで,並べ,紙に通すなどして楽しんでいます。
一本つまんで光にあてると,ちりちりとしたねじれや妙な曲がり具合が美しく,一本一本の微差にいちいち喜んでは,明るい気持ちが膨らみます。 一月の,寒くてくっきりとした空気が好きです。
新しい年に,新しい気持ちで,新しい光を浴びた糸や紙の色・形を眺めたいと思います。

中村潤

京都市東山区中之町207 (三条通白川橋東入四丁目、三条通岡崎広道西南角)
TEL:075-771-1213 休廊日・月曜日

ギャラリー恵風  Gallery Keifu

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*今後周囲の状況を鑑み、変更することもございますので、ご来場の際はホームページやFacebookでご確認くださいませ。

 

1・2 F
新春企画展
三橋 遵 展
「雨降るところ」


2022.1.27(木)~ 2.6(日)

地球循環の一コマとして、雨のシーンを立体と平面で「雨降るところ」 という言葉を軸に探ってみる。
雨の降る日、湿度のある空気は呼吸する度に身体中に潤いがいきわたる 安心感があり、いきものの気配を感じる。
みぞれ混じりの冷たい雨、雷雲を引き連れ滝のように降る雨、煙のよう に漂う霧雨、地に染み込み命を育むしとしとと降り続く長雨。
雨は、散漫した思考を足元の営みと共にしっとりと落ち着くところに 収めるように降る。
2階は、冬眠中の小さな作品、額装、オブジェやジュエリーなど新旧 作品取り混ぜてのミニアチュールマルシェ。

(三橋)

京都市左京区聖護院山王町21-3 TEL:075-771-1011 休廊日:月曜日

2kw gallery

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山岡敏明 展
「パラノイアック パラダイム」
GUTIC _paranoiac parad


2021.12.9 (木) 〜 12.26(日)

世界は既にこの形態で存在していたのだろうか、そして人間は今あるように出来上がっていたのだろうか。これ以外に有り様はなかったのか。彼の疑問は此処から始まった。そして、次のセリフが彼の口から発せられる。

「世界の現実とは、今、この瞬間において、すべての『別の状態であった可能性』を排除した唯一のまこうことなき事実であると共に、たまたま脱落を免れただけの一つの結果にすぎないともいえる。」

この時から表現者としての彼は"神"となる。そして彼のタブローには世界の現実から脱落した多くの民が出現する。彼の体内から生み出された民は「モナド」として、生々しさをもって存在し始める。しかしそこには彼等の生態を覗き見る窓がない。推し量れるのはUWAGAKIという彼の技法と丹念に描きこまれた「突起」と「割れ目」だけであり、その猥雑性とユーモアが観る者を惹きつけ、否応なく包み込んでゆく。それは「出来事としての絵画」の出発であり、彼らの一瞬の姿態が我々の失われた時間を想起させ、突起らしきものが、これから駆動する空間も予兆させる。それはきっとどこかで見た海の底の生き物か、宇宙船でこの世の果てまで行った時に見る風景のことかもしれない。我々の魂の底は現実と想像が絢い交ぜになっているにちがいない。

「精神は薄暗く、精神の底は闇に包まれている。そしてこの闇に包まれた本性こそが身体の理由であり、身体を要請するのである。」(ジルドウルーズ)

その民たちが彼の体内で生産され、包み込まれていたものが表出されたとき、今度は彼自身がそこに包み込まれてしまう。そして我々自身、この圧倒的な壮観さに如何なる解釈をも受け付けない彼のparanoiac paradigmに納得する。

2kw gallery


たとえばコーヒーに落ちたミルクの滴が、そのつど表情豊かな模様を描くように。また、ある場所に伸びる一本の枝が、固有の枝振りを描くように。
全ての出来事がドラスティックな因果に即して、その状態であるべくして独自の様相を成り立たせている。しかし、「そうなった」ことと「そうならなかった」こととの間に、果たしてどれほど切実な要因が介在しているというのか。一度限りのこの世界においては、到底起こりえなかったことも、ややもすると起こりそうだったことも、あまねく平等に世界からこぼれ落ちていく。一方で、選び取られた唯一無二の結果の上に次の結果が累積していき、刻々と偏りの特性が顕著になっていく。そうして、たった一つの世界の姿がかたちづくられる。とりもなおさず世界の現実とは、今この瞬間において、すべての「別の状態であった可能性」を排除した唯一のまごうかたなき事実であると共に、たまたま脱落を免れただけの、一つの結果にすぎないともいえる。

グチックとは、ありそうでいて実在しないある種のフォルムに関して音付けられた仮の呼称である。
意味が付帯するより先に「在ってしまった」この世界や我々と同様に、線で囲まれたカタチの特性は、それ自体がぬきさしならぬ事実を語っている。私は支持体の上で線を描き、消してはまた描き直し、延々と繰り返すその行為のなかで、美しいものでも格好良いものでもなく、ましてや荒唐無稽な架空の創作物でもなく、事実として「あるべきもの」の姿を求めて試行錯誤する。おのずとそれは、この世界と隣りあわせの位相に棲む何かを穿りだしてきたようなフォルムに収斂していく。描画の過程で、現れてくるそれらのカタチがいびつに存在を主張するたび、私は避けられない不条理をトレースしているかのような居心地の悪さとともに、そういうものにこそ核心的なリアリティを見出さずにはいられない。

山岡敏明

滋賀県大津市音羽台3-29-1 TEL:090-5241-8096 休廊日:月・火・水曜日

Gallery G-77

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來迦結子 個展
「INTO THE SELFVERSE」


2021.12.22(水) 〜 12.28(火)
アーティストトーク:12.22(水) 19:00 - 20:00

この度、Gallery G-77では、來迦結子 個展「INTO THE SELFVERSE」を開催致します。
本展覧会にて、來迦結子は鑑賞者参加型のインスタレーション作品を発表します。
鑑賞者は光を操り、自らがつくりだす「自己の宇宙=Selfverse」を体験します。
「Selfverse」とは、無限の可能性を秘めた、あなたが創造するあなた自身の世界です。

來迦結子はこれまでの作品において、私たち一人一人の存在の素晴らしさや、未知なる可能性を表現することを一貫して試みてきました。
今回、作家が注目するのは私たちの創造性です。
創造性は今、新しい時代の到来に直面する私たちに、最も必要なものであると作家は考えます。この作品を通じて、自らの手で創造することの喜びや感動を体験していただくことができましたら嬉しく思います。
また、本インスタレーション作品に関連する映像作品を、NFTで発表・販売することを予定しています。併せてご高覧いただけますと幸いです。

京都市中京区中之町73-3 Tel:090-9419-2326 休廊日:月・火曜日

現代美術 艸居

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<艸居アネックス>

 

「6つの壺とボトルメールが浮かぶ部屋
梅津庸一 + 浜名一憲」





2021.12.4 (土) 〜 2022.2.19 (土)

(京都市中京区一之船入町375 SSSビル3階)

本展「6つの壺とボトルメールが浮かぶ部屋」は浜名一憲と梅津庸一による展覧会である。
2人の作品に共通点を見出すのは難しいだろう。しかし2人の姿勢や態度には重なるところがある。浜名に作品を託された梅津が浜名作品と自作とが外的な「文脈」ではなく、作品同士が対話をできるシチュエーションを準備した。梅津によれば、それは「インスタレーション」でもなければ「キュレーション」でもないという。

昨今、現代アートは工芸、とりわけ陶芸と接近し互いに侵食しあい境界が曖昧になっている。そんな状況を「多様性」、「ジャンルの越境」と好意的に捉える展覧会は多いが、その多くが単にアートマーケットで表面的に消費されていくのみであるとは言い過ぎだろうか。本展はそんな状況において「伝統と革新」のようなセルフオリエンタリズムや本質主義を再発見するようなキャッチフレーズは掲げない。そうではなく、浜名と梅津がそれぞれに見ているエコシステム、価値基準の共振をまずは丁寧に確認したい。その上で、現代アートと工芸というフレームではなく、広い意味での「ものづくり」、そして「信頼関係」を起点に展覧会を立ち上げる。

千葉のいすみ市で作陶をする浜名は、アメリカ留学、スニーカー販売、レストラン経営、漁師、アンチョビ作り、農業と異色の経歴を持つ。その一見バラバラな営みの根底に流れるのは「子供の頃から憧れていた自然との暮らしや自給自足生活」である。また「こんなものがあったらいいなぁ」という思いで「ないもの」を独学自力でつくってきた。陶芸もその一環であるという。
浜名はアートマーケットや観客に媚びることなく、自然と生活を一体化させた半自給自足の生活と、ものづくりとが分かち難く結びついたサイクルを確立している。
一過性のものではなく時代を超えて在り続ける「もの」を追求している浜名だが、近年は江戸時代に建てられた古民家の「改装された部分を取り去り当時の姿に戻す」、いわば逆改装も試みている。また、地元で使われなくなった古い家を買い取っては制作の過程毎に使い分けられるスペースを少しずつ作っている。ゆくゆくは作家を呼んで作品制作をできる場所にしたいという。その時々で、常に自身のやりたいことに向かってきた浜名だが、自分なりの方法で地元の地域社会への還元を考えている。それは広義の意味での「共同体」を捉え直す浜名の新しい挑戦だと言えるだろう。

一方、梅津はラファエル・コランの《フロレアル》や黒田清輝の《智・感・情》など、日本の近代洋画の黎明期の作品を自らに憑依させる自画像でキャリアをスタートさせた美術家である。そこには北澤憲昭『眼の神殿―「美術」受容史ノート』(1989年)や椹木野衣『日本・現代・美術』(1998年)に通じる、グローバルアートに対して日本固有の現代美術は成立し得るのか?という問題が織り込まれていた。しかし梅津はこのドメスティックな問題に取り組みながらも、その前提を自ら覆すような活動も同時に行なっている。人の無意識や夢を主題にしたピュアなドローイング、自らの裸体をさらけ出すパフォーマンスを記録した映像作品、最近始めた陶芸、ノンプロフィットのギャラリー「パープルームギャラリー」や私塾「パープルーム予備校」の運営、批評活動、展覧会のキュレーションなど1人の作家の仕事とは思えないほど広範囲で多岐にわたる活動を展開している。本展ではそんな梅津のもっとも新しい仕事を紹介する。梅津の陶作品は一見、子どものように自由にのびのびとつくられているが、前衛陶芸家のグループ「走泥社」をやや批判的に受け継いでもいるという。また和陶芸特有の釉薬づかいを探求し「民芸」のテイストのみを抽出し自作に纏わせる。本展では芯に既製のガラス瓶が入ったまま焼く《ボトルメールシップ》シリーズ、ドローイングの大作、大塚オーミと協働で制作した陶板、そしてギャラリー全体を「室内画」と見立て床や壁、作品をのせる什器にまで手を加えている。梅津はかつてゴッホがゴーギャンを「黄色い家」に招いたように浜名作品を2人の作品のためにつくられた神秘的な空間に誘う。

冒頭で述べたように本展は、出自もこれまでの歩みもまるで異なる2人が互いの活動や作品に興味を持ち純粋に惹かれあって開催される展覧会である。ちなみに浜名は梅津の主宰するパープルームのYouTube番組「パープルームTV」の視聴者でもある。梅津は浜名作品を「技巧に依拠しない、そして一見素朴でシンプルなのに不思議な奥行きがある」と語る。2人はまったく違う、スタンス、アプローチでありながら既存のアートの制度や慣習を自明のものとせず、DIYの精神で環境や共同体も自前で作ろうとしている。そういった意味で2人は時流に流されない「パイオニア」であると言えるかもしれない。

東京のワタリウム美術館で開催中の梅津の個展「ポリネーター」は、植物の花粉を運んで受粉させる媒介者という意味をもち、梅津自身の立ち位置を表す言葉である。
本展は、会場自体が一つの作品と化した「ポリネーター」展と空間的にも精神的にも連続性を持っている。浜名と梅津、そしてわたしたちの間に花粉はどのように舞い、あるいは受粉するのだろうか?

現代においてこのような機会はアートに限らず稀有なことだろう。

<アーティスト コメント>

壺は古代に人類が最初に作った道具の一つで、食料や水の運搬や保存、火を使って料理の煮炊きにも使われました。現在 21 世紀を迎え、それら壺が果たした役割は、プラスチックやガラスや金属、均一で使いやすい工業製品が取って代わりました。
そうやって我々の暮らしは便利になったわけですが、はたしてそれは人生を便利に過ごすことと同じ意味合いなんでしょうか? その疑義を形に表したのが、私の作るやたら大きく、物の貯蔵にも適さないような、壺の形をしたオブジェです。
壺=過去の道具=不要? 我々人類には一体何が本当に必要で、何が不要なのか? 世界一無駄に見える壺を前にして、一緒に考えましょう。 そして同じく、一見使い道のなさそうな陶芸作品を作り始めた、梅津庸一さんとの化学変化が大いに楽しみであります。

浜名一憲

 

エリック・セリテラ 個展


「Ghosts of the Muse」

H116.8 × W61 × D101.6 cm
H45.9 × W24 × D39.9 inches

2022.1.8 (土) 〜 2.26(土)

現代美術 艸居(京都)では、「エリック・セリテラ |SharedSpaces」を開催致します。セリテラのだまし絵のような陶作品は、素材の性質とそこに込められたメッセージの両方によって見る者を魅了します。日本初の個展となる本展覧会では 2014年から2021年に制作された陶作品計9点を展示致します。

炭化した丸太、風化した木、森の天使と例えられる白樺のようなハイパーリアルな質感は全て手びねり、手彫りで形成されています。セリテラはアジアの茶文化の発展とそれが陶磁器に与えた影響に導かれ、千利休によって1500 年代後半に広められた「侘び寂び」の哲学を作品に取り入れています。またセリテラは、人間の無関心にもかかわらず、自然がいかに粘り強くその素晴らしさを維持し生存を勝ち得てきたかを作品に表現しようと試みており、陶という素材がもつ性質を自然環境の脆さと耐久性に重ね合わせています。
また、セリテラの作品において「擬人化」も彼の作品を語る上で切り離せないものとなっています。有機的な質感の作品のそれぞれにメタファーが込められており、擬人化された要素は、自然環境との相互作用や関係性から、時代を超えて切り離すことのできない人間性を表現しています。そこには自身の作品を通して鑑賞者の環境に対する意識を高め、その行動にも影響を与えられるようにという意図が込められています。

「アートとは繋がり、共鳴、反響の場としての役割を果たすものであり、私の手によって語られる私の潜在意識の物語となるのです」と語るセリテラ。これまでにアメリカを中心に130回以上の展覧会に作品を出展しているほか、メトロポリタン美術館やスミソニアン・アメリカ美術館、カーネギー美術館といった多くの美術館に作品が収蔵されています。手びねりによる超現実的な造形から作家の自然観や哲学を感じ取っていただければ幸いです。

京都市東山区元町381-2 Tel: 075-746-4456 開廊時間:10:00AM- 6:00PM 休廊日: 日・月曜日